性の悩み,困りごと,つらさ。それは,人間が成長する上で,多かれ少なかれ誰しもが持つ普遍的な問題となると言っていい。
いま社会問題化している性の問題について,戦い続ける,熱き助産師たちがいる。日本が真のSRHRを実現する日まで,そんな助産師にコミットし,次世代に性の課題を持ち越さない,そんなミッションを実現していきたい!! これはそんな連載である。(助産師ミッキーこと,清水幹子)

助産師が,高校で年間を通して性教育を行う
ミッキー 田中まゆさんは,高等学校で年間を通したカリキュラムをつくって性教育を実施されていますね。すごくめずらしいことだと思いますが,どんなきっかけで始められたんですか?
まゆ 性教育自体は,私は助産学生のときにやりたいと思うようになったんです。私は看護師資格をとってからすぐに助産学校に行ったのですが,母性看護学を履修したにもかかわらず,そこで初めて詳しく知ったことが多かったんです。「助産学校に来ない限り,この知識には辿り着けないんだ」と思いました。妊娠・出産は多くの人が経験することなのに,助産師になる人は一握り。だからこの知識をもっと広めたいと思いました。
最初に就職した大学病院で,先輩と一緒に性教育を始めました。でもそれは私が伝えたい性教育とは違うと思ったので,クリニックに転職したのを機に,本格的に取り組み始めました。その中で,兵庫県明石市にある通信制高校サポート校「青楓館高等学院」をつくられた岡内大晟さんに出会い,新しく開校する青楓館高等学院では性教育を必ず取り入れたいということや,性教育の内容や方法などは一任するというお話を受け,「それなら年に1回だけではなく毎月やりたいです」とお伝えしたのです。回数を重視しているわけではなく,私が伝えたいことに対して,従来の出前授業のような形では時間が足りないと考えました。
ミッキー 年間通してカリキュラム化された性教育をやっているという話は,日本全国でもほとんど聞いたことがなく,先駆的な取り組みだと思います。1回2時間の授業を1年間で10回実施されるということですが,いざやるとなると,「10回もどうしよう」みたいなことはなかったですか?
まゆ もともと私の頭の中には伝えたいことがいっぱいあったので,むしろ「あれもこれも」と詰め込んでしまいました。授業準備に時間がかかることだけが,ちょっとハードに感じるくらいです。
他の学校では年に1回,45分や1時間なので,本当に最低限のことしか教えられなかったのです。今は,毎回必ず2時間ではなく,1時間半くらいで終わることもありますが,年に10回ありますから,人生のいろいろなことを教えられるし,生徒自身でいろいろ考えてもらう時間をつくることもできます。
生徒たちが「出席したい」と思える工夫
ミッキー 今年(インタビュー収録は2024年)で2年目だそうですが,最初の年と2年目で変えたところはありますか?
まゆ 最初の年はそれぞれの話題をテーマ別で行いました。妊娠とか性感染症とか避妊,LGBTQ+など,いわゆる性教育のイメージです。
ミッキー タイトルから中身が想像できますね。
まゆ 性教育は必修授業ではないので,去年は出席率が伸び悩んでしまうことが課題になりました。相手は高校生なので,私としてはほぼ大人と捉えていて,「なんでも伝えられるし聞いてくれるだろう」という考えがあったんです。でも蓋を開けてみると,性にまつわる話に気恥ずかしさを感じたり,男女一緒に受講するのに抵抗があるという声が出たりして,「生徒たちはそもそも性教育の授業を受けることに慣れていないんだ」と気が付きました。日本で長年,性教育がタブー視されてきた影響で,「男女関係なく知識を持つことは大事だ」という,性教育のベースとなる考えが,生徒たちの中に十分育まれていなかったんです。
ミッキー 見学して印象的だったんですが,「自分の体について,異性に知っておいて欲しいことはある?」という質問には「特になし」という答えだったのに対して,生理のつらさについて聞いたら,ぶわーっと答えがたくさん出てきましたよね。生徒たちは,生理のつらさは自分でも感じているけど,それを異性にも知ってほしいというところまで至っていないし,「生理のことは男女関係なく知っておく必要があることだ」という認識もないんだなと思いました。これが,まゆさんが言われる「ベースがない」ということなんしょうか。
まゆ そうですね。学校の先生に相談すると,「みんな恋愛で悩んでいるんですけどね~」と言われました。恋愛や結婚は去年もテーマには入れてあったんですけど,それでも足が向かなかったようなんです。行きたいと思っても,恥ずかしさが勝ってしまって行けない。
ミッキー 「恋愛や結婚=性教育」というイメージがなかったんでしょうね。
まゆ そこで今年は,人生のステップに当てはめて構成してみました。テーマ別なら妊娠の話は妊娠の回にしか出てこないけれど,ステップごとに話すと,何回も同じ話が出てくることもあります。
ミッキー 大事なことだから何回も出てくるんですよね。それはむしろ生徒にとってもいいことですね。
まゆ 自由参加なので,必ずしも毎回参加してくれる生徒ばかりではないんです。重要なことが何回も出てくれば,たまたま1回だけ参加した生徒にも伝えられます。
生徒たちが安心して聞ける・話せる空間をつくる
ミッキー 私が見学した授業は,「2人の距離感」というタイトルでしたね。2人の距離が縮まっていって,その後もしかしたら別れが来るかもしれないし,来ないで続くかもしれないという話や,お互いに会いたい頻度や連絡したい頻度が違うかもしれないという話など,いろいろな話題がありました。その中で,生徒たちに質問を投げかけて,生徒たちがお互いの意見を聞き合うように誘導していきながらも,まゆさん自身の意見は言わず,「いろんな選択肢があるよね」「そういう考え方もあるよね」というようなコメントをしていました。そこがすごく,ユースフレンドリーだったなと思うんですよ。
まゆ ありがとうございます。私は基本,「いいね」しか言っていないです(笑)。私が生徒たちに尋ねている質問って,基本的に正解がないものばかりなんですよ。「そうじゃなくてこうだよ」って言う必要もない,「そういうこともあるよね」みたいな質問なんです。
ミッキー そのような質問を投げかけられると,生徒は自分で「どうかな?」と考えますよね。誰かの答えを聞いたりしながら。それで明確な答えを言うわけじゃないんだけど,お互いがお互いに「そう考えているんだ」と知ることで,共通認識のようなもの形成され,生徒たちがお互いに安心できる空間が生まれているように見えました。
まゆ 去年から,授業の最初に,「話したくないことは話さなくていいよ」「ちょっと無理だなと思ったら退席してもいいよ」と必ず伝えてから授業を進めてきました。一方で,あまりそう言い過ぎると今度は私が質問しにくくなってしまったり,生徒の反応に一喜一憂したり,自分の中で言葉を盛ってしまったりするところがあったので,今年は授業の前に匿名アンケートを実施して,その結果を授業の最初のほうに盛り込んでいます。匿名だから意見を出しやすいし,自分たちのアンケート結果って,どんな生徒でも気になるので,授業に入り込みやすくなります。
本当はもっともっと議論したりディスカッションしたりする時間がとれたらいいなと思うんですけども,その場でパッと意見を出すというのは大人でもなかなか難しいことです。だから事前アンケートで匿名の意見をまず送り,授業中は自分の中で考えてみる,という構成にしています。
ミッキー 授業内容は,いつもどうやって考えているんですか?
まゆ 最初に年間のカリキュラムを10段階で作成し,それぞれで話す内容をキーワードでピックアップしています。あとはそのキーワードに添って毎回の授業内容を作成します。その中で聞きたいことをアンケートにして,担当の先生にお送りして,生徒に送付してもらいます。回答の集計結果が返ってきたら,その内容を盛り込んで授業の資料を作っていきます。
ミッキー 全部,まゆさんオリジナルの内容ですよね?
まゆ オリジナルですね。
ミッキー すごいです。どの段階で学校の先生に授業内容をお伝えするんですか?
まゆ あまり事前に伝えることはないですね。青楓館高等学院の先生から,「この話はしないように」,など制限されることはなく,「お好きにどうぞ」というスタンスで一任してくれています。
ミッキー 信頼して任されているんですね。
正解のない問いへの答えは,本人の中にある
ミッキー 私,東京都内の偏差値が高い私立男子高校に性教育に行ったことがあるんですけど,その学校の生徒たちは,「いい大学に行くこと」しか頭にないような状態でした。親もそこを重視するからかもしれませんが。それで「人を好きになるってどういう感情ですか?」っていう質問が出て,びっくりしたんです。
びっくりしつつも,「例えばだけど,柑橘系の飴とミルク系の飴どっちが好き?」と聞き返して,「こっち」と選んでもらいました。「じゃあミックスフライ定食と,コテコテのラーメンとどっちが好き?」「こっち」「B系の服と,シャツに革靴みたいな服とどっちが好き?」というように,だんだんと高度な「好き嫌い」の話にしていって,「髪の毛が長い子と短い子どっちが好き?」「おもしろい子と優しい子とどっちが好き?」と,10回くらい聞いていったら,最後には「好きになるってちょっと分かってきた気がする」と言ってくれました。
その生徒たちは,毎日勉強ばかりで,自分で選択することをしてこなかったように見えました。授業が終わったら親が送迎する車に乗って,親が用意してくれたお弁当を食べて塾に行く......という生活のようでした。
まゆ 私の授業では,「どんなときに『この人が好き』と思いますか?」というのを事前アンケートでとりました。「自分のことを気にかけてくれたとき」「つい目で追っていると気づいたとき」「ほかの人には冷たいけど私には優しい」というような回答があって,私も「分かる!」なんて言いながら授業で紹介しました。やっぱり正解がないけど,いろいろな人の意見を聞いてみたりして,「なるほど」「私も」と思ったりするという時間をつくりました。
ミッキー 子どもや若者たちの中に答えがあるんですね。やっぱり大人から教えられたことって身につかないじゃないですか。それよりも自分たちの中で考えたり,「同級生の子がこう言った」とか「同じ学校の子がこんなことをしていた」ということの方が最終的に残りますよね。
「付き合うということ」っていう授業はどうやったんですか?
まゆ それもアンケートを取りましたね。「あなたにとって付き合うってどういうことですか?」。内容では,デートDVのことを結構話しましたね。
ミッキー 付き合ったからといって,何でもしていいというわけではないと。
まゆ はい。授業の中では「LINEにすぐ返さないと怒る」「体の写真を送れと言う」「デートでどこへ行きたいかお互いの意思を確認する」というように,よくない状態やいい状態を織り交ぜて10項目くらいを提示して,OKか,アウトか,微妙なラインかを選んでもらいました。回答はバラバラでしたね。
ミッキー 「どれくらい付き合ったらセックスしてもいいと思う?」という質問はどうでしたか?
まゆ これもバラバラでしたね。「付き合ったらその日からOK」という回答もあれば,「ある程度付き合ってから」という回答もあって,その期間もバラバラ。1カ月くらいもあれば,1年くらいもありました。
ミッキー これも正解がないですね。正解がないことを考える,これが性教育かもしれませんね。
まゆ 事前アンケートは匿名なので踏み込んだ質問をすることもありますが,授業で投げかけるときは,本人の性に関することは聞かないようにしています。やっぱり反応しづらいので,当たり障りのない,一般論として考えられるような質問です。授業の冒頭で,「自分の体は自分のもの,自分の気持ちも自分のもの。授業の進行としてみんなに何か聞くこともあるけど,言わなくてもいいし,答えなくてもいいよ。出ていくのも聞かないのもあなたの自由だよ」ということを必ず毎回言っています。
ミッキー そのような授業は,青楓館高等学院のような校風だからこそ実現できているのかもしれないですね。だからこそ,「こういうのがいいよね」と発信していきたいですね。
まゆ 自由参加だからこそ,誰もが参加しやすい,楽しいものをつくっていかないといけないと思っています。生徒たちから「恋人いないし」「結婚興味ないし」「妊娠出産や子育てなんて関係ない」という声が出ることもあります。だからこそ,特定の人生を押し付けているわけじゃないということを最初に伝えないといけないと思っています。
ミッキー 「恋愛をしない」という選択肢もありますからね。
まゆ そうです。多様性を前提としていないと,参加してもらえません。「しないならしないでいいけど,誰かと何かあったときに必要になる知識があるので,このようなテーマにしています」と伝えています。
私は,中学生以上だったら,もう大人として扱っていいと考えているんです。理解できるし,自分の人生を考えられます。もちろん未成年なので社会人経験がないですから,「今は経験していないかもしれないけれど,ゆくゆくはそうなるかもしれない」という含みを持たせて伝えることもあります。キャリアプランの話もあるので,ジェンダーギャップ指数やSDGs,少子化の話もする予定です。
性教育が子どもや若者を傷つけてはいけない
ミッキー まゆさんの性教育は,いわゆる「いのちの教育」という内容とは違いますよね。
まゆ そうですね。「産んでくれた人やこれまでの先祖に感謝」とか「生まれてきただけで100点」というような話をするのは私は嫌いなんです。「自分自身がそう思う」ということと,「性教育の講師という第三者が話す」ということは,意味が違います。だって,とてもそんなふうに思えないような扱いを受けたり,自分がないがしろにされたり,傷ついたりする現実があるとき,第三者からそのような話をされたら,私ならかえってつらくなりますから。「いい話」は,状況によっては誰かを深く傷つけることがあるという視点をもって,性教育を行っていきたいと考えています。
非現実的な数字を提示して「こんな確率で生まれてきた」とか,「生命は奇跡」という言い方もしません。そう言われると,「だから生活する上で何があっても我慢しろ」と言われているような気分に,私は子どもの頃なっていました。生まれてきたことだけ過剰に持ち上げられると,その後つらかったことや嫌だった経験を全て無視されている感じがするのです。
「親に感謝する」というような話は,例えば虐待を受けている子には言いませんよね。じゃあ虐待を受けていないように見える子には言っていいのでしょうか。誰が本当に虐待されているか,傷つけられているかって分かりませんよね。理想的な家族像を前提にして話すから,「それに当てはまらない子はどうしよう」となってしまうんですよ。
私は,性教育で伝えていいのは,「事実だと分かっていること」だけだと思っています。家族背景に関わることなど,「事実かどうか分からないこと」は言わない。親に感謝するというような話を第三者から聞いて,「最近反抗していたけど反省しないとな」とすんなり思える子どもは,性教育でその話を聞かなくても絶対にどこかで同じように気付くことができます。だから私たち性教育講師が大勢を目の前にしたときに守らなければいけないのは,その言葉を聞いて傷つくかもしれない子どもなんです。
「命が大切」なんて,子どもも若者も言わなくても分かっているんですよ。だから私は,命があるかないかや,妊娠出産だけを切り取った話ではなく,生きていく上で「あなたの体と気持ちが大切」だと言います。私が性教育で伝えたいのは,「自分はどうしたいのか」を考えることです。自分の価値観はどうなのかを知って,自分の気持ちを大事にする。そこから「相手も同じように自分の気持ちが大事だよね」と考えられるようになって,互いに尊重し合うことにつながります。性教育ではそこを伝えることが一番重要だと思っています。
ユースフレンドリーな性教育をめざそう
ミッキー 大人が自分だけの経験に基づいて決めつけることは危ういですよね。決めつけや脅しになっていたり,子どもや若者に「こうあってほしい」という理想の押し付けになっていたり。そうではなく,本人が選択できたり,人生をよりよくしていくのを手伝うのが大人の役割です。日本の義務教育は「こうなんですよ」と言い過ぎたり,「よい例」や「正しさ」をやたらと示したりして,本人が選択する力を奪いがちなところがあると感じています。
まゆ 「正しい性教育」はないけれど,「正しい知識」は存在します。「体の仕組みがこうなっている」ということは「事実」であり,正しい知識ですが,「それは人によるよね」というような価値観や選択の自由があることは,「正しさ」では計れないから,教育としてこれが正解だと伝えるべきではない。その2つを混同するとおかしな話になります。
ミッキー 今,「性教育や性に関する情報は大事だ」「子どものうちから知っておくべき」というような意見がインターネットでもテレビでもたくさんあります。でもそれは「被害に遭わないために」というある種の優しい視点から,「脅し」や「禁止」のような伝え方になりがちです。だけど本来,性や妊娠・出産や育児は,その人の幸せの基盤になりうるものです。だから性を伝えるときには,「これはあなたの幸せや人生にとってすごく大事なものなんだよ」という視点で伝えたいと思っています。ポジティブに性に関する知識を伝えることは,幸せな選択をする素地を育てることにつながります。
性を伝える側の大人が性的に幸せでなければ,なかなか子どもや若者にポジティブに伝えることができません。だから大人の方も,性的に幸せであってほしいと思います。脅しや禁止ではなく,幸せな姿や性に関するポジティブさを見せられるような毎日を,大人が送ってほしいと思います。
まゆ 今回の取材で,「ユースフレンドリーですね」と言っていただけたことが,とてもうれしかったです。私は,助産師としての知識を得る前,悩みを抱えたり悩んだりしたときに相談できる場所を知らなかったし,親に相談なんてもってのほかと思っていました。そして助産師になって働く中で,妊娠して,陣痛が来て初めて病院に駆け込んでくる若い女性にも出会いました。ニュースなどで,女性が性に関する事件に巻き込まれる話もよく見聞きします。でも,私自身が彼女たちと同じような出来事に至らなかった確かな理由なんて,何にもないんですよね。本当に,ただ運がよかったからでしかありません。そう思うからこそ,私はユースフレンドリーをめざしているんです。
やはり性の知識は,誰もが持つべきものです。全ての人に必要な知識であり,突発的に必要になることもある知識なので,変な色眼鏡をかけずに伝えたいと思っています。
ミッキー ユースフレンドリーな性教育,私もめざしていきたいです。今日はどうもありがとうございました。
(2024年10月10日取材)
田中まゆさんと助産師ミッキーが「ユースフレンドリーな性教育チェックリスト(PDFが開きます)をつくりました!
ぜひご活用ください。