5.24UP! 【名越康文】医療者のための心の技法(9)

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夜勤というアンチクライマックス(1)

 

当直室の夜はなぜマンガなのか

 

夜勤の当直室にはマンガが置いてある、という話を聞きました。これ、すごくよくわかるんですよね。活字が読めないからなのか何なのか。でも、自分の経験に照らしても、感覚的には絶対正しいと思った。

 


1つは、夜勤って、いつ何時何が起こるかわからないなかで、ずっと「助走」状態だからじゃないかと思います。患者さんが来る、容態の急変がある、ということになると、一気にピークが来る。それに備えるための助走状態がずっと続くのが夜勤なんじゃないでしょうか。

 


昔、夜勤のときに読めるかなと思って松本清張のミステリーを当直室に持ち込んだことがありました。でも松本清張って、本題に入る前に20ページくらいずーっと情景描写があったりするんです(笑)。それに対して漫画って、数ページごとにちょっとずつクライマックスが来るように作ってあります。そういうリズムのほうが、夜勤にあっているのかもしれません。

 


いつ来るかわからないクライマックスにずっと備えている、という意味では、夜勤って、アンチクライマックスなんです。あるいは、夜勤におけるクライマックスというのは、「クライマックスが来ないこと」なのかもしれません。

 

アンチクライマックスがもたらす過覚醒

 

テレビのBSで、ポール・マッカートニーのライブがやっていました。見るともなく見ていると、オープニング曲が「マジカルミステリーツアー」。そうすると、観客がものすごい盛り上がりを見せました。熱狂状態です。でも、考えてみれば不思議ですよね。Let it beでもなく、Hey judeでもない。あるいはLong Tall Sally(のっぽのサリー)でもない。そこまで盛り上がる曲とも思えないマジカルミステリーツアーでどうしてここまで観客が興奮するのか。

 


意外性ということもあったんだとは思うんですが、僕も見ているうちにだんだんと鳥肌が立ってきたんです。定番中の定番みたいなものが来てしまうと、ここまでの興奮はなかった。Hey Judeだったら、なんとなく安心してしまったと思うんです。

 

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閑話休題。話を夜勤に戻すと、夜勤も実は、クライマックスなんて来ないんです。言い換えると、決して来ないクライマックスを待つのが、まさに夜勤のクライマックスなんです。つまり、「急患です」と患者さんが来たら、それはもうクライマックスじゃない。精神的には、ある種のピークは過ぎているんです。

 


たとえば僕の場合、夜の10時前後には、何にも事件が起きていないのに、過覚醒状態がよく訪れました。たとえば、見慣れているはずの男性看護師さんの髭剃り跡が妙にクローズアップされて、妙にリアルにこちらの中に入ってきてハッとする。あるいは、同僚と世間話をしているときに、ふっとその人の人生が、僕の中にものすごくリアルに浮かび上がってきたりする。

 


人間の感覚って相対的なもので、熱いものがあるから冷たいものを感じるだけなんですよね。だから、人間にとって変化を感じられなくなるというのは、すごい恐怖なんですよ。つまり、感覚がないというのは、死、ということですから。ものすごく不安になる。

 

だから、夜勤のように変化のないときには、無理矢理にでも自分のなかでネガティブなものまで掘り起こして感覚を作ろうとする。それは時に破壊的だったり、過剰だったりするんだけど、ないよりはマシなんですよ、きっと。

 


そういうときには、何も起こってないのに「あ、なんか今日あたりちょっとめんどうなトラブルが起こりそうや」とか、妙な圧迫感が生じてきたりする。意識の揺れが強くなる。だから逆に、何か起こってくれたほうがフッとリラックスできてしまったりすらするんですね。

 


 「早くなんか起こってくれ」ぐらいの気持ちは、夜勤をしている人なら一度は感じるんじゃないでしょうか。むしろ、ずっと何も起きない、「何かが起こる前」の濃密な感覚が、時々すごくしんどかったり、その不安感がすごく出てきてしまって、それをポジティブに変えれないときがある。そういう感覚が、夜勤の辛さの一端を担っているんじゃないかと僕は思います。

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このページは、igs-kankanが2011年5月24日 12:00に書いたブログ記事です。

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