ニジノカナタニ 第4話

ニジノカナタニ 第4話

2012.7.11 update.

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前回までのあらすじ

カエルの看護師ナンシーのもとに神のつかいマンジーが現れた。ナンシーはマンジーに看護研究の本質的意味を問われて頭を抱える。ライバルにも差を付けられ、この課題をどのように乗り越えるのか。そして、ナンシーは大切なものを見つけることができるのか?「ニジノカナタニ」第4話は、看護研究編の最終話です。

看護研究でおおわらわ (その3)

 

マンジ―から「何事も『仕方ない』とあきらめるな!」「本当にやるべきことは何かを見失うな!」と言われたナンシーは、改めて、看護研究の意味や、忙しさに追い回されている今の仕事の状況を考えた。

 

そして、看護研究のメンバーとも研究のことを話し合った。「研究を進めるにはどうしたらいいか」という話でなく「この看護研究で何をめざすのか」「自分たちが本当にやるべきことは何か」を改めて一から考えた。ナンシーたちは、「仕方ない」と言い訳をしないと決めて、考え、話し合った。

 

そして、話し合いの結果を、研究計画書発表会で発表することにした。


帰宅後……ナンシーは一度だけマンジ―に発表のパワーポイントを見せて、
「あの……どう思います?」とたずねた。
マンジ―は、「ふふんふん」と言いながら、ひらひらしたヒレで器用にマウスを使い、スライドを眺めた。やがてグロスでピカピカの口を開いた。

 

「ナンシーちゃん。質問です。」
「は、はいっ!」
「ここにお皿に入ったクリームシチューが2つあります。いま両手で一つずつ持ってます。」
「はぁああ??? 研究のことじゃないんですか?」
「質問をちゃんと聞き!」
「はあ……。」

 

マンジーは、再びヒレを巧みに使って説明を始める。

 

「両手はふさがっています。そこにもう一皿おいしそうな出来立てのクリームシチューがやってきました。どないして持ちますか?」
「え、両手はふさがってるからもう持てませんよ。」
「そこを何とかせんかいな。」

 

すかさず、マンジーのツッコミが入る。

 

「えーっ!それってナゾナゾですか? わかりません。頭にのせる、ですか?」
「ぶぶーっ! 正解は……持てません(笑)」
「ええっ!」
「ほかほかシチューが欲しかったら、今持ってる皿を置いてから新しい皿を持たんとあきません。そういうことなんよ」
「……」
「あんなぁ……仕事でホントにギリギリの状態やったら、このうえ研究もやるっていっても、そりゃ上手いこといきませんがな」

 

確かに、仕事でもなんでも、大事なものや、やらないといけないことが、両手では持ちきれないぐらいにたくさんある。だからこそ、本当に全部やれるのかを考えて、手に持っているものをいったんは離して考えてみることも大事かも……と気づかされた。マンジーの存在自体はかなり理不尽なのだが、言うことには一理ある。

 

「すこし考えてみるか……」

 

翌日、いよいよ看護研究計画書の発表会となった。

 

発表会は、毎年院内公開になっている。各部署の師長や、そろそろ研究担当だと思う看護師たちは、忙しい中でも時間を作って参加する。今年は、新しく学生実習にやってくる看護大学の教授がコメンテータとして出席しているので、空気も張り詰めている。

 

ヴィヴィアンの研究計画は、大学病院で手がけた看護技術指導の方法を、うちのような規模の小さい病院用に修正して、適用するというものだった。大学の先生も、「研究デザインも良く検討されていてすばらしい」とコメント。ヴィヴィアンも意気揚々としている感じだった。

 

そのあとは、やっぱり苦労しているなあという病棟の発表が続いて、最後がナンシーたちの病棟の発表だ。

 

前のグループが片付けを終え、ナンシーの発表準備も整った。ヴィヴィアンも余裕の表情で見守っている。そして、一呼吸置いてからナンシーは発表をはじめた。

 

「最初に私たちの研究に対する考えを説明してから、計画書の説明に入ります。私たちは看護研究という形でなく、新たなケア方法の実践活用を報告しようと考えました。」

 

会場は少しざわめいたがすぐに静かになった。ナンシーは、真っ直ぐ正面を見据えて、発表を続けた。

 

「今回の研究計画を考える上で、私たちは1つの論文に出会いました。それは、私たちの病棟でもたびたび問題になっていた、術後の下肢の安静固定についてです。画期的な方法を開発し、その効果を検証したすばらしい論文でした。」

 

ヴィヴィアンたちの病棟の研究メンバーたちがささやいているのが聞こえてきた。
「だったらそれを研究したらいいじゃない。」

 

ナンシーは、回りの声を気にせず、堂々と落ち着いて発表を続けた。

 

「今年、私たちは看護研究の担当になってから、とにかく看護研究になりそうなテーマを探していました。そのようななか見つけたこの研究ですが、私たちの研究能力で、これを超える研究は無理だとすぐにわかりました。だったら、他の病棟メンバーに情報を提供して研究に協力してもらえばいいだろうという意見もあるでしょうが、うちの病棟は今年度、移動や退職者が多くその余裕はありませんでした。」

 

多くの出席者がうなづいてくれている。やっぱりみんな大変なんだ。ナンシーは、ここで自分の考えに、さらに確信を持った。

 

「私たちは、最初は看護研究の担当としてとにかく研究を進める責任があると考えていました。しかし、私たちの最も大切な責任は患者さんに対して、質の高い看護を提供することであり、看護研究もそのために行うことだと再確認したのです。」

 

コメンテータの大学教授も頷きながら静かに見守っている。

 

「がんばって、全てを行おうとしてもそれは簡単ではありません。研究に対する専門家のサポートがなくても、自分たちでがんばれば、大きな学びも得られるでしょうが、業務と並行で緻密な研究を行うことでの疲労やストレスは、看護業務や教育指導にまでも悪影響を与えると考えました。したがって私たちは、今回、研究ではなく実践での新たな看護方法の活用のプロセスをまとめる計画とする結論を出しました。」

 

ナンシーは計画の発表を続けた。文献から見出した新しい下肢固定の方法を、病棟での患者ケアにそのまま活用し、成果評価は現場で工夫しながら行うというシンプルな計画だった。

 

発表を終えたナンシーには温かい拍手が送られた。大学の先生からは、「研究という形にとらわれずに、本当に自分たちに必要な質の高い実践を考えた取り組みを発表してくださって感動しました。現場の看護研究に取り組むために、研究者も実践家もしっかりと考えるべきことを、改めて教えてくれた発表でした。」と熱いコメントをもらった。そして「大学と病院で一緒に実践での連携を考えたい。」と提案された。

 

看護部長からは「前例にとらわれない、柔軟な発想の発表から、これからの課題と共に大きな可能性をもらえました」という講評だった。

 

ヴィヴィアンは、「ナンシー見直したわ。私たちの研究よりも病院全体を変えていく取り組みだわね」だって……あのヴィヴィアンからは最上級のほめ言葉だ。

 

仕方ないって片づけないでよかった。なんだか、今までにない前に進もうと思う気持ちが湧いてくるのを感じた。

 

次回につづく

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