男性は腕を組んで、言葉少なに座っています。わたしとほかの来場者さんをじーっと見つめながら、会話の様子を伺っている様子でした。
タイミングを見計らって、わたしから男性に声をかけてみました。
「今日はここまでどのような交通手段でいらしたのですか?」
「室内は暖房が効いていますが、暑くないですか?」
そんなたわいもない会話を、ひとつ2つ。
「バスでな、家内と来たんだよ」
男性は、そんな言葉とともに初めて少しばかりの笑みを見せてくださいました。
しかしその後も、「ここはどんな場所なのか?」「どうして、オレはここに座っていなきゃいけないのか?」とでも言うように、腕を組んだまま周りを見回しています。
その様子は、どこか自分を守ろうとしているかのように、警戒しているかのように見受けられました。
私は、発達障害をもつひとり息子の、育児時代を思い出しました。
周囲の人たちに存在を気付かれないように、自分の殻にこもっている姿。「自分が何かを話せば、弱さを相手に見せてしまう......」とでも思っているかのよう。
わたしは、男性に無理はしてほしくないと思いながら、様子を伺って少しずつ声をかけていくことにしました。
「コロナ禍の中で、どんな風に暮らしているか、または、コロナが落ち着いてきたらどこか行きたい場所があるか、みんなで話をしているんですが、どこかありますか?」
そんな風に、改まった感じではなく、優しく、自然の会話の流れの中から問いかけてみます。その場の空気によい意味で包み込むよう意識しました。
そして、私がちょっと失敗したという、おっちょこちょいな自分の話をしてみることにしました。
今までの経験から、まずは自分の殻を破り、自分の話をすることの大切さを感じていたからです。といっても無理にではなく、わたしもその場の空気や雰囲気が楽しいと思える程度に、何よりご来場いただいている方がひとりも取り残されないようにという工夫です。
私が話すと、認知症地域支援推進委員の皆さんと来場者の皆さんの笑い声が上がり、会場全体がひとつになったように笑顔で包まれました。
すると男性は、吹っ切るかのように、強く腕組みをしていた両腕をほどいたのです。
「自分の話をしてもいいんだ」「私たちと一緒に何か語ってみようか」と思えた瞬間のように感じられました。
ピアサポートをしていると、ご本人やご家族のふとした仕草で、心を開く瞬間が分かることがあります。そんな仕草や言動を見逃すことなく、大切なその方のメッセージだと一つひとつ拾っていくことが大切です。
男性は少しずつ、ほかの来場者にも問いかけます。
「どこから来たんですか?」
「ここにはどうして来たの?」
そんな男性の言葉に、私はハッとしました。その男性自身が、今日、ここに来た目的が分かっていなかったのです。
なんとなくご家族と一緒に来たか、もしくは自分で「行く」と思ってご家族と一緒に来たけれども、目的を忘れてしまったのかもしれません。どちらのケースにしても、この場の目的をきちんと伝えたいという思いで、わたしは男性にチラシやカタログなどを見せながら、自分の言葉で伝えていきます。
男性は目を細め、まるで自分の記憶を辿るかのように遠くを見つめると、ため息のような絞るような声を吐き出しました。
「あー、そうか」
そしてわたしに対して、さまざまなことを問いかけてきます。時にはドキッとするような質問もあります。まるで、人生の先輩である男性が、わたしを信頼できる相手かどうか試しているかのようでした。
わたしは、答えられる範囲で答え、男性と同じ目線で、同じ景色を見ているように、自分の気持ちを伝えました。
そして一番男性が知りたかったであろう、「認知症」の私たちのことを語ります。
「わたしも43歳の時に認知症の診断を受けたんです」
わたしのその言葉に反応して、男性は眉間にしわを寄せ、何とも言えない表情でわたしの方を優しい目でじーっと見つめました。
「ほぉ〜、いまはいくつだね?」
決して興味本位だけで、わたしを見つめているのではなく、ひとりの人として、わたしより先に人生を歩んでいる先輩として、心配をしてくれる優しい眼差しでした。
このように「おれんじドアはちおうじ」には、さまざまな世代の方がお見えになります。ご家族と一緒に足を運んでくれても、到着されると緊張や慣れない会場の雰囲気などから、「わたしはどこにいるんだろう?」「何しに来たのだろう......」と、多少の不安を抱く方もいます。
最初は自分から話すことも少なく、皆さん様子を伺っているのですが、なんとなく「認知症」と診断を受けた仲間たちが集っていることを感じ取って、みんなが少しずつ想いを口にされたり、生活の工夫が共有されたりすることに耳を傾けています。
嫌悪感を示す人はほとんどいません。
お互いがタイミングを見て、それぞれの話を語り合っていると、肩に力が入っていた方も緊張がほぐれ、リラックスされていくのが分かります。その瞬間、わたしもホッとして肩の力が抜けるのです。
時には、ご家族から何も伝えられないまま、ごまかして連れてこられたかのようなご本人もいます。そんな方は、自分を抑えながらも語気強く、怒りやいら立ちを見せることもあります。当たり前の反応です。
しかし、いままで誰ひとりとして、途中で帰られた方はいません。こちら側がきちんとお話をして、その方に合った寄り添い方をしているためでしょう。
さらに、次回も来てくださる方々が多くいます。今度は、ご本人の意志を持ってしっかりと。
医学書院で書籍『フィジカルアセスメントに活かす 看護のためのはじめてのエコー』が好評発売中です。
超音波検査(エコー)に苦手意識のある看護師さんたちに、そのハードルを下げてもらいたいとの願いから生まれた書籍です。
第3回では、プローブマークの位置とエコー画像の関係を解説します。
患者さんの体表に直接触れるプローブには、プローブの方向を示す「プローブマーク」があります。
プローブマークは、患者さんの断面像と臓器の上下左右を表すために付いています。置く方向を間違えると、エコー画像の上下左右が逆になってしまいます。測定する時には、プローブマークの位置を確認してから超音波検査を行いましょう。
プローブマークの位置をどちらにするか分からなかったら、以下のように原則を覚えましょう。
上肢・下肢の場合もあまり悩まないで、原則は次のように単純に考えましょう。
このようにして得られた像は、患者さんの下側から患者内部を観察した像になります。
ただし、頸部血管を観察するときはドップラーをかけるので、プローブマークを上にする場合もあります。これは病院によって若干の違いがあるので、病院のやり方に従ってください
ここまでは、書籍の第2章で詳しく解説しています。
では、以上のことを実際のエコー画像でみてみましょう。
図3は甲状腺エコー短軸(横断)画像です。プローブマークを患者の向かって右側に置きます。エコー画像は画面の右側が患者の左側になっています。
図4は心窩部(正中)縦断画像です。プローブマークを患者の向かって下側に置いたものです。エコー画像は画面の右側が患者の下側になっています。
以上、プローブマークを置く方向について簡単に述べましたが、原則に従ってやっていただければいいので、あまり難しく考えず、まずは画像の描出にトライしてみてください。
医学書院で書籍『フィジカルアセスメントに活かす 看護のためのはじめてのエコー』が好評発売中です。
超音波検査(エコー)に苦手意識のある看護師さんたちに、そのハードルを下げてもらいたいとの願いから生まれた書籍です。
第2回では、超音波の基本をレクチャーします。
超音波はひと言で表すと"聞こえないくらいの高い音"です。では、なぜそのような高い音(高周波)を使うのかというと、音源から発生した高い音はある程度の距離まで拡がらずにまっすぐ進む性質を持つからです。
図1は音源(探触子、プローブ)から発生した音波の伝わり方を示したものです。音源から発生した超音波は拡がらずに平面波のまま進み、ある程度進んだところで球面波になり拡がっていきます。この平面波として音がまっすぐ進んでいる範囲を「近距離音場」といい、球面波となって拡がって進む範囲を「遠距離音場」といいます。超音波は図1に示すように周波数が高いほど近距離音場が長く(拡がらずにまっすぐ進む)なります。音源から発信した音がまっすぐ進んで反射して返ってくれば、その進行方向に反射源(たとえば臓器、胎児など)があったと認識することができます。だから超音波を使用しているのです。
図1
超音波の反射波は個々の媒質(対象臓器など)による「音響インピーダンス」によって決まります。図2に示すように並ぶ媒質の音響インピーダンスの差の大きさによってどれだけ反射するかが決まります。逆にその差がない場合はすべて透過するため、2種類の媒質を分けることができません。難しいですね......。詳しくは書籍の18ページを参照してください。
皆さんが目にする超音波画像はどのように作られているのでしょう。ここからは実際に画像が構築されるまでを簡単に説明します(図3)。
1.個々の媒質による音響インピーダンスの差によって生じた反射波を受信し、反射波のあった走査線上に振幅として表示します。
2.走査線上で反射波の振幅が多いところには白(高エコーといいます)、振幅の無い(反射波の無い)ところには黒(無エコーといいます)を表示していきます。
3.その作業を走査線数の数だけ同様に行います。
4.この走査線の間隔を狭くすると、点と点がつながり、線として描かれていくようになります。これが通常、超音波画像で見ているBモード画像です。このように点と点をつないで線として描いていくので、超音波検査では「描出」といった表現が用いられます。
超音波検査は超音波を対象に届けさせて、そこで生じた反射波を画像化するのが基本です。ではどういったものが邪魔をするのかと言うと、対象の臓器と音響インピーダンスがかけ離れている空気(密度が無い)と骨(密度が高く硬い)です。さらに空気は超音波を著しく減衰させます。ですから検査を行う際には、装置と体表の間の空気を無くすためにゼリーを塗るのです。空気(ガス)と骨を避けながら検査を進めることがきれいな描出の第一歩です。
医学書院で書籍『フィジカルアセスメントに活かす 看護のためのはじめてのエコー』が好評発売中です。
超音波機器(エコー)に苦手意識のある看護師さんたちに、そのハードルを下げてもらいたいとの願いから生まれた書籍です。
「とにかく一度、プローブを持ってみてほしい。アセスメントに活用できる場面はこんなにあるんですよ」――そんな思いをweb連載にも込めました。
今日から3回にわたって、超音波機器の基本と書籍のご紹介をします。
臨床の看護師のみなさんは、身近なデータとして超音波画像を活用されていると思います。でも、それは医師や検査技師が画像や動画を描出・撮影したものが多いのではないでしょうか。
看護職のなかでも助産師の場合は、妊婦健診で自ら機器を操作していることが多いと思いますが、その助産師でさえも2019年実施のアンケートでは、超音波検査の技術・知識の自己評価は100点中26点と、とても低いことが分かりました1)。その理由は、「勉強の機会がない」「技術に自信がない」「高額な機器を故障させるのではないか」など、尻込みしている様子がうかがえます。
でも、心配はいりません。いまはポケットエコーが登場し、スマホを扱う気軽さで(実際にディスプレイ部はスマホです)エコーに触れることができます。10年前と比較するとずいぶん入手しやすい価格にもなりましたし、リースもあります。すでに、訪問看護や自宅出産で、看護師・助産師がポケットエコーを使っています。これからは、病院内でもベッドサイドで看護師自らが当たり前に超音波機器を扱う時代になります。
では、訪問看護や病院のベッドサイドで、看護師自らが超音波機器を使ってできるフィジカルアセスメントの場面を紹介しましょう。初心者でも、意外と簡単に画像を描出できる部位も多いのです(詳しくは書籍の第4章を参照ください)。
例えば、膀胱の観察は比較的難易度が低いです。身体の外側から膀胱内の尿量を把握することができれば、不必要な導尿を行わなくても済みます。直腸内の便の観察は少し難しいですが、超音波検査によって便の有無や、便の硬さなども把握できるため、適切なタイミングで下剤の投与や浣腸の実施ができます。排泄のケアは患者さんの負担も大きいので、負担を軽減するためにも超音波検査の活用は効果的です。
褥瘡は、視診や触診で深達度を判断しますが、表面上では浅い褥瘡のように見えても、深部の組織に損傷がある場合もあります。超音波機器を活用すれば、表面からは分からない内部の状態を観察できるため、正確な評価につながります。
書籍では画像を用いながら、プローブの操作や観察のポイントを第2章で詳しく解説しています。さらに、書籍では触れていませんが、分娩の場面では、胎児の下降を超音波機器で観察することもできます。何度も内診をせず、産婦さんへ負担を強いることも少なくできるのです。
超音波機器を扱う上で難しいと思われているのが、内臓の位置関係でしょう。プローブを動かしていても、何が映っているのか分からないと、正しい観察はできませんよね。超音波画像を読み取るためには、内臓の位置関係を理解していることが必要です。そこで、解剖が苦手な方にも理解しやすいように、書籍の第3章では体内のイラスト(解剖図)を用いて、位置を解説しています。
また、基本的に超音波画像とその横にシェーマ(イラスト)を並べて解説していますので、書籍と照らし合わせることで何が映っているか理解しやすいと思います。実際に超音波機器を操作しながら、書籍の画像と比較しつつ、同じような画像を描出してみてください。同僚と練習し合うのもお勧めです。
web付録として、書籍内に掲載したQRコードから、動画(一部静止画)にアクセスできるようになっています。これらも利用しながら、超音波機器に慣れ親しんでください。
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私は大学の教員ですが、本音を言えば、学生のカリキュラムに超音波検査が組み込まれる必要があると思っています。学生時代から慣れ親しんだツールであれば、臨床に出たときに、すぐにフィジカルアセスメントに応用できるはずです。いま、徐々にそのような流れがきているかな?と感じることもありますし、臨床現場ではすでに活用の場面も広がっていますので、看護師が当たり前のように超音波機器を手にして患者さんのベッドサイドを訪れる日も近いと思っています。
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