乳がん治療と妊孕性 ― 子どもを持ちたい、という女性の夢

乳がん治療と妊孕性 ― 子どもを持ちたい、という女性の夢

2022.8.19 update.

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SATOKO FOX(サトコ・フォックス)

カリフォルニア在住。乳腺の画像診断を専門とする放射線科医。
「病院では行き届かないサポートを新しいカタチで」をモットーに、オンラインで活動しています。
助産師さん向けプログラム「ピンクリボン助産師アカデミー」主催。
職種の垣根を越えて、本当に必要なサポートを届けたいと思っています。

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ウェブサイト
https://satokofox.com/

妊孕性について悩んだご自身の経験と、 

乳腺の画像診断を専門とする放射線科医の立場から、 

同じ悩みを持つ方の力になりたいという想いを 

つづっていただきました。 

活動の一環として、8月26日(金)に主催される 

対談イベントについてもご紹介いただきます。 


AYA世代乳がんの問題

「AYA世代」という言葉を耳にしたことがある方も多いでしょう。AYA: Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)の意味で、15歳から39歳までを指します。

AYA世代の後半である、30~39歳では乳がんの頻度が最も高く、22%を占めています。AYA世代の乳がん患者は全乳がん患者の4%です。人数にすると毎年3,800人。そんなに多いとは感じないでしょう。

その方たちは、治療前から治療中、治療後にかけて妊孕性の問題に直面することになります。

妊孕性に悩まされた人生

自分のことを書いて恐縮ですが、私自身、妊孕性について深く考える人生を歩んできました。
小さな頃から「年の近い子どもを3人産むんだ!」と将来を勝手に思い描いていましたが、そううまくはいきませんでした。
産婦人科の授業や研修で、早く妊娠したほうがいいという知識はあったものの、一方で医師として早く一人前になるよう、仕事も頑張らないといけない状況。
その後、専門医もとり、博士号もとり、仕事も1人で回せるように。
キャリアの面からはいつ妊娠してもいい状況となりましたが、
結婚相手がいない!
35歳が近づくにつれ、卵子凍結について調べたりもしました。でもお金がかかる割に未受精卵だと妊娠率が低いし、シングルで卵子凍結することがまだ一般的ではないと知りました。


そんな中、35歳でスタンフォード大学に研究留学をさせてもらえることになり、単身で渡米。喜びの反面、「私このままで結婚・出産できるのかな?」とかなり不安に思っていました。
その後、人生は一転、留学中にアメリカ人と結婚、37歳で可愛い子どもを授かることができました。


「間に合ってよかったー! よーし、もう1人は絶対産むぞー!」


と息巻いて妊活を開始するも、38歳の時に流産2回、異所性妊娠1回を立て続けに経験。異所性妊娠は右卵管に着床していたため、手術で右卵管を失うことにもなりました。


振り返ると、このときは次の妊娠を焦らないほうがよかった、と思います。でも「もう後がない、待っていても妊孕性は下がる一方だ」と焦っていた私は、すぐに妊娠にトライ。妊娠自体はしたのですが、うまくいきませんでした。相次いで3回のグリーフを経験した私はかなり落ち込み、しばらく何もできない状態になりました。


現在、気持ち的にはだいぶ回復しましたが、この間40歳を迎え、自然に任せるべきか、もう1人産めるよう頑張るべきか、毎日悩んでいます。

乳がん治療開始前に妊孕性温存をするのか?

若年性乳がんサポートコミュニティ「Pink Ring」のアンケート【乳がんと診断された時の心配事】では、「生存率」の次に「妊娠・出産のこと」が挙がりました。

乳がん告知と同時にくる、妊孕性喪失への恐怖

乳がん患者さんのなかには、もう既にお子さんがいる方もいらっしゃるでしょう。でも、もう1人欲しいと考えていたかもしれませんね。
パートナーがいても、「子どもはもう少ししてからかな?」と考えている方や、不妊治療中の方、パートナーがいない方など、さまざまですが、乳がんの告知のすぐ後に、突然「妊孕性を温存するのか?」という選択を迫られます。

乳がん治療による不妊は2種類で、抗がん剤治療による卵巣機能障害、ホルモン療法による卵巣機能低下となります。
どのサブタイプで、どの治療になるかによりますが、卵巣刺激をし採卵するためにはがんの治療開始を遅らせる必要があること、生殖医療にかける費用が高額であること、妊孕性を温存したとしても将来100%子どもを持てるわけではないこと、などの問題がある中で

子どもを持ちたいという夢を叶えるため、将来へ妊娠できる選択肢を残すのか?

子どもを持つことをあきらめるのか?

突然、人生の大事な決断を短期間で決めなければならない状況となるのです。

実際にがん治療前の妊孕性温存療法を実施するのは圧倒的に乳がん患者さんが多いのですが、情報提供に病院格差・地域格差があるのも事実です。妊孕性温存の選択肢が提示されない、あるいはしっかりと説明されないままで、乳がん治療を開始し、後から悔やむこともあります。

ホルモン治療中の妊娠希望

ホルモン受容体陽性の乳がんであった場合、術後にホルモン療法を行います。その方の状況によりますが、治療期間は5年から10年と長期にわたります。ホルモン治療で用いる薬剤は胎児奇形が報告されているため、ホルモン治療中に妊娠は許可されていません。 「あと5年経ったら、私は◯歳。もう子どもは諦めないといけない」。お子さんが欲しかった場合、治療中に悶々とするのは想像に難くありません。

命は確かに一番大事です。しかし、人生は他にも大事なことがあるのです。

私が現在の体制で抜けていると思うのは、その想いを吐き出せる場所がないということ。

患者さんはその思いを1人で抱えて生きていかなければいけないのでしょうか?

納得のいく意思決定をしてもらうには

子どもを持ちたいという想いは、patient journeyの中で変化していくといいます。

どうしても子どもが欲しくて妊孕性温存をしたが、治療がひと段落したらそんな気になれなくなった。

手術前はこだわらなかったのに、治療後に子どもを強く望むようになった。

子どもが欲しい、と思う一方で、もし再発したらどうしよう、再発したら子どもを残して死んでしまうかもしれない、という不安な気持ちもあり、日々葛藤は繰り返されます。

インターネットには、よくこう書いてあります。

「主治医とよく話し合って決めましょう」

一般論でいえば、医師として再発を防ぐために「ホルモン療法は5年間は必ず続けてください」と説明します。そして忙しい外来の中、患者さんが本当に納得するまでじっくりと話す時間はないでしょう。

また最初に書いたように、AYA世代乳がん患者は乳がん患者の全体の割合から言えば多くはありません。

それが故に、よほどの大きな病院でない限り
1つの病院で、1人の医師の経験で、「こういう場合はこうしよう」という答えを主治医が、また病院が持っていないのも、真実だと思います。

でも患者さん側からすれば、本当に大事なこと。

私は乳がんになっていませんし、乳がん治療と妊孕性についての葛藤を経験したわけでもありません。しかし妊孕性について悩んできた身として、妊孕性について悩む方の力になりたい、という想いが強くあります。

私はこれからも患者さんからヒアリングを重ね、どうすれば納得した意思決定ができるのか、そのために必要なサポートを考えていきたいと思っています。

◆イベント案内:妊娠期・授乳期の乳がん早期発見のために◆

30~40代に乳がんになることで、妊娠・出産・授乳という女性のライフサイクルとかぶってしまうことがあります。

妊娠期・授乳期は、画像で所見が見えづらくなるため、乳がん検診をスキップすることになりますし、そもそも乳がん検診推奨年齢(40歳)に至っていないことも多いでしょう。授乳期には乳汁のうっ滞でしこりができやすいため、がんのしこりを母乳のつまりだと思い込んでしまうこともよくあります。そのため授乳期に乳がんになった場合、受診が遅れ、ステージが進行した状態で見つかる傾向があります。

乳がんは早期発見・早期治療が本当に大切。
小さなお子さんを残したまま、お亡くなりになる方が1人でも減るように何かしたい、とずっと思っていました。
数は多くないかもしれない。でも私はこの問題に取り組んでいきたいと思っています。

8月26日に、30代で乳がんを経験され、さまざまな葛藤をした/している当事者からお話を伺える対談イベントを企画しています。

保健師・看護師さんも大歓迎です。奮ってご参加ください!

対談【助産師さんだからこそ知ってもらいたい乳がんのお話】

AYA世代乳がんサバイバーさんお2人をお招きし、
授乳期乳がんの落とし穴
助産師さん本人が経験する乳がん治療と妊孕性の葛藤
という2つのテーマで対談を行います。

助産師さんに知ってもらいたい乳がんのお話

【日時】
2022年8月26日(金) 22~23時(Zoomによるライブ配信)
 ※お時間の合わない方は、後日動画視聴が可能です。

【対象】
第一対象:助産師さん
第二対象:保健師さん、看護師さん
専門職でなくても、このテーマにご興味のある方はどなたでも参加可能です。

【参加費】
500円(税込)

【お申し込み】
https://satoko-fox.mykajabi.com/offers/GvGedHQE/checkout

詳細はこちらのブログからもご覧いただけます。
https://satokofox.com/2022/07/midwifeevent/

がん看護実践ガイド『女性性を支えるがん看護』 イメージ

がん看護実践ガイド『女性性を支えるがん看護』

がんやがん治療が女性のライフサイクルへ与える影響は大きい。乳がんや子宮がん、卵巣がんなどは、生殖年齢である若年女性が発症しやすい傾向もあり、治療後の生き方や家族観の変化も視野に入れた継続的なかかわりが求められる。がん患者女性に対し、医療従事者はどのような視点を持ち、どう支えていくとよいのだろうか。「女性性」に焦点を当て、がん患者と家族への支援を考える。

詳細はこちら

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