看護管理(4)間違いだらけの目標管理

看護管理(4)間違いだらけの目標管理

2012.9.20 update.

中島美津子 イメージ

中島美津子

夫の転勤により各地の病院に看護師として勤務。九州大学医学部保健学科、聖マリア学院大学看護学部などの教員・研究職を経て、東京警察病院看護部長、総合東京病院副院長・看護部長後、2012年より現職の南東北グループ教育看護局長へ就任。研究テーマは「働きがいのある組織づくり」で、働き方についての認識のパラダイムシフトを図る啓発活動を全国で展開中。「すべては幸せにつながっている」「ケア提供者が幸せであることは質の高いケア提供を可能にする」という信念の下、日々仕事を楽しんでいる超positive思考の二児の母。

みっちゃんのブログ(http://ameblo.jp/tokyobyouin-director/)


さてさて、ご無沙汰しております。「看護管理なんてこわくない」、久々の連載再開です。

このところ「人財育成」というテーマでお話を続けてきました。管理者にとっての「人財育成」とは要するに「スタッフをどう育てればいいのか」ということです。今回は、人財育成と「ワークライフバランス」との関係から、考えてみたいと思います。

え? 人財育成とワークライフバランスにどういう関係があるの? と思われた方、いらっしゃいますか? それが、両者には切っても切れない関係があるんです。


■「スタッフの自律」がワークライフバランスの条件

 

ワークライフバランスという言葉そのものは、皆さんもすでにご存知のことでしょう。個人の人生を楽しく、充実して過ごせる働き方の理念です。ただ、「バランス」という言葉が誤解の原因になっているのか、ワークライフバランスというと、「仕事」と「生活」を天秤にかけて両者のつりあいをとること、と考える方もおられるようです。

 

しかし、仕事と生活のバランスというのは、客観的に数値化することはなかなか難しいもの。バランスを取るといっても、それはあくまで、個人の中で、主観としてバランスが取れているかどうかが問題となるのです。適切なバランスは、個々の価値観、人生観によって変わる、ということですね。

 

そこでは「個人としてどのような人生を送りたいのか」ということが問われます。どのような看護師になりたいのか、どのような女性になりたいのか、どのような妻として、母として、娘として生きて生きたいのか。人間として、あるいは女性としてのさまざまな役割を考え、キャリアプランだけでなく、ライフプランも合わせて自分で考え、決められるようなアイデンティティをもった個人というものが、ワークライフバランスという言葉の根底にあるのです。

 

さらに付け加えるなら、そういったアイデンティティを確立した個人が、自分のことだけでなく、周囲の人間のことも「オタガイサマ」精神で受容・共感できる状態になければ、現実にはワークライフバランスのとれた職場環境は実現しません。

 

ワークライフバランスというと育児時短や産休、あるいは託児所の充実といったハードや制度面のことばかり想起されますが(もちろん、それは大切なことですが)、実は

・自分のことをマネジメントでき、
・他人のことを思いやれる

という、自律したスタッフを育てる「人財育成」とセットで考える必要があります。そういう人財が育つ組織であってはじめて、ワークライフバランスの取れた組織づくりが成功するんです。

 


■目標管理自体が目的化してしまう

 

「自分のことをマネジメントでき、他人のことを思いやれる人財を育成する」

 

言葉にすれば当たり前のことのようですが、師長として看護管理をはじめてみると、この基本の部分をどうしても忘れがちになってしまいます。つまり、自律した人財を育成することを忘れて、ただただ「管理」のことばかり考えてしまうという失敗パターンに陥ってしまうのです。

 

これは笑い話のようで実際にあった相談ごとですが、看護管理で目標管理を取り入れた結果、離職者が増えたという病院がありました。

 

当事者としては笑えないエピソードですが、目標管理にかぎらず、看護管理のツールは使い方次第ではそういうことが起きてしまいます。目標管理の場合、よくあるのは最初の目標管理面接で本人が立ててきた目標を、組織目標と合わないからという理由でばさっと否定して変えさせてしまうパターンです。こういう目標管理はほとんどの場合うまくいかないし、スタッフのやる気を削いでしまい、離職につながってしまいます。

 

確かに管理者からいえば、スタッフ個々の目標を聞いているうちに「そんな目標、うちの病棟の看護と関係ないじゃない!」という気持ちになってしまうことはあるでしょう。でも、そこで無理やり病棟目標に合わせてしまったのでは、なんのための面接かわかりません。本人のモチベーションは上がらないし、結果、設定した病棟や病院全体の目標も絵に描いた餅に終わってしまう確率が上がってしまうでしょう。

 

これは目標面接自体が目標になってしまうという、典型的な本末顛倒のパターンです。

 

■目標管理は「方向」を整えるもの

 

目標管理の肝は、組織目標と個人目標を同時に達成にさせるようなマネジメントにあります。この際に重要なことは、目標管理を行う管理者の側が、自施設が地域のなかでどういう立ち位置にあるのかといった病院としての組織目標、それを受けての看護部の目標、さらには自分が管理する病棟の目標、というように、組織全体の目標を俯瞰視できているかどうか、ということです。

 

そういった全体像を把握しておくことによって、はじめて個人目標を考えられるようになるというわけです。組織全体がいま何を求めようとしているのかを知らずして、組織内の個人の成長を応援することはできません。

 

では、目標管理面接において、組織の目標と個人の目標は、どのような整合性をとっていけばいいのでしょうか。下記の図(1)~(3)は目標管理面接についてまとめたものです。
 

 

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(1)目標管理面接前の組織

 

 

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(2)失敗する目標管理面接のイメージ

 

 

120920nakashima003.jpg

(3)目標管理面接が成功した後の組織

 


大きな矢印が組織全体の向かいたい方向、その中にある小さな矢印が、組織に所属する個人個人の目標を表わしています。(1)は目標管理導入前です、そして、目標管理面接によって生まれる、ある意味では「理想」の組織の姿が(3)です。(3)の図では、個々人がさまざまなレベルで、さまざまな目標を持ちながらも、全体の方向性が組織目標と一致しています。

 

さて問題は(2)です。これは、組織の目標と個人の目標のベクトルが合っているので一見問題はなさそうにみえます。しかし実際には、このような形を目指すと、多くの場合、目標管理は失敗してしまうのです。

 

(2)と(3)の違いは何でしょうか? そう、個々人の矢印がはじまるスタートラインや、線の太さが違いますね。この図はあくまでイメージですが、矢印のスタートラインはその人が現在身につけている能力、線の太さはその人が目標に向かおうとする意欲ぐらいにイメージしてください。

 

人は一人ひとり、違います。また、同じ人でも、去年と今年、来年では違った目標を、違った強さで抱えているはずです。(1)のように、個々人の目標は方向も、大きさも、太さも、長さもばらばらです。目標管理は、この矢印の方向を整えることをめざして行うものです。なぜ目標管理が必要かといえば、(1)のように何もかもがバラバラの状態では、組織がある目標に向かって進んでいくときに互いがぶつかりあってエネルギーダウンしてしまうことが予想されるからです。

 

でも、だからといって「組織で力を合わせて1つの方向に進むぞ!」とばかりに、個人の意向を無視して組織目標に合わせて(2)の状態を押し付けてしまうと、スタッフのモチベーションは確実に低下します。見た目からして窮屈、苦しそうですよね。なぜなら、一人ひとりのスタッフはレベルも違えば、意識の高さも違うからです。それぞれの矢印はスタートがそろってなくても、矢印の先がそろってなくてもいいんです。むしろ、それらがある程度バラバラであるほうが、実際にはバランスが取れた組織をつくることができるでしょう。

 

スタッフ個人の成長という点でも、無理やりスタートラインをそろえられたり、達成目標を押し付けられたりすると、なかなか成長することができません。仮に成長できたとしても、それは管理者がイメージする看護師像の枠内に収まる、器の小さな人財にしかならないでしょう。そういう人がやがて管理者となれば、さらに器の小さな後輩を育てるという、縮小再生産の悪いスパイラルが始まってしまいます。

 


■「自分の目標はこの組織に属することで達成される」という感覚

 

「人が育つ目標管理」の結論は簡単です。個々人のレベル(矢印のスタート)と目標(矢印の先端)は、一人ひとり違っていいという前提に立ち、その方向性だけを、組織全体の目標に貢献するように調整するということです。

 

一人ひとりの目標の方向性については、調整をお願いすることはあります。(1)のように、あまりにも方向性の違いが目立っているようでは、なかなか全体の目標を達成することはできないでしょう。しかし、全員の目標を「同じ」にする必要はないということは、肝に銘じておいてください。

 

むしろ大切なことは、個々のスタッフが「自分の目標は、この組織に属することによって達成される」という感覚を覚えてもらうことです。人は「自分の目標が組織に所属することによって達成されていると感じていると離職行動を起こしにくい」という研究結果があります。その組織に所属することで目標が達成できるのですから、その組織がつぶれないように、組織がもっと居心地のよい組織に発展するように行動するようになります。これがいわゆるロイヤリティです。

 

目標面接で自分の目標を無理矢理変えさせられたり、スタートをそろえさせられたりすると、「この組織にいると自分の目標が達成できない」という窮屈さを感じさせ、組織に対するロイヤリティ、あるいはコミットメントが低下します。それが組織離脱行動、すなわち離職につながるのです。

 

目標はひとりひとり違ってよい。大切なことは、組織の向かうべき組織ベクトルの方向と、個人の向かいたいベクトルの方向をできるだけそろえていくことです。

 

スタッフの目標を聞きながら、時には心の中で「-.-;??」と思うこともあるでしょう。でも話を聞きながらも頭の中は「これをどうやって、病棟の目標に関連付ければよいものか……」と回転させつつ、「なるほど、そういう目標を考えたんだね」と受容と共感の姿勢で受け答えする。さらには、最終的な行動目標が病棟目標に即しているよと伝える。

 

こうした目標面接は、実は管理者にとって本当に冷や汗ものの場面も多々あります。でもいつかは、自己の気づきによって自分の矢印を方向づけられるようになることを信じ、面接を続けていくことが大切です。その結果、スタッフや管理者の矢印は互いに成長し、互いに交流するようになり、組織のベクトルが強固なものに変わっていくのです。

 

目標管理の際には、その人のスタートラインと目指す方向をきちんと確認すること。そして、組織の目標に応じて、少しずつ方向性を調整してもらう。そういう目標管理ができれば、目標管理によってむしろ、離職行動を減らすことができるはずです。

 

逆にいえば、管理者が勝手に考えた「スタッフの成長とはかくあるべし」というイメージに基づいた人財育成は必ず失敗します。それは個々人の目標を無理やり変えることであり、ワークライフバランスを壊すことになるからです。

 

本人が自ら気付き、学び、自己アイデンティティを確立していけるように支援するのが管理者の役割です。そして、そういう自律した人財を育てることが、ワークライフバランスの確立した職場づくりにもつながるのです。
 

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