2011年2月アーカイブ

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座談会演者 Profile

写真左から順に
中村秀敏 (小倉第一病院副院長、以下、中村)
西千晶 (小倉第一病院介護福祉士、以下、西)
鬼釜直子 (同、以下、鬼釜)
岡田慎一郎 (理学療法士・介護福祉士、以下、岡田)


 

介護者の負担を軽減する介護法として広がりを見せている古武術介護。透析病院である小倉第一病院も、2年前から年に数回、提唱者である岡田慎一郎氏を講師に招いた講習会を継続的に開催している。古武術介護は現場をどう変えるのか――


 

介護ニーズが高まる透析医療の現場

 

中村 2007年の暮れにかけて、定年退職、寿退職、ぎっくり腰で、介護スタッフ3人が一気に抜けちゃった時期があったんです。うちの介護スタッフは10人体制なので、3人抜けると大変なんですよね。一気にスタッフの悲鳴が聞こえるようになりました。看護部からも、ちょっと介護の人たち大変ですよ、このままじゃ崩壊しちゃいますよ、と伝えられました。

 

鬼釜 あの頃はきつかったですね。一日中動いていなければいけないので、どうしても体力勝負になっていました。シフトが厳しくなって、休めないので疲れがたまって、という悪循環でした。

 

仕事中は、患者さんのことで気が張っているから大丈夫なんですが、帰ってからどっと疲れが出る。私は整骨院とか行ったことはありませんが、周りの人はけっこう行ってました。

 

西 休憩室に置いてあるマッサージ機は取り合いでしたね(笑)。

 

中村 透析医療もここ10年くらいで患者さんがものすごく高齢化してきています。糖尿病の方とかだと足の切断とか、高齢化+合併症で自立度が低下している患者さんは年々増えています。

 

当院の場合では、透析室のベッド状況に合わせて、病棟と透析室の間で患者さんを移動させなくちゃいけないんですが、介護士、看護師ともに介護の負担が大きいのが実情です。

 

そんなとき、ある看護師さんから「古武術介護って知ってますか?」って教えてもらったんです。ちょうど、私の愛読書であるマンガ『ゴッドハンド輝』でも古武術介護が紹介されていて、それで岡田先生にコンタクトを取りました。

 

最初にメールでご連絡したのが2008年2月。お忙しいなか日程を調整してもらい、2008年7月7日に初めて当院に来ていただくことができました。その後は年間4?5回のペースで来ていただいています。

 

岡田 小倉では、講習会だけでなく、現場で、実際の患者さんにご協力いただき介護技術を見直すという実践研修も行っており、私自身も毎回、すごく勉強になっています。

 

透析病院というと、比較的動ける方が多いイメージがあったんですが、実際に来て見ると、障害者や介護施設に負けず劣らず、ハードな身体介護が求められる現場だと感じました。

 

かつてより、透析期間も長期化し、同時に患者さんの高齢化で要介護度も高まり、入院の方も通院の方も介護ニーズは高いと感じました。

 

これまでの介護の技術は、ある程度動ける方が基準となって構成されています。しかし、現場の実情を見ると、その発想だけでは通用しない部分が大きくなってきているように思えます。

 

最初は「好奇心」と「驚き」

 

中村 そういう大変な状況でしたから、スタッフの身体を守るものであれば何でも試したい、というところはありました。たとえば一度、腰痛防止のためにリフトを2週間くらい置いて使ってもらったことがありました。僕はきっと、「正式導入してほしい」と言われると思っていたんですが、実際には現場から、「いらない」といわれた。たしかに負担はかからないんだけど、時間がかかるんですね。自分でやったほうが断然早い、と。

 

岡田 リフトは確かに有効なものですが、制度やさまざまな職場環境などを考えると活用する機会が限定されてしまうんですよね。家庭介護のような1対1ならば大いにすすめられますが、病院、施設のように、1対多の現場では、時間的な観点も要求されます。一部ならばともかく、全面的なリフトの導入は現状では難しいかもしれませんね。

 

西 確かに安全なんですが、手軽じゃない。移動に2人必要で、ベッドとベッドの間に入らなくて、いちいちベッドを移動させなきゃいけなかったりとか。

 

中村 そんななか、古武術介護はすごくスタッフに好評でした。どうして古武術介護は、スタッフの皆さんに受け入れられたんでしょう。 

 

西 何回も続けて参加している人も多いですよね。みんな、最初は「古武術」って言われてもピンとこないじゃないですか。それで、どんなのかなっていう興味で受講してみたのが最初です。そうすると、驚きがあるんですよね。私も、自分の体重の倍近いような大きい人を抱え上げることができてびっくりしました。

 

鬼釜 そうですね。私もやっぱり最初は好奇心で参加してみて、実際にすごく効果があるので驚く、という感じでした。手の構え方とか重心の寄せ方によって、それまで絶対無理だった人を抱えられるようになるというのが、すごく不思議でした。 

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古武術介護を実践にいかすコツ

 

岡田 ありがとうございます。でも、講習会でできたことって、すぐに現場で応用できましたか?

 

鬼釜 正直なところ、最初はほとんど応用はできませんでした。まだ自分で消化できていなかったんだと思います。その後、2回、3回と受講して、また現場で試してということを繰り返していくうち、最近になってすごく変わってきた実感があります。 

 

西 岡田先生はすごく丁寧に教えてくれるし、頭では理解できるんですが、自分が実際にうまくできているか、ということはなかなかわからないし、不安でしたね。

特に、講習会から何日か立って、それまで身につけてきた自分の癖のようなものが出てくると、だんだんと「どうするんだっけ?」「どうだったかな?」とわからなくなってくるんです。その意味では、連続講座を受けてみたいな、ということはいつも思っていました。

 

中村 自分の癖が出てくる、というのはおもしろいですね。プロとして完成している形を持っている人ほど、逆に岡田先生の方法を取り入れることが難しい傾向はあるようですが。

 

岡田 そうですね。基本的な介護技術などをきちんと学んだ人ほど、それらがある種の前提条件になってしまうので、それに当てはまらない状況ではなかなか対応できない、という面はあると思います。でも、それも発想次第で、一度、そういう固定概念を外して取り組んでみると、基本技術の知識もさらに生きてくる、ということもあります。

 

どんな理論であっても、それを実践していくときには自分の身体を動かすしかないわけです。そのときに、身体の動きの質が悪いと、その理論を十分実践にいかしきれないことが問題なんですね。

 

古武術介護に取り組むことで「技術以前の体の使い方」が変わってくると、理論を実践にいかしていく精度がすごく変わってくる。そのことに気がつくか、つかないか、というところが大きいと思います。

 

「技術を自分で作る」

 

中村 二人も言っていましたが、何度か岡田先生に来ていただいて、「これは連続して、まとまった時間勉強してもらう必要がある」と考えるようになりました。そこで2009年2月に、合宿を企画しました。本当は毎週講習会ができるといいのですが、岡田先生も全国を飛び回っておられるのでそれは難しい。単発ではあるけれど、長時間教えていただくのがよいと考え、また、ひとまず少数精鋭で教えてもらって、その人たちに他のスタッフを引っ張ってもらおうという趣旨から、西さん、鬼釜さんを含めた介護士4人を選抜して参加してもらいました。

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岡田 合宿ではあえて、介護技術そのものはテーマとせず、身体の動きの質を変える、ということに専念するようにしました。「こういうふうに体を動かすと、負担がかからない動きができる」という体験を繰り返してもらったのですが、実はそれを介護現場に応用するのは、結構難しいんです。でも、まとまった時間の講習会でしたので、まずは、思っているよりも幅広い、大きな可能性が自分の身体のなかに眠っている、ということを知ってもらうことが大切だと思ったんです。

 

表面的な技術をいくら積み重ねても、現場の問題は本質的には解決しない。逆に、根本的な動きが変わってくると、個々の問題に対して、柔軟に応用して対応をしやすくなる。

 

一口に言えば「技術を自分で作り上げられるようになる」ということが大事で、そうなってくると、介護の仕事にも、より深みが出てくるんじゃないかなと思うんです。

 

こういう講習のやり方って、なかなか2時間の講習会では難しい。その意味では、合宿という形は貴重でした。

 

一人ひとりの技術は、違っているほうがいい

 

西 以前、「これであってますか」と岡田先生に聞いたとき、「こうなったらできた」「こうなったら完成」と考えるのはあまりよくないですよ、と言われて「なるほど」って思ったんです。

 

「こうしなくちゃいけない」といった、はっきりしたゴールを設定されるとどうしても苦しくなってしまう面ってありますよね。先生の考え方を取り入れながら、新しい自分のやり方、自分の技術を少しずつ作っていけばいいのかな、と。

 

鬼釜 西さんにできることと、私のできることは違うし、同じことができる必要はないんですよね。自分や相手の体格とか、それまで培ってきたものに合ったやり方でいいんだな、と考えると、すごく気が楽になりました。

 

西 介護士だって一人ひとり違うし、患者さんも一人ひとり違う。その場その場で、新しいやり方が生まれてくる、ということなんですよね。

 

岡田 ここまで理解していただけていると、本当に嬉しいですね。「お互い違う」って、当たり前だけどけっこう大事なことです。われわれは、「正解」を求める教育を受けてきていますから、なかなかそういう発想にはなれない。

 

よく「うちの施設は統一した介護技術を提供してます」という管理者の方がいます。しかし、裏を返せば、介護者の身体がもつ個別性を考えていないということじゃないでしょうか。それは、患者の個別性を考えない、マニュアル的な対応にもつながってしまうように、僕は思います。

 

標準化ということが強調される時代ではありますが、一人ひとりが違う、ということが、実は患者さんへのよりよい対応の仕方を考えるうえで、ベースとなるんじゃないかと思うんです。お二人のようなスタッフであれば、技術的にも、患者対応でも、柔軟にされているんじゃないかと感じます。

 

看護師さんやPT、OT相手の研修会でも、どうしても派手な技術に目が行ってしまいがちです。僕がウケを狙ってそういうのをやるのが悪いという話でもあるんですが(笑)、最終的に僕が伝えたいことは「根本にある身体の動きの質を変えること」と「発想を変えること」なんです。

 

身体の動きの質と、発想法が変わってくれば、現場での対応力もグンと上がってくるし、そのことが、介護職のステータスアップにもつながるんじゃないかと思っています。

 

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実地で学び、言葉と映像で復習する

 

鬼釜 古武術介護を自分なりに消化してきたあと、それをどうやって後輩や同僚に伝えていけばいいのか、ということに悩むことがあります。体で覚えていったものだから、それを言葉にして伝えるのはちょっと難しい。

今はとにかく一緒にやりながら、相手のやり方に対して「もっとこうしたらいいよ」といったアドバイスをするような形です。

 

岡田 小倉第一病院で古武術介護導入が継続している理由の1つが、机上の空論ではなく、とことん現場の実践を意識しているからではないかと思います。事例検討的な講習会や、現場に背理、実際の患者さんに対して介護をさせていただくなど、実践形式で実習するからこそ、本質的な部分をより理解してもらえるのかな、と思うんです。

 

たくさん本を出している自分が言うのもなんですが、本だけを読んで講習会に来られた方からは、「思っていたのと違う」ということをしばしば言われるんです。

 

やはり、言葉や写真、あるいは映像では、形はなぞれても感覚は伝えきれないと思います。あくまでも実技体験がメインで、書籍やDVDは補完という役割になってくるんでしょう。

 

中村 でも補完で十分なんだと思いますよ。聖書だって毎週毎週、牧師さんや神父さんが読み解いてくださるから、わかるわけですから。

 

当院ではe-learningにも積極的に取り組んでいて、スタッフ全員にiPod-touchを配って教育コンテンツにいつでもアクセスできるようにしています。そのなかで、岡田先生のコンテンツも作っているんですよね。講習会のもようをまとめ、動画にして見られるようにしています。

 

これは岡田先生のコンテンツに限ったことではないですが、いわゆる新人研修で、院内感染とか医療安全についての話を聞いても、入職したばかりの新人にとってはリアリティーがどうしてもないんですよね。少し仕事をしてからのほうが、そういう話は入ってきやすい。

 

でも一方で、新人のときじゃないとそんなまとまった研修の時間は取れないし、院内感染予防、医療安全についての話をまったくせずに病棟に入ることはやはりリスクなんです。

 

e-learningには、そういうジレンマを解消する面があると思います。最初に研修は受けさせるんだけど、見たくなったらいつでも見なおすことができる。そうやって学習を深めてもらいたいと思っています。

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[2010年4月14日、小倉第一病院にて収録] 


DVD+BOOK 古武術介護実践篇

2009年9月刊行。A4大判、400点以上のカラー写真、85分のDVDで岡田慎一郎氏の古武術介護、すべてがわかる一冊です。kobujutu.jpg

第5回 評価とは「ほめる」こと

 

ヒトは、必ず他者と関わりながら生きています。他者と関わることではじめて自己がみえてきます。そのとき、必ず生じるのが「評価」です。看護管理もつきつめればヒトとヒトとのかかわりであり、評価の問題はかかせません。

今回は、この「評価」について、2つのことを考えてみたいと思います。それは、評価の「目的」と「手段」です。何のために、そしてどのように評価するのか。この2つを理解するだけで、きっと「評価って、楽しい!」と考えられるようになると思います。

 

評価の目的、それは“キャリアプラトー”をつくらないこと

 

看護管理における評価の目的を一言で言うなら、それは「キャリアプラトーに陥らない組織づくり」です。

キャリアプラトーというのは、ある職業についている人が、成長や昇進のビジョンを描けない、停滞期に陥ってしまうこと。ライセンスをもったプロフェッショナルである看護職には本来無縁のはずなのですが、現実には、キャリアプラトーに陥る人は少なくありません。その最大の要因が、「評価」がうまくいっていないことにある、と私は考えています。

では、キャリアプラトーに陥らない組織づくりについて考えるために、逆に、「キャリアプラトーに陥りやすい組織」について考えてみましょう。その典型例が、縦向きの「職階」移動、いわゆる昇進=キャリアアップという考えに支配された組織です。

看護職の「職階」というのは、せいぜい、3つか4つです。主任(係長)、師長(課長)がメインで、後はそれに「副」がついたりするくらい。日本の場合、看護部長は組織に一人しかいませんし、副看護部長は組織の大きさにより1〜5人ですが、それも極々わずか一握りのポストでしかありません。

そもそも「職階を移動すること」と「キャリアアップ」は、看護職においては次元が異なる概念だと私は考えています。以前もお伝えしたと思いますが、スタッフ看護師、看護師長、看護部長の関係は本来、上下関係ではなく、お互いに対等なプロフェッショナルとしての関係にあります。スタッフはクリニカルケア、師長はマネジメント、看護部長はディレクションというそれぞれの役割をプロとして果たしてはじめて、プロといえると考えています。

そのように考えると、看護職におけるキャリアアップとは、職階間の異動(スタッフナースが師長になる)ではなく、むしろ、それぞれの職階のなかで求められる職能を高めることにある、といえないでしょうか。

現実には、主任→師長と職階を高めていくことを「キャリアアップ」と捉えている職場は少なくありません。しかし、そうした職場では、キャリアプラトーが不可避となってしまいます。なぜなら、主任や師長にならない看護師のほうが圧倒的に多いからです。

そうした「上昇コース」に乗らなかった自分を卑下し、職能を磨こうとせず、日々、業務をこなす、捌く……という“ケアロボット”化してしまっているスタッフは皆さんの施設にはいないでしょうか。「10年目の看護師向けの教育体制がないから」と組織のせいにしていても、モチベーションは下がる一方です。

こうしたキャリアプラトーに陥り、モチベーションの低下したスタッフの数が増えてくると、組織運営は非常に難しくなってきます。こうした悪循環に陥らないために必要なのが「評価」であり、その役割を担うのは多くの場合、師長です。

 

評価の手段、それは「強みを引き出す」ということ

 

では、そもそも「評価」って何なのでしょうか? 「善悪・美醜・優劣などの価値を判じ定めること」という辞書の定義に捉われていると、どうしても「あれができているから何点」「これができていないから×」といった視点で考えてしまいがちです。評価を受けるスタッフのほうも「評価」というと「何を注意されるんだろう?」というネガティヴなイメージで捉えているのではないかと思います。

「評価」についてこうしたネガティヴなイメージを持ってしまうと、冒頭に述べた「評価の目的」である、「キャリアプラトーを作らない」ことは達成できません。キャリアプラトーを作らない評価のためには、評価を通じて、「強み」を引き出していくことで、個々人の魅力を、能力を伸ばしていく必要があるのです。

「強み」というのはそもそも、自分ではなかなか気がつかないものです。ましてや、日本人は自己を卑下することで相手をたてるという「謙譲の美徳」という文化をもっています。自分のことをほめる、自慢できるところ(強み)を見出すという作業が不得手な文化のなかで育ってきています。でも、そんな私たちでも、他人から客観的に、優れた点をほめてもらうことができれば、自分の強みに気づき、認識することは可能です。

「評価」の第一歩は、相手をほめることです。ただ、これも口で言うほど簡単ではありません。「相手をほめる」ということだけでも、日本人は照れもあって、素直に口にしない傾向があります。しかし師長は、むしろ積極的に「ほめる」必要があることを十分に認識すべきといえます。できるだけスタッフのよいところを見つけ、フィードバックすることによって、相手に自分自身の強みに気づいてもらえるような関わりをもたなければいけません。

個々のスタッフが、それぞれの職階のなかで、強みを伸ばして職能を向上させていく。これが、専門職である看護職のキャリアアップの本来のあり方ですから、「評価」についても、強みを伸ばしていくために行います。わざわざ弱点やできていない部分を見つけ、それを改善しようとがんばるという一般的な評価のあり方からは、180度方向性を変える必要があるのです

余程の致命的な弱みでない限り、その弱みには目を向けず、「強みをさらに強くする」。このような「評価」を目的として行う面接を、看護管理では、「目標面接」「ラダー面接」といいます。笑い話ではありませんが、目標面接やラダー面接を取り入れて、かえってモチベーションが下がって離職者が増えた、という話も聞きますが、それでは本末転倒です。

目標面接、ラダー面接では、管理者の考え方を押し付けるのではなく、その人のモチベーションを引き出すことが重要です。自分の「強み」を伸ばすためには何をどうしたらいいかに自ら気づかせるような面接を心がけましょう。ついつい親心で「こうするといいんじゃないか」と言いたくなってしまう気持ちをぐっとこらえて、一緒に考えます。

正直なところ、こういった面接は師長さんとしては「面倒くさい」と感じる部分も大きいと思いますが(笑)、看護管理を行っていくうえでは手抜きをしてはいけない、大切なポイントです。

 

相手を、自分を輝かせるための「ほめ」

 

まとめてみましょう。評価の<目的>は「キャリアプラトー」をつくらないこと。そして、評価の<手段>は強みを引き出すことです。

すなわち「評価とは相手を輝かせるための積極的な支援」です。この視点からみて、皆さんは、これまで、きちんと「評価」できていたといえるでしょうか。

相手の強みを引き出す「ほめ」には、いろんなポイントがあります。ひとつは、具体的な事象をもって相手をほめること。ただ漠然と「がんばってるね」とほめていたのでは、相手は「師長さんは自分の何を見てそう評価するのだろうか? ちゃんとみてくれているのだろうか?」と疑心暗鬼になってしまいます。

小さなことでもよいので、具体的な日付や状況とともにほめることで、相手は「あ〜、あのときのあのことをほめてくれたのか」と、自分自身の行動をリフレクションすることができます。そうすると、自己肯定感や自己効力感にもつながり、スタッフが自分のよいといころを見つける作業がしやすくなります。

こうした具体的な場面をほめる(評価する)ためには、メモを取っておくのがお勧めです。メモは誰に読ませるわけでもないので、どんな形式でもOKです。たとえば筆者は「12/21 ○○、20:30△△Uカバー」といったメモのとりかたをしています。

なんのことか、まったくわかりませんよね。でも、これでも書いた本人には日付、場所、対象の看護師、時間、対象患者、そしてほめる内容がわかります。「Uカバー」というのがほめたいと思った内容ですが、○○さんが、尿器カバーが汚れていたのをちゃんと患者の△△さんに詫び、きれいなものに換えるという細かな気くばりを見せていたことを、12月21日の20:30頃に目撃したのです。メモした本人であれば、この程度の簡単な記載でも簡単に思い出すことができます。

筆者の場合、副院長という立場上、なかなか普段からスタッフとじっくり面接するということがないため、余計に情報を溜めておく必要があります。もしも、あなたがそのつどリアルタイムに「ほめ」によってフィードバックできているのであれば、メモは必要ないかもしれませんね。

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他者評価を自己評価に応用

 

ここでさらに発展して、相手を評価するということだけでなく、自己評価という言葉についても考えてみてください。他者評価と同じような表現をするとすれば、「自己評価とは自己を輝かせるための積極的な支援」ということになります。

「謙譲の美徳」もよいのですが、専門職である私たちは、自らの「職能」については、「けっこうやるじゃん、私!」と素直に感じ、自分を褒めるということを行ってもよいと私は思います。そう、師長自身が、もっと自分自身について自分のよいところをほめるという作業を通じて、自分の強みを認識し、さらにはその強みを伸ばしていくということに慣れてもらうことも大切なのです。そうすることによって、より、他者についても日常的にほめるということにつながるからです。

いきなり「強み」といわれても・・・という方、今日から毎日一つでいいです。自分のいいところを紙に書きだしてみてください。なんでもいいんです。

 

  • ヒトの嫌がることを厭わずにするところ
  • 30分で夕食を作れるところ
  • 物を大切にするところ
  • 30年来体重が変わっていないこと
  • 出かけるときには、常にマイ箸をもっていること
  • 電車でストレッチできること
  • どれだけ時間なくても話を聴くときには、視線の高さを合わせアイコンタクトをとっているところ

 

仕事のことだけでなくても、何でもいいのです。「素敵なところを見つける」という思考回路を育てるところから始めてみましょう! 365日で365個、自分のよいところを見つけてみてください。「へ?私って案外いいところあるじゃん!」と思えるようになってきたら、「できる師長」への第一歩です。 


中島美津子 イメージ

中島美津子 Profile

「じ」じゃなくて、濁らない「し」の「なかしま」です。夫の転勤により各地の病院に勤務。九州大学医学部保健学科、聖マリア学院大学看護学部、東京警察病院看護部長を経て、2010年5月より東京病院副院長となりました。研究テーマは「働きがいのある組織づくり」で、働き方についての認識のパラダイムシフトを図る啓発活動を全国で展開中。
「すべては幸せにつながっている」「ケア提供者が幸せであることは質の高いケア提供を可能にする」という信念の下、日々仕事を楽しんでいる超positive思考の二児の母。
みっちゃんのブログ(http://ameblo.jp/tokyobyouin-director/

 

今村顕史 イメージ今村顕史 Profile

都立駒込病院感染症科医長・感染対策室長
著書に『JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック』がある。


イラストレーション:櫻井輪子 http://www.wakonosu.net/



事件ファイル1:ある病棟で・・・

[事件前日]
週末外泊した患者のAさんが、日曜の夕方に大部屋へもどってきました。
「久しぶりの外泊だったから、おいしいものをいっぱい食べてきたよ。お刺身とか・・・」

 

[20:30]
消灯前に患者Aさんのところに行くと、夕食後7時くらいから、水のような下痢で3回トイレに行ったとのこと。少しムカムカするけど、吐くほどではないと言っています。

 

[22:00]
患者Aさんからのナースコールが鳴り響く
「どうしたんですか?」
「ムカムカして吐きそう。ウッ・・・」
あわててトイレに向かいましたが間に合わなかったようです。
大急ぎで病室へかけつけると、大部屋の入り口の床に大量の嘔吐物が飛び散っていました。
「たいへん。かたづけなくちゃ!」
とりあえず水で濡らした雑巾で後始末をしたのでした。
「あ〜あ、今日はついてないや。」

 

[さらに次の日]
次の日は日勤。
午後から、なんとなくムカムカしてきました。
そして水のような下痢で何回もトイレに駆け込みます。
「きもち悪いよ〜。下痢もとまらない。」
その後、大部屋の別な患者さん、そして他のナースにも下痢と嘔吐を訴える人が次々でてきて、病棟は大混乱に・・・

 

事件ファイル2:あるホテルで・・・


次は、実際に国内のホテルで起こってしまった事例です。
ある日、そのホテルを利用したお客さんや従業員が次々と下痢や嘔吐を訴えはじめました。
なんとその数、利用客292名と従業員55名の合計347人!

そこで、これらの人たちの数日間の行動が調べられました。
すると、ある披露宴の出席者に症状が集中していることがわかりました。
それでは、食べ物からの食中毒かなと思うところですが、同じ食事を食べていない他の利用客や従業員からも、下痢や嘔吐を訴える人が多くでてきました。
いったいこれはどういうことでしょうか?

 

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ノロウイルスは大変!

最初の病棟での事例も、次に示したホテルの事例も、どちらも原因はノロウイルスでした。
「のろ」なんて名前にだまされてはいけません。
敵はすばやく、強力な感染力でひろがっていきます。

 

【ノロウイルスの流行時期】

ノロウイルスを発症した患者の便に入っているウイルスは、下水から川へ流れ、カキなどの貝の体の中で濃縮されていきます。そして、この貝を食べた人に感染するため、生ガキがよく食べられる冬に多くの患者が発生することが知られています。このため、冬に起こる「おなかにくる風邪」と誤解している人もいました。

 

【ノロウイルスの感染力】

ノロウイルスは、下痢便だけでなく、嘔吐物の中にもたくさんいます。そして、感染力が強く、ごくわずかな量の下痢や嘔吐物でも感染してしまいます。
さらに、汚染された環境からの感染も起こり、感染がひろがっていきます。このため、保育園や学校、病院や高齢者施設での集団発生もよく起こります。

 

【ノロウイルスによる胃腸炎の症状】

感染してから症状がでるまでの期間(潜伏期間)は1〜2日以内です。
下痢と嘔吐が中心で、腹痛を伴うこともあります。発熱はないことが多く、あっても微熱程度のことがほとんどです。

 

【ノロウイルスの治療】

特別な治療はないため、脱水を防ぐための水分補給が大切です。大量の下痢があって、吐き気で水も飲めない場合には、点滴で補給する必要があります。
一般的には経過は良好で、1〜3日で自然に治ってしまうことがほとんどです。
しかし、乳幼児や高齢者では、ひどい嘔吐と下痢による脱水で死亡してしまうこともあります。
また、症状が良くなっても、1週間以上も便の中にウイルスがでていることがあるそうです。

 

【院内感染予防のためのポイント】

最初にあげた病棟の例でもわかるように、ノロウイルスは感染力が強く院内感染の原因となることがあります。
接触キーボード.jpg下痢や嘔吐物が乾燥してしまうと、空気中にただようことがあり、これを吸い込むことによって感染してしまうこともあります。したがって、下痢や嘔吐物が乾燥する前に処理するようにし、手袋に加えてサージカルマスクもつけるようにしましょう。服につく可能性があるときにはエプロンも着用します。
清掃は拭き掃除が基本ですが、下痢や嘔吐物で直接汚染された場所は次亜塩素酸ナトリウム溶液で浸すようにふき取ることがすすめられています。

 

ノロウイルスは乾燥やアルコールに強いということを覚えておきましょう。
乾燥に強いため、一見汚れていないように見える環境からも感染し、電子カルテのキーボードなども盲点となります。
アルコールに強いことから、最近よく病院や施設で使われている擦り込み式のアルコール製剤ではなく、しっかりと石鹸と流水で手を洗うことがポイントです。
 


JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック イメージ

JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック

日常で出会う感染症、医療現場で出会う感染症、感染対策を読みやすい語り口でまとめた一冊。
菌のイラストも盛り沢山で、菌トレしているうちに気がつけば感染症に強くなっています! 


当事者研究っていったい何?

 

べてるの家で始まった「当事者研究」は,いまや精神科領域を越えて多くの人の口に上るようになりました。でも,当事者研究っていったい何?当事者研究ってどうやったらいいの?――当事者研究に興味をもった援助者,研究者,当事者たちが一堂に会して,参加者の皆様と一緒に考えます。

 

特別ゲストに,石原孝二(東京大学大学院准教授・科学哲学),宮地尚子(一橋大学大学院教授・精神科医),熊谷晋一郎(脳性まひ当事者・小児科医),綾屋紗月(アスペルガー症候群当事者),上岡陽江(ダルク女性ハウス代表)ら多彩な方々をお迎えして,だらだらやります。

 

医学書院ナーシングカフェ 『「当事者研究」の研究』 

 

講師 向谷地生良先生(浦河べてるの家/北海道医療大学教授)

日時 2011 年5月14日(土)13:00〜18:00

場所 医学書院 2階会議室 文京区本郷1-28-23

定員 40名

参加費 1,500円 (資料代、茶菓子代、消費税込み。当日受付でお支払いください。)

参加申し込み方法

定員に達しましたので、受付を終了いたしました。

たくさんのお申し込みありがとうございます。 

 

お問い合わせ

医学書院看護出版部(担当:白石)

TEL 03-3817-5769 

FAX 03-5804-0485

 


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技法以前――べてるの家のつくりかた

著:向谷地 生良
A5  252頁 2009年11月発行 定価2,100円(本体2,000円+税5%) ISBN978-4-260-00954-6

べてるの家の「スタッフ用虎の巻」、大公開!
「幻覚&妄想大会」をはじめとする掟破りのイベントはどんな思考回路から生まれたのか? べてるの家のような場をつくるには、専門家はどう振る舞えばよいのか? 「当事者の時代」に専門家が〈できること〉と〈してはいけないこと〉を明らかにした、かつてない実践的「非」援助論。


『ケアする人も楽になる 認知行動療法 入門 BOOK1&BOOK2』発行!

 

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人をケアする職業人のストレスこそが問題です。  

 

働いていると、理不尽なことってたくさんありますよね。無能な同僚管理職にイライラ(怒り)。モラルハラスメントでしくしく(悲しみ)。パーソナリティ障害の人に巻き込まれてグルグル(当惑)。

認知行動療法は、そんな対人援助職のセルフケアやストレスマネジメントにうってつけの心理療法です。

ストレスのない生活は考えられませんので、ぜひ日常的に認知行動療法を活用してストレスマネジメントをされることをお勧めします。

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なお、ブック1とブック2では、本から学べるスキルが違いますので、ぜひ2冊とも読んでくださいね!

 

【ブック1目次】

第1章・・・・・・ストレス状況とストレス反応を目に見える形にしてみましょう

第2章・・・・・・アセスメントしてみましょう

第3章・・・・・・プリセプティとの相性が悪く悩む先輩看護師アヤカさん

第4章・・・・・・BOOK1で紹介した理論・技法・ツール

 

【ブック2目次】

第1章・・・・・・無能な同僚管理職に腹が立って仕方がないカオルコさん

第2章・・・・・・キレる医師のいる職場に恐怖を感じるサチコさん

第3章・・・・・・精神的に不安定な看護学生とのかかわり方に悩む教員タマキさん

第4章・・・・・・BOOK2で紹介した理論・技法・ツール

第5章・・・・・・さらに学びたい人へのガイド


伊藤 絵美 先生 Profile

ito_book_prof.jpg洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長、臨床心理士、精神保健福祉士、社会学博士。
主な著書に、『ケアする人も楽になる「認知行動療法」入門BOOK1&BOOK2』(医学書院/2011年2月発行予定)、『認知療法・認知行動療法カウンセリング初級ワークショップ』星和書店、『認知行動療法、べてる式。』(共著)医学書院、『認知療法・認知行動療法事例検討ワークショップ』(共著)星和書店、『事例で学ぶ認知行動療法』誠信書房、など。訳書にジュディス べック『認知療法実践ガイド』星和書店、ロバート リーヒ『認知療法全技法ガイド』星和書店、ジェフリー ヤング『スキーマ療法』金剛出版、ほか。


連載「医療者のための心の技法」が大好評の精神科医、名越康文先生。医学書院ナーシングカフェに初登場と聞き、自他ともに認めるミーハーライターが会場潜入を試みました。以下は当日(2011年1月26日)のレポートです。

ライター: 石川れい子

 

2階の受付に上がってみれば、そこには思い思いのエプロンを身につけた医学書院の編集者さんたちの輪が。 

おずおず近づいてみると、輪の真ん中に立ってひときわ高い声で笑いを取っていらしたのが……なんと、名越先生でした! 

 

医学書院の編集者さんたち。書籍販売の準備中です。

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先生は想像していたより背が高くてスリムでした。「テレビは実際より太って見える」という都市伝説が証明された瞬間です。な〜んてことをネタにご挨拶を……などと姑息な戦略を練っているうちに、名越先生は担当編集者さんによって控え室へ拉致されてしまいました。あー、残念。

 

開始10分前ぐらいから受付が混み合い始めました。平日ということもあって、職場から直接駆けつけた参加者が多かったようです。参加者の多くはおそらくは看護師さん。男性の姿もちらほらと見えました。

会場の後方でエプロンスタッフたちが皆さんにお茶をサービング。ホッと一息ついたところで、いよいよ名越先生が登場。拍手ーッ

 

今日のメガネは黒縁です。スーツは黒。シャツは真っ白なボタンダウンでノーネクタイ。ホワイトボード前のカフェ椅子に腰かけ、片足を地面にスッと伸ばしたお姿がキマってます。

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参加者の皆さんへのエプロンスタッフの紹介も終わり、先生、そのまま決めポーズでお話されるのかと思いきや、飛び跳ねるような勢いでやおら立ち上がられました。どうやらサンデル教授のように、歩き回りながら語るスタイルのようです。

そして先生、「人間の心の成り立ちから話します」と切り出しました。

「人間は、何と言って生まれてきますか?」と会場に問いかける先生。
「オギャー!」と答える参加者に、「そのとおり」と続けます。

言わずもがな、人間の赤ちゃんの産声「オギャー!」ですが、そこにはどんな意味が含まれるのか? というところから、どんどんお話が進んでいきます。あっと言う間に1時間が経ってしまって休憩タイム。

 

参加者も名越先生もいっしょにワインをいただき、会場のそこここで和んだ笑い声が上っていました。あ、そうそう、ワインは赤も白も用意されていたんですよ。もちろんノンアルコール飲料も各種取りそろえてありました。それからスイーツバイキングもありました。

さあ後半。「ワイン飲んだから、ぐるぐる回る」なんて言いながら、先生の喋くりは止まりません。熱い、熱いぞ、名越!

 

いま、そのときのメモを取り出して見ています。お話に出てきた人名を抜き書きしてみましょうか。伊丹十三、橋本治、シッダールタ、ラカン、ソクラテス……。ふふふ、いったい何の話?と思うでしょう。キーワードは「怒り」でした。詳しくは後日……があれば、ご紹介します!

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