それから先...が大切な「出生前診断」

それから先...が大切な「出生前診断」

2013.1.15 update.

宇田川廣美 イメージ

宇田川廣美

東京警察病院看護専門学校卒業後、臨床看護、フリーナース、看護系人材紹介所勤務を経て、フリーライターに。医療・看護系雑誌を中心に執筆活動を行う。現在の関心事は、介護職の専門性と看護と介護の連携について。「看護と介護の強い連携で、日本の医療も社会も、きっと、ずっと良くなる!」と思っている。

 

そもそも出生前診断って?

“出生前診断”と聞いても、周産期医療の場で働いていたり、自分自身や身近な人に妊娠・出産の経験がない人によっては、あまり聞き慣れないものでないでしょうか。日本産科婦人科学会によると、出生前診断は妊娠中に胎児が何らかの疾患に罹患していると思われる場合や、胎児の異常は明らかでないが、何らかの理由で胎児が疾患を有する可能性が高くなっていると考えられる場合に、その正確な病態を知る目的で検査を行うことを基本的な概念としています。

 

そのための検査には、スクリーニング的検査と確定診断を目的とした検査(表1)があります。

 

スクリーニング検査として行われている超音波検査は、胎児の生育状況を確認するための定期的検査としても行われていますが、母体血清マーカーは施設によって行っているところと、行っていないところがあります。昨年、某著名人が妊娠・出産に際して母体血清マーカーの検査を受け、その一部に陽性反応が出たことをブログで公表したことでも注目を受けました。結局、夫妻は、誕生してくるわが子にどのような障害があったとしてもすべてを受け入れる覚悟をして、確定診断となる羊水検査を受けることなく出産しました。

 

今回、導入されるのは羊水検査等と同じように異常の確定診断となる母体血による新型の出生前検査です。

 

表1 出生前診断の種類

 

非確定的な検査(スクリーニング的)

・超音波検査

・母体血清マーカー(クアトロテスト)

確定診断を目的とした検査

・染色体検査(羊水穿刺、絨毛採取による)

・遺伝子検査(母体血液による)

 

 

出生前診断―最も大切なことは?

“出生前診断”については「命の選別につながる」、なかでも母体採血による出生前診断は、10㏄ほどの採血で羊水穿刺や絨毛採取よりも侵襲が少なく染色体異常の有無などが判定できるため、「安易な中絶が増える」などの倫理的批判が上がっています。その批判も理解できます。

 

私の知人にも、障害を抱える子をもつ人が何人かいます。前向きに、明るく日々を暮している彼女たちですが、やはり子育ての苦労は並々ならぬものがあります。そして一様に抱えている不安は、「親である自分たちが老いた時、この子の生活はどうなるのだろう」ということです。時折、親としての不安に触れると、出生前診断の結果によって中絶を決心する人を一方的に非難することはできません。

 

ここで最も大切なことは「検査を受ける、受けない」ことではなく、検査を受けた後のことではないでしょうか。

 

そこでしっかり認識しておきたいことは、何のために出生前診断を行うのか、その目的です。日本産科婦人科学会の「出生前に行われる検査および診断に関する見解」(23年6月25日)の冒頭に、「妊婦の管理の目標は、母体が安全に妊娠・出産を経験できることであるが、同時に児の健康の向上、あるいは児の適切な養育環境を提供することでもある。基本的な理念として出生前に行われる検査および診断はこのような目的をもって実施される―」とあります。出生前診断の目的は、命の選別ではなく、胎児を尊厳ある存在として大切に向き合い、その将来を真剣に考えることと思います。

 

 

出生前診断に関する指針案

米国・中国・ドイツ・ロシアなどは、日本に先駆けて妊婦の血液による出生前診断を導入しています。そのなかでドイツは、法律でカウンセリングを義務付け、「妊娠葛藤相談所」「家庭人生相談所」といった教会や女性団体などが運営する相談所などが中絶を決めた人や結果に戸惑う人たちの相談に乗り、中絶する場合にはその3日前までに「妊娠葛藤相談所」の証明書をもらうことを義務付けているそうです。新聞記事(2013年1月6日 朝日新聞 朝刊)にドイツの出生前診断専門の開業医師会会長、ロビン・テバートフェガー氏のコメントが紹介されていました。「新検査には批判があるからこそ、広く一般を対象にせず、十分な情報をもとに妊婦が自分の医師で判断することが最も大切。ジレンマに陥った議論の解決にはカウンセリングしかありません」と。

 

日本でも日本産婦人科学会が2012年12月に発表した指針案(表2)で、カウンセリング体制が整った施設を登録して検査を行うことや、検査の対象者を35歳以上に限定するなど細かい要件を定め、採血による出生前診断が慎重に進められるようにしています。同時に、もっと広い社会において、障害をもつ人も持たない人も、安心して自分らしく暮らせる社会環境の整備、障害をもつ人の親の不安を払しょくできるような支援体制の充実など、福祉環境の整備が求められます。

 

 

表2 日本産科婦人科学会の指針案の概要

 

母体血を用いた出生前診断を行う施設の主な要件

・出生前診断に精通、豊富な診療経験を有する産婦人科常勤医師と小児科常勤医師が在籍している

・産婦人科医師と小児科医師のどちらかは臨床遺伝専門医の資格の資格を有している

・認定遺伝カウンセラーまたは遺伝看護専門職の在籍が望ましい

・専門外来を設置

・産婦人科医師、小児科医師、認定遺伝カウンセラー、遺伝看護専門職の連携による遺伝カウンセリング体制

・検査後の妊娠経過の観察を自施設で続けることが可能

・絨毛検査や羊水検査などの侵襲的胎児染色体検査が可能

・検査後も妊婦に適切なカウンセリング継続が可能

 

対象となる妊婦

・出産時に満35歳以上の高齢妊娠

・胎児超音波検査で胎児が染色体手数異常を有する可能性が示唆されている

・染色体数的異常を有する児を妊娠した既往がある

・妊娠前期に受けた血清マーカー検査で、染色体数的異常を有する可能性を示唆されている

・両親のいずれかが均衡型ロバートソン転座を有していて、胎児が13トリソミーまたは21トリソミーとなる可能性が示唆されている

 

 

参考HP

日本産科婦人科学会

母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)

医療介護CBニュース

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