「痛くない褥瘡ケア」への道

「痛くない褥瘡ケア」への道

2012.12.25 update.

小林陽子 イメージ

小林陽子

1999年より東京都老人医療センター(現・東京都健康長寿医療センター)。2006年に皮膚・排泄ケア認定看護師を取得。褥瘡,ストーマ,失禁分野におけるケアの実践と相談や教育を院内外問わず実施している。

 

「褥瘡は痛くない」という先入観

 

2012年度の褥瘡予防・管理ガイドライン改訂(第3版)に「QOL・疼痛」という項目が追加され、褥瘡の痛みの問題とケアについて記載されるようになりました。これまで、慢性褥瘡の疼痛については、あまり話題になることがありませんでした。むしろ、褥瘡の原因のひとつである「知覚低下(障害)」から「褥瘡は痛くないもの」というイメージを持つ医療者も少なくないのが現状です。筆者らは、今回のガイドライン改訂が、「褥瘡の痛み」の問題に光をあてるものと期待しています。


知覚低下(障害)のある患者さんは、通常なら「痛い」「辛い」と不快に感じる同一体位や硬い床面・座面での長時間の臥床・座位を不快に感じることができないため、結果として褥瘡を形成してしまうことがあります。また、褥瘡ができてしまっても、痛みを感じ、訴える方が少なく、褥瘡の発見が遅れるケースがあるのも確かです。


しかし、だからといって「褥瘡を持つ人=知覚の低下(障害)=痛みがない」と安易に判断することはできません。筆者らは、「褥瘡は痛くない」という医療者の決めつけが、患者さんのQOLを著しく損なっているのではないかという懸念を持っています。

 

褥瘡は本当に痛くないのか

 

平成23年8月~2月、当センターの患者さん50名の褥瘡回診時にフェイススケールを用いて、疼痛の評価・アセスメントを行いました。その結果、褥瘡処置・ケア時に疼痛を訴えた患者さんは50名中42名、実に80%以上に上りました。その42名のうち、23名が急性褥瘡、19名が慢性褥瘡(※)をもつ患者さんでした。

 

*慢性褥瘡とは2009年の褥瘡予防・管理ガイドラインより発生より3週間以上経過したものとします。

 

では、褥瘡処置・ケア時の疼痛とはどのようなものでしょうか。

疼痛の原因として多かったものは、以下のとおりです。

 

・外科的デブリードマン時:34名
・排膿の処置時:13名
・体位変換時:11名

 

これらの結果から、褥瘡をもつ患者さんの中には、処置の際に痛みや苦痛を感じていても自分の思いを訴えられないでいる方が少なくないことがうかがわれました。医療者の側が「痛くないもの」と思い込んでいる一方で、患者さんのほうは、痛みを感じているのに、訴えることができない(あるいは、訴えていることに医療者が気づいていない)のではないでしょうか。

 

この調査結果から、「褥瘡は痛くないもの」という先入観を取り払い、「痛みはあるだろう」と予測して、十分に痛みに配慮した褥瘡ケアを提供することの必要性が示唆されました。

 

「痛くない褥瘡ケア」の具体的な実践

 

痛みへの対策は、さまざまな工夫がありえます。デブリードマンや排膿の処置時の疼痛に対しては鎮痛剤や鎮静剤、局所麻酔薬等を使用します。また、体位変換時の痛みに対しては基本的な愛護的方法に加え、看護師4人で身体を浮かせて摩擦による痛みが起こらないよう優しく実施したり、隙間をつくらないポジショニングで処置中も安楽な体位でケアが受けられるようにしました。

 

また今回の研究では明かにすることは出来ませんでしたが、褥瘡の疼痛には認知的・精神的要素が大きく関与しているのではないかと思われます。褥瘡を持つ患者さんは一般に高齢であり、認知機能も低下していることが少なくありません。痛みを感じていたとしても、正確に自分の置かれた状況を認識し、周囲に思いを訴えることができない患者さんは少なくありません。

 


また、褥瘡は仙骨部や臀部など、自分の目で確認できない位置に形成されてしまうことがしばしばあります。そもそも褥瘡とはどのようなものなのか、どういった処置を受けるのかという情報がきちんと認識できていない状態で処置を受けることに対して、不安・恐怖を感じている患者さんもおられるでしょう。

 


これらを踏まえて筆者らは、処置開始前や処置中には必ず、これから実施するケアの内容や所要時間を告げながら実施することとしました。また、タッチングやこまめな声かけは積極的に行い、安心してもらうように注意しています。

 


一方、直接目視できない位置の褥瘡については最初にデジカメで撮影し、写真を見せながらこれから行う処置について説明するということも試みています。

 

その他の褥瘡に伴う痛み

 

褥瘡にかかわる痛みにはこのほか、すでに知られているものも含めて、さまざまな可能性があります(図1)。

 

外用薬の塗布時に、特に硬い基材の外用薬が傷そのものに当たる痛みや、塗布後のピリピリとする痛み、また、ガーゼや医療用粘着テープ、ドレッシング材など創を保護・固定していた物を剥がす際の痛みがあります。また、泡で愛護的に洗っても創の洗浄時に痛みを訴える患者さんもいます。

 

また、急性期の褥瘡においては炎症や感染を伴っていることが多く、創そのものや創周囲に痛みを感じる人がいるということは知られていますが、たとえ慢性期に移行しても、同様に創と創周囲、健常皮膚との境界付近に痛みを訴える患者さんがいます。

 

褥瘡そのものが持つ痛みについては、一早く治癒・軽快させることが何より求められます。誤った治療・ケアによる褥瘡の治癒遷延が、身体的、精神的に苦痛となりますので、根拠ある正しい処置・ケアを行う必要があります。そのうえで、その患者さんの個別性をアセスメントして、個々に応じた痛みの少ないケア方法を立案することが求められるでしょう。
 

評価と今後の課題

 

このように痛みの原因は患者さんによって異なりますので、ケースごとに痛みの原因を明らかにし、それらを除去し、疼痛を緩和するケアを実施する必要があると考えます。ひとたび患者さんが「褥瘡ケアは痛い、辛いケア」であると認識すれば、日々行われる褥瘡ケアはその患者さんにとって耐えがたい苦痛を強いる時間となってしまいます。

 


知覚低下(障害)で痛みを感じていない患者さんがいることは事実ですが、痛みや苦痛を感じていてもそれを訴えることができない患者さんも少なからずいらっしゃることを、私たちは忘れないようにしたいと思います。「痛くないもの」と決めつけてケアをするのではなく、むしろ「痛みはあるだろう」と予測し、十分配慮したケアを提供する必要があるのです。

 


今後は患者1人ひとりの痛みに対するアセスメントを実施し、その必要性を多くの医療スタッフに伝えていき、「褥瘡の痛み」についての意識を変えていくことが急務であると考えています。

 

図1 痛みの原因
1.精神的な原因による痛み
・処置やケアで痛みを感じた経験からくる恐怖
・褥瘡そのものや処置が見えない・わからないことによる不安
・羞恥心など


2.急性期の痛み
・炎症、感染による痛み

 

3.局所処置による痛み
・外科的デブリードマン、排膿などの処置に際しての痛み
・基材が硬い外用薬による痛み
・消毒や外用薬の副作用による痛み
・塗布時の圧迫・摩擦刺激による痛み

 

4.ケアによる痛み
・衣類やドレッシング材などの摩擦刺激による痛み
・ガーゼや医療用粘着テープ、ドレッシング材の除去時の剥離刺激による痛み
・創の洗浄に際した痛み
・体位変換、ポジショニングに伴う痛み

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