子どもの「安心」の中身とは?

子どもの「安心」の中身とは?

2013.10.18 update.

村瀬有紀子 イメージ

村瀬有紀子

2008年5月米国カリフォルニア州にあるミルズ大学大学院教育学部Child Life in Hospitals and Community Health Centers修士課程修了。同年Certified Child Life Specialist資格取得。帰国後横須賀市立うわまち病院勤務を経て、2010年より東京医科歯科大学附属病院小児科にてCLSとして勤務。体が固いのが悩みの種で、かなえたい夢のひとつは180度開脚。ヨガやピラティスで身体をほぐす毎日です。病棟では心のストレッチをお手伝いできればと思いながら活動しています。

CLSとして大切にしていること

 

チャイルドライフを学ぶ学生だった時、病院でのインターン経験を通じて私はいろいろなことを学ばせてもらいました。チャイルド・ライフ・スペシャリストのインターンでは、学生がスーパーバイザーの指導のもと、病院で実地の経験をつみながら次第に独り立ちができるようにプログラムが組まれています。「日本に帰ったら一人で働かなくてはいけないんだ」というプレッシャーを感じていた私にとって、経験豊富なスーパーバイザーにいろいろなアドバイスを受けながら患者さんと関わっていけることはとても貴重な経験でした。

 

アメリカの大学院の夏休みはとても長く、4ヶ月近くあります。私は1年生の夏休みに東海岸にある大学病院付属の子ども病院でインターンとして働いていました。アメリカの大きな病院にはよくあることだと説明されたのですが、その病院の周りを低所得者層のコミュニティが囲んでいました。そのせいで治安がとても悪く、大学病院、医学部、研究施設の敷地(ひとつの町くらいの広さがあります)とそれ以外の地域の境界には青い線が引かれていて、「その青い線の内側にいる限りは警備員が身の安全を守ってくれるけれど、そのラインの外で起きたことに病院は関知しないからそこから外にはあまり行かないように」という注意を最初に受けました。その大学の寮で夜寝ていると“パンッ”という音が聞こえた後にパトカーのサイレンが鳴り、あの音は銃声だったのかと気づくこともありました。

 

患者さんにも様々な人たちがいました。治療費の高い病院だったので、米国外から裕福な人たちも治療を受けに来ていた一方で、病院周辺に住んでいる低所得者層も治療を受けにきていました。彼らが支払えない治療費や通院費用はケースに応じて病院が負担していたようです。

 

私が化学療法外来にいた時、低所得地域に住んでいるアフリカ系アメリカ人の4歳位の男の子が通院してきていました。低所得層は社会的問題を抱えていることが多く、その子も父親は刑務所、母親は精神疾患で病院に入院しており虐待された経験がありましたが、通院していたときは愛情深い優しい祖父母に引き取られて安全な生活を送っていました。 ただ、その子の診察がとても大変でした。聴診器による診察のみで注射などの痛みを伴う処置は一切ないにも関わらず泣きながら大暴れをするので、ナースプラクティショナー(診察資格のある看護師さん)はその子を押さえつけて診察しなければならず、診察する側もされる側も、診察が終わるときには汗と涙と鼻水でびっしょりになっていました。その様子は診察に付き添っている私からみても双方にとって負担なようにみえました。

 

そのような状況に対し、私はスーパーバイザーと相談し、その子が外来に来た時から一緒に遊んで診察に付き添うことにしました。無口なお子さんであまりしゃべらなかったのですが、その子の表情や目線などから遊びの内容を気に入っているのかどうかを読みとり、その子が楽しそうに見える時は私も声のトーンを上げるなどして、その子の非言語のサインを観察しながら一緒に遊んでいました。すると、次第に抱っこをせがんできたり、甘えてきたりするようになりました。ある日、外来で遊んでいるムードのまま診察室に入ると、いつものように暴れることなく穏やかに診察が終わりました。診察が終わった後、その子の祖母と医師が話をしている間には、診察室の中を私と一緒に探検する余裕までみせました。それは医師が不思議がって首をかしげるほどの変化でした。

 

インターン期間中、自分の活動をスーパーバイザーと一緒に振り返りながら考える時間が1日の終わりにあります。その時にスーパーバイザーと話をしながら気づいたことは、子どもと信頼関係を結ぶこと、その関係性をもとにその子が安心を感じられる雰囲気をつくることの大切さでした。このインターンの経験やCLSになる過程で徐々に学んだことを通じて、①子どもや家族と信頼関係を結ぶこと、②子どもが安心できる環境や雰囲気をつくること、③そのような信頼関係や安心感をベースに子どもが自分自身で困難なことを乗り越えていける力を出せるように手伝うこと、この3点をCLSとして大切にしていきたいと考えるようになりました。

 

安心の中身

 

帰国後に働き始めた病院で、院内学級の先生が職業体験の一環としてチャイルド・ライフ・スペシャリストを授業で取り上げてくださいました。先生が子どもたちに「CLSがどんな仕事をしていると思うのか」というアンケートをとると、いろいろな答えが出てきました。その中のひとつに、“患者の疑問に答えてくれる。不安を安心に変えてくれる”という回答がありました。この回答をみて嬉しかったのも事実なのですが、子どもたちにとって安心というのはどのような状態なのだろう?とあらためて考えてしまいました。

 

一般的に子どもが安心しているようにみえる状況というと、その場にいる人たちが全員ニコニコしながら落ち着いてスムーズに和やかにものごとが進んでいくようなイメージがあります。しかしながら、子どもが何に安心するのかというのは、一人ひとり違うし、同じ子どもでも状況によって違うような気がします。特に医療処置のような場では、その時々によってその子が求める安心の形は様々です。

 

頻繁に採血をしなければいけないお子さんがいました。「小学生だし、押さえつけをしなければならないほど嫌がるわけではないけれど、採血が終わったあとは気分が落ち込んでなかなか回復しないんです」とお母さんが私に話をしてくれました。ある時、その子の別の処置に付き添った後から、その子のリクエストで採血の時もCLSが付添うことになりました。採血の日、少し遅れていくと、その子がいろんなことに不満を言いつつ処置をするのを拒否していました。お母さんは医師に対して、また、同室の人たちがうるさいと困っているのではないかという気遣いから、“そんなに文句ばっかり言わないで黙ってやってしまいなさい”と促しています。しばらくして私の方から、「年上のお兄ちゃんでも大きい声でイヤダーと自分の気が済むまで言ってから採血する子もいるし、○○くんも何を言ってもいいんだよ。ただ、動くと危ないから動かないでね」と伝えると、その子が、“え、そうなの? 大きいお兄ちゃんも大声を出しているんだ”と納得したような顔をしていました。お母さんも先生も、“そうだ、声出していいから動かないでね”と声掛けをすると、今度はその子自身で先生にどういう体勢で、どこに注射をしてほしいのか、どのタイミングで注射することを伝えてほしいのかリクエストを出し、先生もできる限りそれに添う形で処置をしていました。採血が終わった後は「痛かった」とは言いつつも、この後何をして遊びたいのか私にリクエストを出して、いつものムードに戻っていきました。

 

別の子も定期的にある筋肉注射を怖がっていました。その子の処置に付添っていると、「俺大声出して泣いちゃうんだよね」と申し訳なさそうに言っている表情が気になりました。そこで私から、泣いても声を出しても動かなければいいこと、嫌だと思う気持ちは当然でそれを思いつつも注射をしているのがとてもすごいことなんだということをあらためて伝えました。先生も同じことを伝えてくれました。しばらくは“怖い、いやだよ”と泣きながら逡巡していたのですが、気持ちが収まってくると注射をしやすい体勢になることに協力してくれ、「痛いけど仕方がない、やるよ。でも反対の手がでそうだから、村瀬さん、こっちの手を握っててくれない?」と自分なりの対処法を考えて注射を終えることができました。

 

この子たちは二人とも、注射に文句を言っている自分、泣いて怖がっている自分を“情けない自分“と思っているような表情を浮かべていました。それに対して、嫌だと思う気持ち、文句を言いたい気持ち、怖くて泣きたい気持ちは当然のことだと受け止め、そういうふうに思うのはその子一人だけではないことを伝えると、自分の態度や感情が普通であることに安心し、そうやって安心したことをベースに自分なりの対処法を自ら考え出していく力を発揮することができたように思えます。

 

これらのケースの子どもたちにとって安心とは、怖がることやいやがることは普通のことであると知ることでした。他の子や、同じ子でも他の状況だとまた別の安心の形があると思います。CLSとして子どもと関係を作りながら、その子の求めている安心を理解したり、感じ取ったり、見つけていくことができればと思っています。また同時に、安心を感じられる環境の中で子どもたちが自己肯定感やコントロール感を発揮し、困難な状況を乗り越えていく力を出せるようなお手伝いをしていきたいと考えています。

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