ニジノカナタニ 第7話

ニジノカナタニ 第7話

2012.10.25 update.

前回までのあらすじ イメージ

前回までのあらすじ

 カエルの看護師ナンシーのもとに神のつかいマンジーが現れた。看護研究や論文チェックの知恵を伝授され、マンジーに対するナンシーの信頼は自然に深まっていった。そんなとき、親友のマリアからSOSメールが……。
 「ニジノカナタニ」第7話は、新人指導で行き詰まっているマリアのお話の続編です。

教育担当者はつらいよ (その2)

 

そういえば、ここに来るのはずいぶん久しぶりだなあ。

 

マリアと待ち合わせをしたケロケロバイパスのファミレスに足を踏み入れた瞬間、ナンシーの頭には新人看護師の頃の自分の姿がフラッシュバックしてきた。

 

「ああ……そうだった。」

 

ホントに新人の頃はよくマリアと会っていたなあ……。夕ご飯食べたり、夜勤の前に一緒にだらだら過ごしたり、お互いに仕事のいろんな出来事を話したりした。「だって新人だからしょうがないよね~!」っていつも言ってた。あっという間に時間ってたっちゃうんだ。
あの頃と今の自分って、そんなに成長してないように感じる。あの頃には雲の上の存在に思えた7年目の先輩が、今の自分と同じだなんて……考えてみればものすごく不思議。

 

そんなことをボーっと考えていたら、マリアがやってきた。

 

「ナンシー!待った?」
「マリア!」

 

心配したほど落ち込んでいる感じでもない。げっそり痩せてもいないし、結構大丈夫かも?

 

「ごめんね、忙しいのに。」
「何言ってるの!困ってるときは頼って欲しいよ。電話もらってうれしかった。」
「ありがとう…ナンシー。」

 

そして、マリアは身を乗り出して言葉を続けた。

 

「そうそう聞いたよ!ポコちゃんから、院内の看護研究発表会で大活躍だったって。」
「いやあ、そんなたいしたことしてないよ。」

 

褒められるのは悪い気はしないナンシーであった。

 

「ポコちゃんがね『ナンシーはみんなの気持ちを代弁してくれた』って。それに『不満を言うだけじゃなく、自分たちは何をするべきかってことを責任もって宣言して、すごくかっこよかった』って。」
「ポコちゃんがそんなことを……。」

 

ちなみにポコちゃんは私とマリアの同級生だ。早々に結婚して今は産休明けで短時間勤務中。ポコちゃんってばそんなに真面目だと思ってなかったのに……。マリアは私の話をいろいろとしてくれるぐらいだから、新人指導がちょっとうまくいかないくらいなのかも、あんまり深刻になりすぎても良くないよね。

 

「それに比べて……私は新人の指導もまともにできないんだよね。」

あ……急に表情が超暗くなった。マリアじゃないみたい。やっぱり、けっこうきてるかも。

 

「マリア、何があったのかよかったら話してくれないかな。」

 

マリアは小さく頷きながら口を開いた。

 

「新人指導の担当者になったって話はしたよね?」
「うん。今年の4月からだって、まだ寒い時に教えてくれたよ。」
「最近の新人指導って、ほめて伸ばすとか言われているよね。私も自分の新人の時と指導の方法や教育に対する考え方がいろいろ変わってきているって感じてた。 だから、新人指導とか教育のこととかを勉強したいと思ってたの。」
「そうなんだ。マリアらしいね。」

 

ナンシーの言葉に、マリアも安堵の表情を浮かべ、話を続ける。

 

「ちょうどそう思い始めたときに、うちの師長さんから、プリセプターだけでなく指導者をまとめていく役割もやって欲しいって言われたのよ。」
「ふんふん。適任だと思うよ。」
「私も今まで何回かプリセプターやってきて、それなりに自信っていうほどでもないけど、そこそこやれるんじゃないかって思ってたんだ。指導者の研修にも行かせてもらって、新人指導ガイドラインとかシミュレーターを使った指導の方法なんかも講義を受けて、すごく勉強になったの。」
「マリアらしいよねえ。いつも変わらず謙虚でホント立派だよ。私なら、研修に参加してあげたって威張るな(笑)。」
「ははは……ナンシー変わらないね。」

 

……う、暗い。やっぱりかなりしんどそう。そう思いつつ、ナンシーは、いきいきとプリセプターをやっていたマリアの姿を思いだしながら、言葉を返す。

「とってもいい感じで、新人指導の準備ができてたように思うんだけど……。」

すると、意外なマリアの答えが…

「そうなの……いざ始まるまではね。」
「えっ? どういうこと??」

 

ナンシーは、驚きながらも、そこに問題の核心があるように感じていた。

 

「私はプリセプターの中でも、何度も指導経験があるし、年齢も結構上なので新卒新人以外の担当になることになってたの。」
「ああ……わかる。最近はものすごくいろんな経歴の新人が入って来るよね。うちも、えーあんた新人?っていうような子がいるよ。マリアのところもなんだ。」
「そうなの、特にうちの病院は近くの中央ラーナ看護学校の卒業生が多いんだけど、その学校が3年前から積極的に社会人経験者を受け入れる方向を打ち出したとかで、今年から超個性的な社会人経験のある新人が入ってきたの。」
「その人たちが大変なんだ……。」

 

なんとなく、状況が飲み込めたナンシーであった。

 

「新人なんてみんな大変なんだからそんなに変わらないって思ってた。それに、うちの病棟のスタッフは新人指導に協力的だし、やさしい人が多いから大丈夫だと思ったんだけど……。」

 

マリアは唇をかみしめながら、言葉を詰まらせている。

 

「どうしたの? マリア……。」
「悪口や愚痴になるから言わないって思ってたけど、やっぱりナンシーには正直に話すね。」
「その方がいいと思う。そこから良い方法を考えようよ。」

 

マリアは小さく頷きながら、ナンシーを見つめて話を続ける。

 

「私が受け持ってるのは、実はアズマヒキガエルの雄の新人なのよ。」

 

なんと、よりによってアズマヒキガエルとは……ナンシーも身を乗り出してマリアの話を聞いている。アズマヒキガエルは、カエルのなかでもすごく頑固で気難しいといわれている。 

 

「しかも、介護職を3年してから進学して看護師になったの。その時点で本人にはいろいろと思うところがありそうだよね。」
「うん、かなり個性的なんだろうなあ……ってことはわかる。」
「最初の頃はまだ良かったの。新人だからっていうのでいろんなことも『ま、最初は仕方ないよね』っていう感じでね。でも、この新人が過緊張で切れやすいのよ。追加業務が入ると、それまで行なっていた業務をすっかり忘れてしまうの。」
「うえーっ!それは大変だ。でも、経験を重ねれば、徐々にマシになってくるんじゃない?」
「それがなかなかマシにならなくて……同じようなことが続くから、だんだん周囲も、いったいどうなってるんだってことになってきたの。」
 

こりゃ深刻だわ……と、ナンシーも頭を抱えだした。

 

「実際に自分の受け持ちプリセプティがそれだとホントに肩身が狭いの。しかも、出来ないだけならまだいいんだけど…業務が抜けてるってことを指摘すると『自分でもわかっているから、注意されて悔しい』と言い出して明らかに不機嫌になるの。そうしたら、指導する方も、どう声かけしたら良いのかわからなくなるよねえ。」
「うん……かなり嫌になってくると思う。」
「本人の思考過程を知ることが必要と思って、どうしてそう考えたの? って聞いても、そのときはそう思った。の一点張りで……。」
「うわっ最悪! あ、ごめん。」

 

「ナンシー、いいよ。正直、今は私の周りもそう思ってる人ばっかり。私はもうどうやればいいのかわからなくて……徐々に彼と顔合わせるのも嫌になってきたの。」

 

えーこんな事例どうすればいいんだろう? 「最悪」だよ……。

 

ナンシーは、多少はアドバイスができるのではないかと思っていた自信が粉々に砕かれた気がした。

 

つづく

このページのトップへ