第3回 「患者の居場所」とは・・・

第3回 「患者の居場所」とは・・・

2017.5.22 update.

西村元一(左)×村上智彦(右) イメージ

西村元一(左)×村上智彦(右)

にしむら げんいち(左) 1958年石川県金沢市生まれ。消化器外科医として30余年臨床に従事する傍ら、いしかわ観光特使など多彩な活動で知られる。2006年金沢大学付属病院臨床教授、2008年金沢赤十字病院外科部長、2009年同副院長。2012年石川県医師会理事。2015年3月切除不能進行胃がん発見,2017年5月31日逝去。2016年「元ちゃん基金」創設、NPO法人「がんとむきあう会」設立・理事長。月「元ちゃんハウス」オープン・運営基金創設。著書『余命半年、僕はこうして乗り越えた!』(ブックマン社)。「がんとむきあう会」ウェブサイト

むらかみ ともひこ(右) 1961年北海道歌登町(現・枝幸町)生まれ。2006年から財政破綻した夕張市の医療再生に取り組む。2009年若月賞受賞。2012年NPO法人「ささえる医療研究所」理事長。2013年「ささえるクリニック」創立。岩見沢・栗山・由仁・旭川周辺の地域包括ケアに従事。2015年12月急性白血病発症。再発を経て2017年2月退院。5月、再々発・闘病を経て11日逝去。著書『医療にたかるな』(新潮新書)『最強の地域医療』(ベスト新書)。「ささえるクリニック」ウェブサイト

 北陸北海道病院勤務地域開業――対照的なそれぞれの現場にあって、それぞれの姿勢で医療に尽くされてきた2人のベテランドクターが、同じ時代にがん患者となって闘病生活を続けられるなか再会を果たされ、ともにケアの意義を語る盟友になりました。

 

 その2人の「患者医」 西村元一氏村上智彦氏に、毎回がん医療にまつわる共通の「お題」(テーマ)に回答いただき、彼らをささえる人たちとのコラボレーションとともに紹介する特別連載、第1回「がんと向きあう」第2回「死の受容」に続く第3回は・・・

 

*5月11日に逝去された村上氏・31日に逝去された西村氏より、ともに本連載への回答遺言を託されています。継続して更新してゆきます。【本文中敬称略】

 

テーマ●「患者の居場所」とは……

 

元ちゃんハウス.jpg

 何も気を使わずに安心出来る絶対に必要な場所

それは自宅、病院、マギーズなど

患者一人ひとり異なる!

   西村元一

 

【解説――北陸の地域ではたらく同志として】

病人は、患った者としてだけで生きているわけじゃない。時には父であり、仲間であり、

夫でもある。もちろん、どうしたって病人でもあるのだけれどね。

私たちが服を選んで着替えていくように、「役割」だって脱ぎ着して「自分」を保っている。
 
症状が辛くて何かあったら…と思う時は、
 病院のあの無機質的な管理された空間がいい。
自分を本当に大事にしてくれる家族の中で、
 いつもの日常に身を置くのが癒される時だってある。
 
病院の中でユニフォームを着た医療者にはどう言っていいかわからないことも、
かといって、愛する家族だからこそ言えないこともある。
何処に私の着たい服があるの、と彷徨う。
 
マギーズにおいで、元ちゃんハウスにおいでよ。
ちゃんとあなたにぴったりの服だって用意できるから。
人は病気という服だけを着て生き続けることなんてできないよ。
元ちゃんは北風ではなく太陽のひとだと思う。
 
佐藤伸彦(さとう のぶひこ)1958年東京都生まれ。国立富山大学薬学部卒業後、同大学医学部卒業。同大学和漢診療学教室研修医、成田赤十字病院内科、飯塚病院神経内科などを経て、富山県砺波市で高齢者医療に従事。市立砺波総合病院地域総合診療科部長、外来診療部内科部長を経て、2009年医療法人社団「ナラティブホーム」創立・理事長。2010年「ものがたり診療所」開設・所長。一般社団法人ナラティブ・ブック代表理事。著書『ナラティブホームの物語 終末期医療をささえる地域包括ケアのしかけ』(医学書院),『家庭のような病院を 人生の最終章をあったかい空間で』(文藝春秋)などがある。

 

 

 

 

村上先生居場所.jpg

 (入院中の辛い時の支えは?って考えると)

  妻、ささえるの仲間、全国の皆さんの気持ちが嬉しいです 

 そこに自分の居場所を感じる
 
 (幸せな「居場所」を考えると)
   千春さん(妻)のご飯を食べたり、
スタッフに会ったりすること
そこが、幸せな居場所かなあ

  村上智彦

 

【解説――ともにあゆむ仲間として】

このテーマに、村上は2つのパターンを考えたようです。

前半は、患者としての入院中の心の居場所のことを、
後半は、病気を持った一人の人間としての居場所のことを話してくれました。
 
入院時に治療中の調子が悪いときには、見舞いに来てくれる妻、家族、仲間、
そして、全国の仲間からの優しい声援に励まされ、そこに安心する「居場所」を感じて、
治療という「戦う医療」と向き合い続けました。
 
一方で、人間としての幸せな居場所は、
大好きな人と美味しいものを食べる場所であり、
大好きな仲間と会える場所だったようです。
 
村上の一言は、医療者がケアをどう考えていけばいいかを
教えてくれたような気がしています。
 
患者に対しては、思いやりを持って応援することが心の支えになります。
そして、僕ら人間は、大切な人とつながり合っている場所が最も幸せなんだと思います。
 
●写真は、再々発がわかり入院する前日、「ささえるクリニック」のスタッフが村上に会いに来た時のもの。旭川のスタッフは100km以上車で走って来ました
 
永森克志(ながもり かつし)1972年富山県生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。佐久総合病院で研修後、村上智彦医師とともに夕張の医療再生に取り組む。栗山町で夕張郡訪問クリニック院長を経て、2013年医療法人社団ささえる医療研究所「ささえるクリニック」岩見沢院長・代表理事。Kindle専門電子出版レーベル「ものがたりくらぶ出版」編集長として『白血病闘病中』『ささえるさんスキーム』『訪問看護ステーション むらかみさんのたちあげかた』『まるごとケアの家と半農半介護』などの刊行に携わる。

 

 

第3回ゲストコメンテーター●秋山正子  「ことのは」を君に捧ぐ

 
辛くて厳しい状態に陥って、自分では何にも出来ない時に、
 思い浮かべる「ひと」は誰だろうって思いました。
 
IMG_7300.jpg
村上先生は、千春さんで揺るがなかった。それから、
「ささえる」の仲間と続きます。
幸せな「居場所」は こころの居場所だと。
こころの居場所を持てるのは、
自分も安心するけれども、
その「ひと」たちとも、
たとえ離れていてもつながっている、
共に居る=在る安心感が得られるんじゃないかなと。
 
空の向こうに逝ってしまったけれども、
いつでもこころの居場所では、一緒だよ!
そんな声が耳に響きます。
その居場所が、場所としても素敵だと、それも良い
それが(二人が最後に集った)マギーズ東京だったかも。
 
いのちの輝きが、キラキラと言葉にのって空気の中に飛び散り、
その空気をみんなが「息をのむ」思いで、吸い込んだんですよね。
吸い込んだからには、そのいのちの輝きを語り継がなきゃいけない
もう、みんなは、始めている。
 
元ちゃんも、こころの居場所を、あの村上先生とのトーク
イベントでの瞬間瞬間に見出していたんですよね。
ともに在ることのすごさを教えてもらいました。
在るだけで、それだけで、もう十分。
それだけで、人々の心の居場所になっている。
beingの意味を深く感じています。
 
秋山正子(あきやま まさこ)1950年秋田県生まれ。聖路加看護大学卒業。産婦人科病棟勤務を経て、関西で短大助手・専門学校教員を歴任中、39歳で姉のがん看護・在宅ケアサポートに尽くしたことを契機に、1992年 医療法人春峰会白十字訪問看護ステーション勤務、 2001年ケアーズ・白十字訪問看護ステーション設立・代表取締役所長。2016年10月マギーズ東京(本邦初のマギーズがんケアリングセンター)設立・センター長。白十字在宅ボランティアの会 理事長。著書に『つながる・ささえる・つくりだす 在宅現場の地域包括ケア』『在宅ケアのはぐくむ力』(医学書院)・『メディカルタウンの人生の連続性での「いのちの教育」』(30年後の医療の姿を考える会)などがある。
 
 

次回予告:患者の気もちとは・・・

 

[地域包括ケアは 訪問看護・介護がめざしてきたことそのもの]

つながる・ささえる・つくりだす  在宅現場の地域包括ケア イメージ

つながる・ささえる・つくりだす 在宅現場の地域包括ケア

著:秋山正子 

現場発! 今日からできる地域包括ケア

現場の訪問看護師であり、地域包括ケアの先駆者として知られる著者が、日々の実践を積み重ねて地域包括ケアを実現した事例や、そのためにつくった「地域をささえ、つなぐ場所」を、ナラティブなエピソードをとおして紹介する。地域包括ケアシステムのなかで、在宅ケアの最前線にいる実践者が果たす役割がひしひしと伝わる。

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