第3回 戦国時代の看取りケア

第3回 戦国時代の看取りケア

2018.6.15 update.

鈴木紀子(すずき のりこ) イメージ

鈴木紀子(すずき のりこ)

看護史研究会所属。http://blog.livedoor.jp/kangoshiken/
日本看護歴史学会理事、日本医史学会代議員、順天堂大学医学部医史学研究室研究生。
国立大蔵病院附属看護助産学校看護婦科卒業、厚生省看護研修研究センター看護教員養成課程修了。国立病院に21年間(教員歴含む)勤務後、東京女子医科大学病院教育担当師長・病棟管理師長として13年間務める。そのかたわら法政大学文学部史学科、国士舘大学人文科学研究科人文科学専攻にて歴史研究を始め、2015年博士号取得(人文科学)。月刊誌『看護技術』『看護展望』で連載「歴史から紐解く看護技術」(2011年1月号~2012年12月号) 等寄稿多数。現在は地域で訪問看護に携わりつつ、看護技術史の講演の要請に応えている。

◆講演予定:2018年11月3日(土)第18回長野県褥瘡懇話会(長野県松本市キッセイ文化ホール)/2019年3月(日時調整中)栃木県壬生町立歴史民俗資料館企画展シンポジウム

 

前回は戦国時代の温罨法と冷罨法のお話でした。最終回はまた違うお話で締めくくりましょう。

 

|心臓病で倒れ、いったん良くなるがまた悪化して最後に

亡くなる…その病名は?|

 

医事指導・考証では、病気の設定についても意見を求められます。

 

あるときディレクターの方からの電話で、

 

 「今川家の寿桂尼浅丘ルリ子さん)がドラマ中で心臓の病いで倒れるが、その後いったん症状は良くなり、また悪化して最後には亡くなる。そう設定すると、具体的にどんな心臓病が当てはまりますか?」

 

 という質問を受け、調べました。

 寿桂尼は既に高齢ですので、「動脈硬化などから心臓弁膜症を発症したと設定するとよいでしょう」とお答えしました。心臓弁膜症は、症状の悪化や回復といった変化もありますから、疾患の設定として大丈夫と判断しました。その日のうちにA4サイズ2枚のレポートに疾患の説明、原因、経過、心不全症状、看護などをまとめて、メールで送りました。

 

それから数日後のリハーサルに立ち会ったところ、浅丘ルリ子さんが咳込まれるその演技が素晴らしく、何も医事指導することはありませんでした。

役者さんってほんとにすごいです。浅丘さんからはなんと手を握られて、

 

「あなたのレポート読ませていただいたわ」

 

と声をかけていただき、感激しました。そうか、あのレポートはスタッフのストーリー作りに参考にされただけでなく、俳優さんの役づくりにも活用されたのだとこのとき知りました。

 

 44回(2017115日放映)では、直虎の母・祐椿尼財前直見さん)が心臓発作を何度か起こして病床に伏せるようになり、静かに息を引き取るシーンがありました。

体力が落ちて静かに寝ているだけの人への看病の場面を、テレビ画面ではどのように作ればよいのでしょう。それまでの負傷兵に対する看病とは違うはずです。どのように画面で演出するのか、意見を求められました。そこで、新村拓先生の『死と病と看護の社会史』(法政大学出版局、1989年)、『老いと看取りの社会史』(同、1991年)、『日本仏教の医療史』(同、2013年)を参考に、当時の看取りの看護について勉強しました。

 

古く鎌倉時代は、死や病気などを忌み嫌う思想から、医の倫理観を持つ多くの僧侶たちは、仏教精神に基づき、医療を通じて庶民の救済に尽力し、学僧たちが臨終の看取りをしました。日本における最古の看護書であり、臨終における看病の方法について書かれた最初の書物に、鎌倉中期、浄土宗の第3祖である記主禅師良忠(11991287)が著した看病用心鈔(かんびょうようじんしょう)(1240年頃)があります。

 

写本が繰り返されながら、現在では3ヵ所(滋賀県安土・浄厳院、京都・常楽台、神奈川県立金沢文庫)に所蔵されていることがわかりました。そこで早速、神奈川県立金沢文庫に赴き、の写本を手に入れました。

 

看病用心抄.jpg

          『看病用心鈔』写本

       (神奈川県立金沢文庫所蔵)

 

看病用心鈔』には、看病人は、病人のことを仏と思い、看病人は病人をわが子と思って慈悲の心を持たなければならない、ということが書かれています。具体的な病室と病床の整え方では、香を焚き、花を飾って、病床は常にきれいにすること、病人は病状が変化するものであるから、看病人は病人の呼吸や顔色が観察できる近い位置に控えること、夜間に病状が重くなることは病の常であるから、夜は燈を灯して顔色が十分に観察できるよう側に控えること、などが書かれています。

そして、患者が寝ながらよく見える場所に本尊を置き、その本尊と患者の指を5色の紐でつなぐことも行っていたことがわかりました。

 

 看取りの看護とは少し離れるかもしれませんが、当時は、浄土観地獄観が確立した時代であり、庶民が住む村のはずれにある共同便所は、糞尿やハエなど虫が巣くう穢れの象徴として、地獄がイメージされました。そのため病人の糞尿の処理は、単なる排泄物の処理という日常の世話に留まらず、地獄をイメージするような物(尿や便・吐物・唾など)を、病人の周囲から取り除くことが看病の中心に置かれ、看病人の役割であると義務付けられていました。看病人の心構えとしては、尿器・便器や唾壺やかめを喜んで処理することが義務とされました。そして看病人には、汚物に対する嫌悪の感情を持たないこと(資質)も求められました。

 

 看病用心鈔』には、病状に応じた薬や食事を整えることも説かれており、滋養食を用意するのも看病人の務めでした。

新村氏によると、病人が摂食している場面を描いた絵巻には、果物、特に枇杷の実が多く用意されていたようです。

こうして看病の場面をディレクターさんと相談しているときに、『看病用心鈔』に書かれていた内容を伝えると、

 

枇杷.jpg「その当時、(一般的な)果物として枇杷はあったものですか?」

 と質問され、はっとしました。  

  枇杷は日本では古くから葉や種子が生薬として使われ、お茶や湿布など薬用に供されていたと認識していました。

 石の施術を受けた先生に枇杷の効用を教えていただき、その時、近所の枇杷の木を見せていただきました。問題ないと思っていたのですが、改めて問われてみて、医事指導をすることは何と広い知識が必要なのだろうとつくづく感じました。

 

この機会に『看病用心鈔』で述べられていた看護の本質を知ることができたことは、看護の歴史を探究する者として大きな成果だったと思います。

 なお、祐椿尼を心配して看病する場面は、役の梅沢昌代さんが看病セット(お盆に湯とうと片口、手桶、手ぬぐいを乗せたもの)を持って椿尼さんの傍らに来て演技をされました。さて、看取り場面での看病として、ここで役者さんは何かしらの動きをしなくてはいけません。

ベテラン女優である梅沢昌代さんは、「髪を撫で、手ぬぐいで病人の顔を押さえる」という演技をされました。

 

演出家の方には、「熱がない(冷ます必要はない)のに、手ぬぐいで顔を押さえるのはおかしくないですか?」と確認されました。

でも、人が人を愛おしむ心、心配する心を表現する時、「この行動になります」と1つには決められませんよね

  

臨終場面の看病.jpg

               臨終場面の看病

 

梅沢さんの演技は本当に自然で素晴らしく、祐椿尼に対する感謝の気持ちとともに、心配でならないというその心情が、十分に感じ取れる演技でした。私も、「手を当てるという看病の原点として、大変良い演技です」と答えました。

 

このように、1つの行動にもスタッフそれぞれの立場で意見交換をして作品を作り上げる、それが大河ドラマの撮影現場でした。

 

 

|現代につながる看護技術の歴史を深めたい

 

3回にわたって、いくつかの場面を通して、医事指導の実際や学びを紹介させていただきました。

 

昨年、私は、日本看護歴史学会日本看護技術学会で、看護技術史について講演する機会がありました。講演した内容には、昨年、本連載で紹介した『おんな城主 直虎』の医事指導で得た歴史からの学びもありました。そして、医事指導の経験で、罨法だけでなく包帯法や看病の歴史など現代につながる看護技術のルーツを勉強したことにより、この分野を研究テーマにしていきたいと思うようになりました。

 

大辞林第三版(三省堂、2006年)の『技術史』の定義では、技術の人類史における歴史的展開を研究する学問分野。技術そのものの展開や工学の歴史だけでなく、技術と生産・経済・政治・社会・文化とのつながりについても考察する」と記されています。これを参考にしますと、看護技術史も同様に定義できるのではないかと思います。

 

私は、病院勤務にひと区切りをつけた現在も、訪問看護師として現場で働いていますが、医事指導で看護技術のルーツを学んだことで、生活の中の看護を、新しい視点で見ることができるようになったと思います。私の本来の研究テーマは陸軍看護ですが、医療史をさらに学び、過去から現在に至る看護の歴史を、看護技術史としてひも解く研究を今後進めていきたいと考えています。

そして、看護の歴史の面白さを、多くの看護職や学生さんに伝えていきたいと思います。

 

読者の皆さま、お付き合いくださりありがとうございました。ご感想などなどございましたら、ぜひお寄せください。

 

(連載おわり)

 

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