(1)本当に子どもが増える政策は何か?|松田茂樹氏(中京大学現代社会学部教授)インタビュー

(1)本当に子どもが増える政策は何か?|松田茂樹氏(中京大学現代社会学部教授)インタビュー

2014.2.13 update.

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河合 蘭

かわい らん◎出産医療ジャーナリスト。3人の母親。現代の女性が親になる前後に直面する問題について,産婦人科医療,新生児医療,不妊治療の現場を取材してきた。産みたい人が産める社会をつくるべく活動中。近著に『卵子老化の真実』(文春新書,2013)。ホームページはこちら

 

いつまでも生煮えが続く日本の少子化対策

 
 日本では,もう長い間「これは少子化対策だ」とされる政策が実施されてきたのに,なぜ子どもたちはますます減っていくのだろう。日本の合計特殊出生率はほとんど回復できていないし,今後は出産可能な女性人口の減少も始まるので本格的な少子時代に入っていく。
 私は出産専門のフリージャーナリストとして晩産化が気になり,この数年間は高齢妊娠の取材を中心に動いてきた。しかし,高齢で産む女性たちに出会っていくと,そのほとんどはなかなか出産の条件が整わないのでそうなったと言う。産みにくい社会になり,身体に苦痛を引き受けることになる女性たちの姿は痛ましい。誰も責任を問われていないのが不思議だが,日本の少子化対策ははっきり言って「失敗」してきたのである。
 
 
グラフ 出生数と合計特殊出生率の推移(1947-2012)
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 連載第1回目となる今回は,研究活動,そして内閣府の少子化危機突破タスクフォース等での活躍を通じ日本の少子化対策にかかわってきた家族社会学者の松田茂樹氏をお迎えして,日本の少子化対策の現状を俯瞰してもらった。
 松田氏は近著『少子化論──なぜまだ結婚,出産しやすい国にならないのか』(勁草書房,2013)の序文で,「筆者は,少子化対策というものは,出産に至るまでの阻害要因を取り除き,出生率の回復を目指す政策であると考える」と前置きしている。そんな至極当然のことを氏が本の冒頭で言わなければならないほど,日本の少子化対策は成果を上げてこなかったし,目指すゴールを混乱しつつ迷走を続けてきた。そこに身をおいてきた松田氏の目に,日本の少子化対策はどのように映っているのか。
 
 
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お話をしてくれた人:松田茂樹さん
中京大学現代社会学部教授,博士(社会学)。専門は少子化対策,子育て支援,家族論。自身も3人の子どもを子育て中。著書は『少子化論──なぜまだ結婚,出産しやすい国にならないのか』(勁草書房,2013),『何が育児を支えるのか──中庸なネットワークの強さ』(勁草書房,2008)など。
 

 

対策が遅れた「未婚者の急増」と「2人目,3人目出産」

 
河合 少子化は身近な現象であるだけに,皆が「これこそが少子化の原因だ」といって違う要因を挙げます。松田さんは,少子化の要因は何だとお考えでしょうか。
松田 実は,研究者の間でも少子化の原因について意見が収斂していません。ただ,出産しても仕事を続ける女性たちが育児と仕事の両立に困難を感じていることは比較的初期からわかっていました。そこで初期の「エンゼルプラン」をはじめ,わが国の少子化研究・支援はここに集中してきました。しかし,それ以外の要因については,気づくのが少し遅れたり,気づいてもしっかり向き合ってこなかったのではないかと私は考えています。
河合 それは,具体的にどんなことでしょうか。
松田 一番大きな手落ちは,未婚化への対策が遅れたことでしょう。わが国の少子化は7~8割は未婚化から来ています。そして昨今の未婚者の急増は「雇用の劣化」の進行と時を同じくしているので,これこそ未婚化の正体だと考えられます。特に男性の場合は若い非正規雇用労働者で極端に婚姻率が低くなっているので,早急な対策が必要です。
 第二の手落ちは,日本では欲しい子どもの数と実際の子どもの数がずれているのに,ここが見過ごされてきたということです。欲しい人数まで子どもを増やさないのは,子どもにお金がかかりすぎること,高齢出産になってしまうことが2つの大きな壁になっているとわかっています。妻が育児期は育児に専念する家族は少子化と関係がないように思われていますが,実はこの人たちもけっこう2人目,3人目の子どもをあきらめているんですよ。
河合 なるほど。その2つは,妊娠の取材をしているとすごく実感があります。まだ若い女性は職場が気になる方も多いですが。
松田 ワークライフバランスも、とても大事な政策でさらに進めければなりません。ただ日本では,意外と思われる方が多いかもしれませんが,そのターゲットとなる女性は全体から見ると1割から2割です。第1子出産の前後に育児休業を取得して継続就業している女性はそれくらいで,この割合は,1990年代後半から20年近く変わっていません。
 

 

出産退職の本当の理由は

 
河合 育児休業を取らずに退職する方たちの理由は何ですか。マスコミでは,出産退職とは保育園不足,育休制度の不備などによる残念な退職だとする見方が多いですが。
松田 確かにそうした状況はあり,早急に改善しなければなりません。特に立ち遅れているのは非正規雇用の女性の育休制度ですね
しかし,私が内閣府の調査をはじめ関連の調査を洗いあげたところでは,日本女性の大体6割くらいは復職型のライフコースを自ら希望しています(文献4)。それがよいかどうかの議論はさておき,日本にはそういう女性がかなり多いという事実があるのです。妻が働きに出て夫が家事を受け持つスタイルも含めて,分業は家族運営の1つの戦略だと考えられます。「わが家は分業が合っている」と判断した家族は,そうした方が有利なわけです。
河合 そうすると,今,日本女性の問題だとされている「M字カーブ」は女性自身の考え方も強く反映しているということですね(文献5)。
松田 そうです。M字カーブはだいぶ浅くなってきましたが,これは未婚者の急増が効いているのです。
 
グラフ ライフステージの変化に応じた働き方の希望
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待機児童は,リーマンショックの年から激増

 
河合 待機児童の問題は,景気悪化によって世帯収入が下がり「お金のために働かなくては」と思った方が大勢出たための混乱とお考えですか。
松田 はい。保育は当初から少子化政策の重点項目とされてきましたから,しっかり予算が確保され待機児童も順調に減少していたのです。ところが,リーマンショックを境として家計が苦しい世帯が急増したので,その翌年,一気に増えてしまいました(文献6)。ただ保育は,今なお全国的な状況はそう悪くはありません。都市部の0~1歳児クラスはまだ困窮しているのですが,地方では供給過剰による定員割れも出て近々統廃合もあると予測されるほどです。都市部も,政府の「待機児童解消加速化プラン」も動き出しているので,この問題は収束する目途が立っています。
 
 
グラフ 保育所待機児童数および保育所利用率の推移
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さまざまな希望に応えられる政策を

 
河合 3年育休についてはどのように見ていらっしゃいますか。
松田 心配されている雇い控えについては,少子化対策とは別の形で監視の仕組みを考えることもできます。地方へ行くと,近くに住む親御さんなど親族ネットワークに支えられながら3年間くらい育児に専念するという方法がよく見られます。保育園だけを頼りにする今の状況では,いろいろな女性を幅広く社会で活用していくことはできないと私は思います。
 私の支援に対する考え方は「それぞれの個人が,自分が行きたいコースを,なるべく不利益が出ないように生きられるようにする」というものです。「どの生き方がよいか」ということを国が決めること自体がおかしいと思います。「子どもは早くから保育園に預けてみんなバリバリ働こう」と国が言ったら,それこそ生き方への介入でしょう。政策は,国民のさまざまな希望に応えられる「選択肢」を用意しておくべきなのです。
河合 海外でも,女性の指向は分かれるものですか。
松田 日本よりは少ないですが,欧州にも家庭志向の女性はいます。キャサリン・ハキムさんという英国の社会学者は「ワークライフチョイス」という考えを展開して話題を呼びました。「女性は働き方を選びたいのだ」という考え方です。彼女は「仕事中心の生活を送りたい女性は全体の2割,家庭中心の生活を送りたい人は2割,働きたいけれど全面的なコミットはしたくない人が6割」と報告しています。
河合 なるほど。アジア女性はどうなのでしょう。
松田 韓国は日本より復職型指向が強く,M字の底が日本以上に深くなっています。ただし辞めるのは子どもが学校に上がってから。そこから教育に力を入れるのが韓国流なんですよ。
河合 本当にいろいろなスタイルがあるのですね。
松田 国によって女性の考え方は違います。ですから少子化対策は,その国に合ったものでなければ効果は出ません。
 

 

経済支援で多子世帯を支援することも重要

 
河合 児童手当や学資の援助などの経済的支援についてはどうお考えですか。
松田 経済的な支援で成功している例はフランスの高額な児童手当です。フランスは,教育費も大学卒業までほとんど授業料がかからないですし,経済的な理由で産めないという状況はほとんどありません。
河合 そもそも欧州と日本では,政府が子どもに使う金額がまったく違いますね。
松田 そうですね。育児支援の費用で見ても,欧州ではGDPの3%が育児支援に充てられていますが,日本では0.8%です。欧州の児童手当の特徴は金額が大きいことです。そして,中学生で打ち切られる日本の児童手当と違って一番お金がかかる高等教育の時期まで給付が続き,所得制限もありません。またフランスの児童手当は,子どもをたくさん産むほど金額が大幅にアップします。このような支援を「多子世帯支援」と呼びます。子どもは人数が多いと大変なお金がかかりますから,経済的支援は「子どもが本当は3人ほしいけれど,お金の都合で2人」と思っている家庭には強力に効いてくるだろうと専門家の間で予測されています。日本でこのタイプの支援が手薄になっていることは,かなり大きな問題です。
 
グラフ 各国の家族関係社会支出の対GDP比の比較
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河合 日本には,多子世帯支援に当たるものはありますか。
松田 2013年に「多子世帯支援」という言葉が少子化危機突破タスクフォースのキイワードに入り,幼児教育の無償化が多子世帯だけに実施される運びとなりました。幼児期の費用,そして,本丸としては高等教育の費用。この2つの支援は今,喫緊の課題だと思います。
現代は1人も産まない方が急増しているので,1組の夫婦が2人産んでも人口はどんどん減ります。3人目を望む人がその希望を実現しやすい体制にしない限り,この国の少子化は止まらないのです。
育児世帯への支援が手厚い国々は税金も高いので,日本の現在の税制でまったく同じ支援をすることは難しいと思います。ただ,1夫婦の子ども数として3人は,歴史的に見たら決して多くはありません。3人のお子さんを産みたいという願いが叶えられる国にするというのは,本当は必要な,基本的なことだと思います。
河合 今日はどうもありがとうございました。
 
 

インタビューを終えて

 
 松田氏のビジョンには従来の議論と大きく違う点がいくつも含まれていたが,私は女性たちへの取材で感じてきたことに裏付けをもらったような気がした。家族がめまぐるしく変化してきた日本では,その多様性を受け止め,あらゆる人の潜在的な産みたい思いをすくいあげることができれば希望がもてるのかもしれない。
 
(つづく)
 
文献
1) 国立社会保障・人口問題研究所:人口統計資料集2013年版.2014.
2) 厚生労働省:平成24年人口動態調査(上巻).2013.
4) 内閣府男女共同参画局:女性のライフプランニング支援に関する調査報告書(平成19年3月).58,2007.
5) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング:両立支援に係る諸問題に関する総合的調査研究(厚生労働省委託).2008.
6) 厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課:保育所関連状況取りまとめ(平成25年4月1日).2013.[2013.11.26アクセス]
 

*本連載は,『助産雑誌』2014年1月号に掲載した記事をかんかん!用に短縮し,再構成したものです。全文は本誌をご覧ください。ご購入はこちらから→冊子版(1冊からご購入可能) 電子版(年間購読のみ)

 

*本記事と本記事に含まれる画像の無断転載は固くお断りいたします。転載・引用の際は,出典としてURLを明記してください。

 
 

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コメント

世界の統計データを見ると、豊かな国ほど出世率は低下していることが分かります。出世率低下は先進国共通の悩みであり、日本も豊かになったからこそ出世率も下がったようです。さらにデータを見ると、出世率の改善に成功している国は「移民」を多く受け入れていることが分かります。残念ながら、「子育て環境の改善により出世率を向上できる」との仮説を裏付けるデータは見当たりません。そろそろ、考え方そのものを変える時かもしれません。

(ご参考)常識を覆す「少子化対策」とは
http://kazukat.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html

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