子どものチカラ

子どものチカラ

2011.10.25 update.

藤原 彩(ふじわら あや) イメージ

藤原 彩(ふじわら あや)

2001年3月に広島大学大学院博士課程前期修了。同年8月からアメリカのIllinois State University大学院でChild Lifeを学ぶ。2004年にCertified Child Life Specialistとなり、2005年3月から広島大学病院で勤務。2007年からは週末の1日に県立広島病院でも勤務している。留学中からアメリカのテレビ番組にハマり、今も平日の夜や休日に自宅でアメリカのドラマやリアリティショーを見るのが楽しみ。今、もっともハマっているのは「Glee」。「注射」が怖く、痛みに弱いチャイルド・ライフ・スペシャリストです。

 

CLSになりたい方、留学等に関心がある方は以下のサイトをご参照下さい!

book 北米チャイルド・ライフ協会

book 日本チャイルド・ライフ学会

book チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会

 

 

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どんな仕事に就こうとも、「現場」には想像もしなかったことが起きたりします。そこで今日は、CLSとして数年働く中でとても驚いた出来事について、書いてみたいと思います。

 

以前にも書きましたが、わたしが積極的に介入をさせていただく方々の多くが就学前の小さなお子さんたちです。その小さな子どもたちが半年以上もの間、点滴や服薬などの大変な治療を終え、少し成長して元気に退院していく姿を見るのは大きな喜びであると同時に、少し寂しくもあり、また、退院後うまく元の生活に戻っていくことができるか心配でもあります。

 

そんな子どもたちが元気に外来治療を続けていたり、「ついに治療を終えたよ」と報告をしてくれたりするととてもうれしくなります。また、その子たちが「遊びに来たよ~」と病棟に顔を見せに来てくれる瞬間、それはスタッフとしてはこの上ない喜びです。それは、病気が治った、あるいは治療が順調であるということだけでなく、ここ(病棟)がイヤでたまらない場所ではないことでもあるからです。

  

Rちゃんとの関わり

 

退院から数年経っても、子どもたちは月に1度くらいのペースで外来受診に来ます。あるとき、スタッフ同士のちょっとした世間話が「幼児期に入院していた子どもたちは、過去の入院をどう語るか」へと発展しました。そこで、その次の日に外来受診にくるRちゃんの主治医にお願いして、「覚えている入院中の出来事」を尋ねてもらうことにしました。

 

入院時には4歳だったRちゃん。その日の受診時には8歳になっていました。入院時のRちゃんは、治療の関係で入院中のほとんどの期間を個室で過ごしていました。さらに、Rちゃんのお母さんは仕事をしていたので、昼間は付き添いがなく、日中はスタッフにいわゆる「詰め所」から見守られながら一日を過ごしていました。年齢の割にしっかりしていたRちゃんですが、まだ4歳です。部屋に来た看護師さんにもっとそばにいてほしくて、「薬を飲まない」とゴネてみたり、聴診器を返さなかったり、わざと床にお茶をひっくり返したり…。お母さんが日中付き添えない分、ずいぶんと看護師さんに面倒をみてもらっていました。遊び相手になってもらったり、ご飯を食べる間すぐそばで見守ってもらったり、ただ抱っこしてもらったり、ときには叱られたり。

 

CLSのわたしももちろん、スタッフとして限られた時間ですがRちゃんにかかわります。基本的には遊んで過ごすことが多かったのですが、時には「お部屋を散らかしてごめんなさい」とRちゃんと一緒に看護師さんに謝って、部屋の掃除を手伝うだけのときや、心を鬼にして叱ったりもしたので遊ぶ時間が極端に短くなってしまう日もありました。より日常に近づけるために、まるで子ども同士のようなケンカもしました。もちろん短時間で「仲直りする」というのがわたしのシナリオです。しかし、なんといっても相手は4歳の子どもです。シナリオ通りにいかないこともしばしばで、ケンカが予想以上に長引いてしまったり(といっても20分くらいですが)、たまたま通りかかった小児科医(もちろん、シナリオを知りません)が「仲裁」に入り、思わぬ形でケンカが終了してしまうハプニングなんかもありました。

 

Rちゃんが覚えていたこと

 

決してラクとは言えない治療の合間にこんなたくさんの思い出があるRちゃんが、過去をどう振り返るか。興味津々で主治医は尋ねました。Rちゃんの答えは、わたしたちの予想とは大きく違っていました。

 

なんと、Rちゃんの答えはすべて「あやちゃん(CLS)とゲームしたこと」「あやちゃんが本を読んでくれたこと」「あやちゃんと水遊びしたこと」「あやちゃんが部屋に絵の具を持ってきてくれたこと」とほとんどすべてが「あやちゃんが…」か「あやちゃんと…」で始まる答えだったそうです。最初、主治医は質問の仕方を誤ったと思い、「あやちゃんとのことじゃなくて、前に病院にいたときのことを教えて。他にどんなことがあったっけ?」と尋ねなおしました。ところが、今度は「覚えてない」というのです。

 

「いやいやいや、医療に関する部分の方がよっぽど印象的だろうよ」と思った主治医は、検査や処置などの治療のことはもちろん、食事や個室での出来事などの生活面について、具体例をあげて尋ねてみたそうですが、答えは「え?そんなことあったん?」と驚くか、「う~ん、覚えてない」と悩むかのどちらかだったそうです。あまりにも忘れているので、最初は「まさか!!実は治療がつらすぎて、記憶を封印?!」とドキドキしたそうですが、親御さんとも話し合った結果、どうも「本当に覚えてないんだと思う」という結論に至ったといいます。

 

「楽しかったことだけを覚えている」とはどういうことなのでしょう?入院とはそもそもが「誰もが避けて通りたいはず」のネガティブなライフイベントなのに。主治医は「チャイルド・ライフってすごいね!あやちゃんとのことしか覚えてないっていうんだよ?!すごいなぁ~」とひたすら感心したまま向こうに行ってしまいましたが、本当にチャイルド・ライフがすごいのでしょうか?

 

わたしは個人的に、これはRちゃんが本来持っていた「前を向いて生きていく力」をたくましく発揮できた結果だと思っています。どの子どもも、適切な環境にあれば、どんな困難をも乗り越えていく力を持っているとわたしは思います。もちろん、いつでもどこでもその力を100%発揮できるわけではないでしょう。安心感を与えてくれる環境や人に囲まれてこそ、発揮できる力です。

 

見守り支える人々

 

入院中のRちゃんを見守り支えるにあたって、お母さんはもちろんのこと、医療スタッフもチームとして大きな役割を果たしたと思います。

 

医師は副作用が強くでるとわかっている薬をRちゃんに投与しなくてはなりません。すさまじい吐き気に襲われるRちゃんに主治医は「薬のせいでしんどいの~。Rちゃん、先生がこの薬を使うって決めたんよ。ごめんな。だけど、この薬じゃないと病気が治らんのんよ。先生もね、どうしてもRちゃんの病気を治したいけぇ、今はしんどいけど先生もがんばるけぇ、Rちゃんも一緒にがんばろうや」と子どもから非難されるのも覚悟で正面から向き合い、「先生がそばにいるから心配ないよ」とメッセージを送り続けました。

 

看護師さんはお母さんが不在の間、薬を飲ませたり点滴を管理するだけでなく、吐き気がおさまるまでRちゃんの背中をさすって、汚れてしまったシーツや服を「きれいなのに替えっこしようね」と静かに語りかけ、「吐いてしまっても大丈夫」と安心感を与え、Rちゃんがしんどさに怯えてしまうことを防ぎました。

 

薬剤師さんはRちゃんが少しでも薬を飲む際の負担が減るように、薬の形状や「かさ」を工夫してくれたり、薬の空き箱をRちゃんと一緒にデコレーションして、Rちゃんのお道具箱を作ったこともあります。その心配りの結果、Rちゃんは薬を飲むことに最初ほど苦痛を感じなくなり、途中からは服薬が食後の歯磨きと同じくらい生活の一部になっていました。

 

CLSは治療中であろうとなかろうと、Rちゃんの状態に合わせて一緒に遊び、1日の終わりには「明日は何をして遊ぼうか?」と声をかけ、1日の生活の中心が「治療」ではなく、「遊び」にあることを意識づけられるよう支援しました。友だちもいない、病室から出られない、というつらい環境にあったにもかかわらず、Rちゃんはずっと「子どもらしく」あり続けました。遊ぶときは一生懸命遊び、スネるときは自分で収拾が付けられないほどスネて、甘えるときはこれでもかと甘え、ほめられたときはとびきりの笑顔で飛び回っていました。そういう意味ではRちゃんもこのチームの一員かもしれません。そして、このチームの努力の結果、Rちゃんは最小限の負担で治療を無事終えることができ、「入院を振り返る間もないほど忙しい日常」に戻っていったのだと思います。

 

前向きに生きていくチカラ

 

本当につらい体験をしてしまうと、それを忘れるというのはとても難しいと思います。わたし自身、ラッキーなことにこれといった「つらい体験」というのはないですが、それでもウン十年生きているとちょっと「いやな思い」くらいはしたことがあります。ほんの些細なことなのでしょうが、そういうネガティブな思い出に限って、いつまでも覚えていたりする自分がいます。「またあんな思いをしたらいやだな」。そんな後ろ向きなことを考えて、行動する前から凹んでしまうこともあります。Rちゃんのように「しんどくても、何か楽しめることはないかな」とはなかなか思えないのがおとなです。

 

少し大げさな言い方ですが、過去の経験がトラウマになっていて、それに心をとらわれてしまっているおとなに対して、Rちゃんを含め、子どもはなんとたくましいのでしょう。チャイルド・ライフの目標のひとつに「医療体験がトラウマにならないよう」というのがありますが、8歳のRちゃんの発言は、それを達成するにはチャイルド・ライフの力だけではなく、子どもの力が大前提だと痛感した瞬間でした。そして、あれほど見事に子どもたちが「忘れていく」、いえ、「前を向いて生きていく」ことを実際にこの目で見ることができたとき、「やった!」と心の底から思うことができます。

 

余談ですが、Rちゃん以来、わたしはときどき他の「卒業生」に同じ質問をすることがあります。入院当時7歳だった子も、9歳だった子もみな、Rちゃんのような返答です。

 

「ビーズでイルカを作ったよね?」(←そうだったっけ…)

「栗を食べながらテレビで『黄○伝説』を観てたのだけは覚えてるよ」(←なんで?)

「兄ちゃんに彼女ができたのが入院中だったと思う」(←自分のことですらないし!)

 

ものすごく断片的なのに細かい記憶…。それなのに治療の話になると決まって「そんなことあったっけ?全然覚えてなぁ~い♪」子どもって…本当にすごいです。こんなふうに子どもの強さを目の当たりにできる仕事に携われて本当に良かったと思っていますし、これがこの仕事を続けていく原動力となっています。

 

(注)各施設によってCLS個人の呼び名はさまざまだと思われますが、わたしは子どもたちとそのご家族に「あやちゃん」と下の名前で呼んでいただいています。それが一番短くて覚えやすいと思ったので。

 

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コメント

あやちゃんと私たち家族との出会いは、2005年8月に娘が広大病院に入院した時です。プレイルームで、ドクターでもないような、看護師でもなような、この人は一体何をする人だろうか???とても不思議な存在があやちゃんでした。
当時は、プレイルームもめずらしくCLSなんて聞いたこともない言葉ですた。私は、あやちゃんの仕事は保母さんだとかってに解釈していましたが、今はハート接着剤だと解釈しています。
CLSがいると小児科病棟の雰囲気が明るくなります。子どもがドクターを信頼します。入院中の子ども同士が仲良く遊んだり、付添いの家族同士が助け合うようになります。子どもが安心して治療を受けるようになります。CLSは、心と心をくっつけちゃう、ハート接着剤です。
娘は、広大病院に検査に行くのはイヤだけど、あやちゃんと会うを楽しみに行きます。あやちゃんは、退院後も気にかけてくれます。
   私は思います、CLSそれは、信頼関係を作る仕事。

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