かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2014.3.05 update.
『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!
→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさん、ブログも
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・【対談】「病院の世紀」から「地域包括ケア」の時代へ(猪飼周平さん×太田秀樹さん)を無料で特別公開中!
生きている人と、死んでいる人。
境目ははっきりとあります。なのに、2つの状態の境界に立ったとき、私は足元が揺らいでわけがわからなくなります。
あれ? どう違うんだろう?
生きているって、どういうことなんだろう?って。
「容体が悪いんだ」
夫からの急な電話に、2人のお姉さんたちは狐につままれたような感じでした。
「どういうこと、そんなに悪いの?」
おじいちゃんは老衰ですから、どこかがものすごく悪いというわけではないのです。とにかく、食べなくなってしまった。人間は、食べなければじきに死にます。死ぬのはわかっているけれど、本人は病院には戻りたくないと言っていました。
この状況を、電話でお姉さんたちに伝えるのは、無理でした。
私たち夫婦は、おじいちゃんと一緒に暮らしています。経過を見ています。お姉さんたちは遠く離れて住んでいます。日々、少しずつ弱っていくおじいちゃんがわからないし、わからなくて当然です。
それに、多くの人は、暗黙のうちに「人間は病院で死ぬもの」と思い込んでいます。具合が悪くなったら、病院で治療するのが当たり前。
いまや、そういう状況ではないということを、電話で説明しても、かえって混乱させるだけでしょう。容体が悪いのになぜ自宅に? と、お姉さんたちは不思議だったと思います。
年末の忙しい時期でした。お姉さんたちも、それぞれの家族をもっています。「容体が悪い」って、いったいどういうことなのか。
口ごもっている夫に電話を替わってもらいました。
こういうことに関して、男の人は本当に口下手だなあ、と思います。それとも、私が親族の看取りに慣れすぎているのかしら。私のほうが変なのかしら。私はもう「死」に関して率直に話すことに、あまり抵抗がないのです。
「お父さんは、長くないと思います。だから、どうしても今すぐ来ていただきたいんです。わかるうちに、来てほしいんです」
そう言うと、お姉さんたちはパッと納得しました。
切羽詰まったときの人間のコミュニケーションって、テレパシーみたいだと思いました。私の雰囲気や口調だけで「わかった」という感じでした。
その日のうちに、2人は駆けつけてくれました。
私と夫は、正直に伝えました。おじいちゃんを家で看取ろうと思っていること。延命をしないという方向で考えていること。おじいちゃんは「病院には戻りたくない」と言ったこと。でも、それがおじいちゃんの本当の気持ちであるかどうかは、せん妄もあるのではっきりとはわからないこと。
おじいちゃんの姿を見て、お姉さんたちは「こんなにやせちゃって……」と泣いていました。本当に、小さくなっていました。病院から退院して自宅に戻ってから、どんどん小さくなっていったのです。見た目というよりも、命そのものがはかなくなっているような感じでした。
ちょうどお姉さんたちが到着したころ、私は、あの「看取りの時間感覚」に入っていました。
いろいろなことが次々に起こります。だけど、私の心はものすごく静かなのです。しーんとしていて、何にも動じないのです。
現実には、めんどうなこと、やっかいなことが押し寄せてきます。
お姉さんたちが滞在することになりますから、食事の支度や寝床の準備など、日常の雑事がさらに増えていきます。もう仕事どころじゃありません。ですけれど、何もかもが、まったく苦にならなくなるんです。疲れも、感じなくなります。
何が起こっても、私の意識はそれを見ているだけ。
暗い穴の中にいて、のぞき窓から外の情景を見ているような、そういう感じになるんです。
もしかしたら、あれはスポーツ選手などが「ゾーン」と呼んでいるような状態なのかもしれません。
目がとてもよくなったみたいに、風景がくっきり見えます。余分な感情がなく、つまらないことに引っかかりません。身体も素直に動きます。タイミングよく、物事がすとんと腑に落ちていきます。
いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
2月号の特集は「在宅だからICF 『生活を支える』を具現化する」。訪問看護と介護の仕事は、利用者さんの「生活」を支えること。とはいっても、生活はあまりに幅広く複雑で捉えどころがありません。さらに、多職種連携が基本となる「在宅」では、目標や課題を共有のための共通言語も必要です。その両方に効くのが、「生きることの全体像」の「共通言語」であるICFです。生活を支えるのに「いま本当に必要な支援は何か」を具現化します!