第2回 自分ならどう感じる?

第2回 自分ならどう感じる?

2022.4.22 update.

さとうみき イメージ

さとうみき

2019年に、43歳で若年性認知症の診断を受ける。自閉スペクトラム症のある長男と、夫との3人暮らし。自身が診断された当時に強く感じた「当事者に会いたい」という思いは、ほかの認知症当事者も共通して持つものだと知ったことから、認知症当事者としての発信活動とピアサポート活動に力を入れている。活動を通して、自身もまたほかの当事者から「チカラ」をもらっている。
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「おれんじドア」は、若年性認知症当事者の丹野智文さんが2017年に仙台で始めた、認知症当事者による、認知症当事者とご家族のための相談窓口です。認知症のある当事者を中心としたケアの機運が高まるにつれ、少しずつ全国に広がっています。

会場は大学や病院が多いですが、東京都八王子市では、認知症フレンドリーシティに向けた取り組みの一環に位置付けて、当事者と支援者と行政が手を取り合って、駅近にある市の施設で開催されています。

 

そんな「おれんじドアはちおうじ」で起こるエピソードや運営のあれこれを、若年性認知症当事者であり、代表であるわたし、さとうみきの目線でお届けします。なお、本連載に登場するスタッフ以外の方々は、個人が特定されないようにお名前やご年齢等を改変しています。

 

おれんじドアはちおうじ

 

算数ドリルを毎朝10冊以上

 

この日来てくれたのは、介護保険を申請したばかりの、70代の男性です。

最近、デイサービスが決まったそうで、最初は嬉しそうにこれからの話をしてくれました。

ご本人はもともと、カラダを動かすこと、物を作ることが好きだったといいます。

今は、ご家族の提案で、小学生用の算数ドリルを毎朝10冊以上こなすことを日課にしていると、にこやかに、自慢気に話してくれました。

 

しかし話を聞いているうちに、だんだんと表情が曇り、「デイサービスでもドリルをたくさんやるんだってさ」とひとこと。

わたしが「ドリルをしているとき、楽しめていますか?」と尋ねると、首を横に振り、「それでも家族の期待に応えたいから、我慢してやっているんだ」と話してくれました。

 

世の中には、認知症予防や認知症改善をうたったドリルや脳トレなどがたくさんあります。

それをご本人が楽しく続けるならばいいことです。

しかしご本人が「間違えてしまったらどうしよう」「家族の期待に応えなくては」という想いで我慢したり、ご本人の負担になったりしては、ご家族の優しさがかえってよくない方向に向かってしまいます。

 

ご本人がファシリテーターと話している間に、わたしは、その男性と一緒に来ていたご家族のもとへ。

ご本人から伺ったことは、ご家族には伝えないルールです。わたしは自分も認知症(若年性認知症)の診断を受けていることをお話しし、何気ない話の中から普段のご自宅での様子などを聞き出しつつ、会話を進めてみました。

すると、ご家族の口から、毎日何種類ものドリルをご本人にがんばらせていること、そのことにご本人が応えてくれることに、ご家族が喜びを感じているというお話を伺うことができました。

 

「今日ここに来る途中にも、こんなにたくさんドリルを買ったんですよ〜」

ご家族の表情からは、ドリルで頭を使うことで、少しでも進行しないように...という優しさを感じます。同時に、ドリルを探すことで、ご家族も頑張っていると認めてほしいかのように見えました。

 

ご家族も必死であり、ご本人を想う優しさから出た行動なのでしょう。

しかし、ご本人は、「家族の期待に応えなくては...」という思いで我慢をされている。その気持ちをどう伝えるか考えました。

 

「よかったら、奥様もご一緒にやってみてください」

 

そして思い切って、「毎日こんなにたくさんの量のドリル、わたしはやりたくないですね!」と言ってみたのです。

「ご主人もきっと最初は新鮮で楽しかったかもしれません。でも、こんなにたくさんのドリルを毎日やったら......。よかったら、奥様もご一緒にやってみてくさい」

ご家族がハッとした表情をされました。

 

わたしは続けて、ご家族の優しさやご本人への想いは大切に認めつつ、

「もしも自分だったら、こんなにたくさんのドリルを楽しんでできるかどうか。時に、ご主人の目線で考えてみると、気づきがあるかもしれないですね」と伝えました。

ご家族は、「そうよね......」としばし考え込まれた後、「ありがとうございます」と言ってくださいました。

 

おれんじドアでお会いするご家族からは、ご本人と一緒に頑張っているという気持ちが伝わってきます。

だからこそ、その気持ちがご本人の気持ちとズレていたら、気づいていただきたいし、ご家族もちょっと立ち止まって、一緒に当事者目線で考えていただけたらいいな。

おれんじドアでは、そんな想いで、一言ひとことを大切に伝えています。

 

最後には、ご本人もご家族もスッキリした笑顔で「ありがとう」と言ってくださいました。

わたしは、ご夫婦仲良く肩を並べて遠ざかる後ろ姿が見えなくなるまで、見送らせていただきました。

 

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