第6回 迷子

第6回 迷子

2022.12.28 update.

さとうみき イメージ

さとうみき

2019年に、43歳で若年性認知症の診断を受ける。自閉スペクトラム症のある長男と、夫との3人暮らし。自身が診断された当時に強く感じた「当事者に会いたい」という思いは、ほかの認知症当事者も共通して持つものだと知ったことから、認知症当事者としての発信活動とピアサポート活動に力を入れている。活動を通して、自身もまたほかの当事者から「チカラ」をもらっている。
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「おれんじドア」は、認知症当事者による、認知症当事者とご家族のための相談窓口です。
JR八王子駅近にある市の施設で月1回開催される「おれんじドアはちおうじ」。そこで起こるエピソードや運営のあれこれを、若年性認知症当事者スタッフであるわたし、さとうみきの目線でお届けします。なお、本連載に登場するスタッフ以外の方々は、個人が特定されないようにお名前やご年齢等を改変しています。

不思議と雨が降ることが多い、毎月第3土曜日開催の「おれんじドアはちおうじ」。

この日は珍しく快晴でした。


久しぶりの心地良い気候がうれしくて、早めに家を出ました。

平日に当事者スタッフとして勤務しているデイサービス「DAYS BLG !」に顔を出してみようか、その後、たまにはひとりでゆっくりとランチでもして......なんて考えながら支度し、自宅を出ました。

 

最寄駅のプラットホームに入ってきた電車は思いのほか混んでいて、人混みにまみれるような状態。体調に不安があったので空いていた優先席に座り、トラブル防止のため、手作りしたヘルプマークをかばんにぶら下げます。

揺れる車内でスマホ片手に、仕事などのご依頼メールに目を通しました。人の波がドッと降りたところで、画面を見たまま「立川駅だな」となんとなく考えました。

 

八王子駅まではまだしばらくかかります。今日のおれんじドアはちおうじではどんな出逢いがあるだろうと、楽しみに想像を膨らませていました。

 

ふと、車窓からの景色が目に飛び込んできます。

「見覚えがない!」と慌てて飛び降りました。

 

その駅は、やっぱり初めて見る景色です。

あたふたしながら、Facebookで「迷子中」という投稿をしました。


そこからの記憶は曖昧です。

普段ならば落ち着いて、人に尋ねたり、スマホを利用して地図アプリで位置を確認したりします。それすら頭に浮かばなかったことを思うと、その日の自分の混乱ぶりが想像できます。


記憶に残っているのは、立川駅の改札口を通過したときに、「なぜわたしは立川にいるんだろう?」と思ったこと。それから八王子駅の改札口に、どんな風に移動したかは定かではありません。

 

改札口に佇んでスマホを手に取ると、たくさんの着信とLINEなどのメッセージが届いていました。わたしは慌てて、それらを開封して目を通し、なんとなくその日の状況をつかみます。


そして、おれんじドアのスタッフに八王子駅の改札口にいることを連絡しました。


「失敗するのは、自分だけじゃない」


すぐにお迎えに来ていただき会場に着くと、認知症地域支援推進員(以下、推進員)のみなさんがホッとした表情でわたしの顔を見上げてくださいました。わたしも少し恥ずかしく思いながらも、ホッとしました。

集合時間は過ぎてしまいましたが、オープン前にはスタンバイ完了。

 

今日はこんなスタートで、本調子ではないことが不安になり、「誰も来なければいいなぁ......」なんて考えましたが、開催時刻になると、認知症のあるご本人がおひとり、元気よくお見えになりました。

 

そのお顔を見て、その日のわたしも少しずつ自分の役割や立場などを思い出し、状況を飲み込んで、いつものように「おれんじドアはちおうじのさとうみき」として対応ができていたと思います。

 

わたしは、お会いしていきなり「何か不安なことがありますか?」と伺ったりするのではなく、雑談など何気ない日常の話を大切に、表情などからなんとなくその方の様子を伺います。

この経験は、大変だった子育てで培われたものだと感じています。

 

前半の記憶は曖昧ですが、記録を見ると、この日わたしは来場くださったご本人に、自分がここに来るまでに迷子になり、どんなに不安だったかという想いと、周りのサポートでここに来ることができたことなどをお話しした様子です。

当初は、目の前にいるわたしが認知症の診断を受けた当事者とはなかなか理解し難い様子だったご本人も、その話を聞いてココロをふっと通わせたように軽い表情となり、いろいろな想いをお話ししてくださいました。

 

同席している推進員の方々も含めて、そこには、「失敗してもいいんだ。自分だけではないんだ」「大丈夫」という空気が自然と流れていたのではないかと思います。

それはわたしだけではなく、ご来場くださったご本人にも感じられたことでしょう。

とても心地よい場になっていたのではないかと、記録を見返して感じています。

 

わたしが席を立っていた間、ご本人が推進員の方にこんな話をしてくれたそうです。

「目の前にいたさとうさんが、初対面で会ったばかりなのに、自分のために恥ずかしい、失敗した話を笑ってしてくれた。自分だけではないんだと思った。不安な気持ちを素直に話してくれた、その気持ちが嬉しかった」

 

この方は、最初は言葉少なく、緊張からか表情もどこか硬さがありました。

しかし、後半は笑い、書類をなくしてしまう話など、ご自身の失敗談をしてくださいました。

わたしは書類などの管理の難しさに共感しつつ、自分が実際に行っている工夫を話したりと、お互いの話題が尽きなくなりました。

 

大切なことは、相手にリラックスしていただくこと。

そのためには、まずは自分からココロを開くことです。その想いが伝わるとご来場くださった本人もリラックスし、ココロを開き、語りの場となり、それがお互いによい効果をもたらすのではないでしょうか。

 

DAYS BLG !など、ほかの活動でのご本人との関わりなども通して、日々模索しながら頭の中で描いては、記憶が薄れてゆく......。

そんな決まった「カタチ」はない、おれんじドアです。

だからこそ、そのときの雰囲気に合わせた場づくりが大切!と心がけています。


おたがいさまの関係があるから


この日、推進員のみなさんは、わたしの体調を気遣って休憩をとるように促してくださいました。

しかし、たった2時間。

この日もわたしは、休憩を必要と感じないほど、すべてのパワーをこの時間に費やしました。

毎回、終わった頃は、とてつもない達成感と次回への希望、そしてまだお会いしていない、不安を持っているであろう認知症当事者の方々への想いでいっぱいになります。

そのような方々との出会いは、どのようにしたらつくれるのだろうかと、日々考えながら、次回のおれんじドアへの想いを巡らせています。

 

初めておれんじドアに足を運ぶときは、ご本人も、ご家族も緊張されることでしょう。わたしも、初めての方にお会いするときは毎回緊張します。

それでも、ここまで足を運んでくださったことへの感謝を感じながら、お話しをします。そして、いらしたときの緊張感が、帰られるときには消えていて、リラックスした空気をまとわれている背中を見るとき、わたしは次回へ向かうエネルギーをいただくのです。

 

だからわたしは、ご来場の方が見えなくなるまで、「今日はこれでよかったのだろうか」と思いながらも、お見送りをしているのかもしれません。

足を運んでくださったご本人を、わたしが笑顔に、元気にしているのではなく、わたしもたくさんの気づきや想いをいただいている、「おたがいさま」の関係なのです。

 

おれんじドアはちおうじでは、今回のように、行政が関わりつつも、前面に出るのではなくサポートをしてくれる体制で、わたしを優しく包み込んでくれています。

わたしが安心して、ひとりの当事者としてピアサポート活動に専念できていることに、感謝しかありません。


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