ニジノカナタニ 第9話

ニジノカナタニ 第9話

2013.2.06 update.

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前回までのあらすじ

カエルの看護師ナンシーのもとに神のつかいマンジーが現れた。看護研究や論文チェックの知恵を伝授され、マンジーに対してナンシーは自然と信頼感を抱くようになっていった。新人指導に悩む親友のマリアに対して、マンジーのアドバイスはたった一つだけ、しかもちょっと謎めいたものだった。
「ニジノカナタニ」第9話は、新人指導に悩むナンシーの親友マリアのお話、いよいよ最終回です。

教育担当者はつらいよ (その4)


『回り道のように思えても、その新人の意外な一面を探すことがきっかけになる。直した方がいい欠点をほじくりかえしても、そこは脱出の糸口にはならない。意外な他の面は近づかないと見えないよ。どうやったらそれが見えるかはしっかり考えてみて!きっと道は開けるから頑張って!』

 

 このメールをマリアに書いてから、もう10日ほどが過ぎた。マンジーのアドバイスは実のところ「え? それだけ?」って言うほどあっさりしたものだったから、私がちょっと付け加えちゃったんだけど。

 

 マンジーのアドバイスって、言われた時にはそんなにピンとこないことが多い……っていうより、そういうのばっかり。「まっ、そんなもんかな」って、ぼんやり理解できるくらい。なにせ短くて簡単だから(笑)。

 

 けれど、実際に「そうか!このことだったんだ!」っていう体験をしてみると、本当の意味に気付くことができる。看護研究の時の私がそうだった。文献の読み方だって、言われたことを経験して、初めてマンジーの言ってることが理解できた。

 

 マリアは大丈夫だろうか。職場でトラブルメーカー扱いされつつある新人看護師との間で、真面目すぎる彼女は、「なるほど!このことだったんだ!」っていう経験ができるだろうか……。
 うむむむ。どうなんだろう。厳しい気がするなあ。でも、こればっかりはどうすることもできない。私には、マリアの状況がちょっとでも好転することを祈るしかない。

 

 そうこうしているうちに、気づけばもう3週間が過ぎていた。マリアは体を壊したりしてないだろうか。連絡がないってことは、すごくうまくいって、いい感じで忙しいか、メールする気力もないほどボロボロになっているかのどちらかだろう。たぶん……後者のような気がする。

 

 そんなことを考えながら、今日もマンジーからのリクエストの夕食メニュー、クリームシチューを作る私。この神様、ホントにシチューが好き過ぎる。

 

「ナンシーちゃん。今日のご飯はなあに?」
「何って、マンジーからのリクエストのシチューですよ。今日は北海道シーフードシチューです。」
「いやーん。やっぱりそう? うれしいわあ。でも、1個だけお願いがあんねん。言うてもええかなあ?」
「え? 何ですか改まって。」
「ちょっと恥ずかしいけど、思い切って言うわね。コーンも入れて欲しいの。」
「あーそれですか(笑)、了解です。そんなのお安いご用ですよ。」
「あらー。うれしいわあ」
えっと、確かつぶつぶコーンの缶詰が……とシチュー鍋から離れて缶詰を探そうとして、スマホのメール着信に気が付いた。しかも、マリアからだ!!

 

「あ――っ!!」

 

「どうしたん?大きな声出して。ずっと待ってたメールでも来たんか?」
げっ!やっぱりマンジー分かってたんだ(汗)
「ええ……まあ ちょっと待ってて下さいね。メールを……」急いでメールを読んだ。

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「どういうことだろ……。でもよかった。絶対にあの時よりいい感じ。」

 

 マリアに何が起こったのか、話を聞いてみないとよく分からないけど、彼女は確実に元気になってる。メールの最後に書いてある<バイナウ>は、いい感じの時のマリアが使う決めの言葉だもの。ああ、ほっとした。早速、<<夜ごはんしようよ>>ってメールした。マリアもいろいろ話したかったのか、明日の夜に会うことがすぐに決まった。

 

「いっぱい食べて下さいね。コーン山盛りで、シーフードもたっぷりですからね。」
「ナンシーちゃん。優しすぎて気味悪いわあ。よっぽどうれしいメールやったんか?」
「マリアからだったんですけどね、なんだかいい感じで余裕があるのが分かるメールで、
ホッとしました。」

 

「そうか、きっと見つけたんやな。」

 

「は?」
「明日マリアに会うんやろ? 話聞いたら分かるよ」
(げっ!明日会うこと説明してないのに知っているんだ!)
「は、はい。そうしますぅ(汗)」


 

 

 そして、今夜はマリアとの約束の夜ごはん。

 

 昨夜のマンジーとのやり取りをボーっと思い出していたら、入り口のドアから、マリアが手を振りながら入って来るのが見えた。明らかに約1か月前のよれよれ具合とは違っている。表情がいきいきしていて、コラーゲン注入エステに行った直後みたいだ。

 

「マリアすごいピカピカしてる。エステ行ったでしょ?」
「えー!無理無理、そんな余裕ないよー。相変わらず驚異の新人くんが毎回すごいことをしてくれるからさあ。今日は、大事な友達との予定があるからお願いしますね!って朝から、非常事態モードで仕事したのよ(笑)」
「なんか、いい感じで仕事できてるみたいじゃない。あれから何があったの?」
「あのね。それが不思議なの……新人は今も、ホントに頑固だし猪突猛進で、もうちょっと考えてからやろうよ!ってことばっかりなんだけどね。」
「それってどういうこと?新人さんがうまくできるようになったから、それで大丈夫になったんだと思ったのに……違うの?」

 

ナンシーにはマリアの様子が今ひとつ、理解できなかった。しかし、マリアは、笑みを浮かべた余裕の表情で、首を振りながら話しはじめた。

 

「関係ないって思う意外なところに別の道があった!って感じ。ホントにナンシーのメールに書いてあったことだったんだよ。」
「どういうこと?」

 

マリアは落ち着いた様子で話を続ける。

 

「あのね。あれからも私の受け持ち新人さんには大きな変化なんかなかったの、そりゃそうよね。そんなに簡単に変わるわけないもの。ところが、2週間ぐらい前の休日にね、患者さんの親族で、ものすごくガラの悪いツノガエルがやってきて、退院調整のことで、大声で看護師を恫喝するっていう事件があったの。」
「えー!それは大変だよね。」
「そうなの、休日の病棟で、ちょうど医師も女性の研修医1人だけだったから、その怒鳴るツノガエルもやりたい放題だったみたいなの。若いナースは泣き出しちゃう子もいて、もう大変。しかも、病院の警備の人も救急外来でいろいろあって、病棟にはすぐには行けませんって状態で。」
「ありえない……」

 

そう言いつつ、自分が当事者でなくて良かったとほっとした。マリアは水を飲んで、身を乗り出しながら続けた。

 

「でもね、その時に、夜勤だった私の担当プリセプティが出勤してきて、怒鳴るツノガエルにすぐさま『ちょっとそういう言い方は待ってくださいよ!声を荒げたりしないできちんと話をしましょう』って、病棟面談室でずっと話をして対応したんだって。最後は相手も根負けして引き下がったらしいの。」
「えーっ!すごいねー。」

 

予想外の展開に、ナンシーも驚いた。

 

「そうなのよ。もうみんな、そこから彼の扱いが全然違ってきて、『やっぱり人って何か取柄があるんだから、いいところを伸ばして苦手なところはそれなりのペースでやっていかないとね』だって(笑)。」
「調子いいよね~。」
「そうなの、今まではそれを私が言っても、聞く耳なんか持たなかったくせにってかんじ。
でも、そういう私も、そんなみんなの意見に右往左往して、結局はできてないところをなんとかできるようにするっていうところだけ気にして、がんじがらめになっていたのよ。」

「マリア……そんな意味で言ったんじゃなかったんだけど……」
励ましてるつもりが、マリアには責められてるみたいに感じられちゃってたのかもと、少しだけ反省するナンシーであった。そんなナンシーを気遣って、マリアが笑顔で続けた。

 

「ナンシー。分かってるから大丈夫。そこでナンシーのメールのことが浮かんできてはっとしたの。このことだったのかってね。」

 

「マリア……。」

 

マリアはちゃんと「なるほど!このことだったんだ!」っていう経験ができたようで、ナンシーも安心した。そのまま、新人のその後のエピソードで盛り上がった二人は、小一時間程度で別れた。

 

 帰宅すると、マンジーは韓国土産のかたつむりパックを顔に張り付けて、雑誌を読んでいた。


「ただいま~」
「おかえり、ナンシーちゃん。上手くいったみたいやね。」

 

相変わらず、読まれてる……が、それにも、もう慣れてきた。

 

「マリアは大丈夫だったみたい。アドバイスが活きる事件が起こったみたいで。……」

 

マリアとの話をマンジーに解説するナンシーであった。しかし、マンジーは少し、疲れた様子で、つぶやいた。

 

「あぁ……しかし、ツノガエルの役は、肩が凝ったわ。」

 

つづく 

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