5.13UP! オンナに効く漢方(7)

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血止めの漢方、ちょっと補足―芎帰膠艾湯

 

前回まで「血」のお話をしました。大黄の血止めの作用のお話で終わったので、「水」のお話に行く前に、「血止め」の漢方についてもう少し補足しておきます。

 

前回の三黄瀉心湯(さのうしゃしんとう)の止血効果は、体力のある人や強い炎症を伴っている場合により適しますし、大黄は下剤としての作用もあるので、便秘気味のほうが使いやすいです。イメージとしては、赤ら顔で太って高血圧の人が、鼻血が止まらないとおっしゃっていらっしゃるような場合が典型的です。

 

しかし、痩せ型で冷え症で、便秘も無く、でも生理や出産後の出血が多くて困っている…というような場合は、また違うお薬が漢方にはあります。芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)という薬です。この薬の止血効果は、阿膠(あきょう)と艾葉(がいよう)という生薬に由来するとされます。

 

阿膠はロバの皮から取れるニカワ、すなわち「コラーゲン」です。コラーゲンというと、みなさんは美容でお肌がツルツルになるとか、化粧品・サプリメントの類を連想されるかもしれませんが、体の組織と組織をつなぐ“糊”のような働きをする、大切な物質です。皮膚や粘膜以外にも、骨や軟骨、靭帯といった組織に含まれ、体を建物にたとえれば、セメントや漆喰のような役割でしょうか。

 

艾葉はヨモギの葉っぱです。艾は訓読みすると、「もぐさ」つまりお灸で火をつける綿のようなもののことです。もぐさは、ヨモギの葉の表面に細かい毛がたくさん生えていて、その毛を集めたものですが、薬として使うときは葉を丸ごと使います。昔から、切り傷にヨモギの葉を揉んで貼り付けておくとよく治ることが知られていますが、これはヨモギの止血効果を利用したものと思われます。

 

芎帰膠艾湯は、ヨモギで血を止め、阿膠で損傷した組織をくっつけて、しかも前回お話しした補血薬の代表選手、四物湯が丸ごと配合されていて、失った血を回復させる、という組み立てになっているのです。また、阿膠そのものにも、補血の作用があるといわれています。

 

胃腸にもたれやすい漢方、そんなとき―帰脾湯

 

このように、非常にうまく設計されている芎帰膠艾湯にも、欠点があります。前回お話しした通り、補血薬、特に地黄は胃腸にもたれやすい傾向があります。しかも、阿膠や艾葉も同じように胃腸に負担がかかりやすい傾向があるため、芎帰膠艾湯は胃腸が弱っている患者さんには使いにくい薬です。

 

では、胃腸が弱って出血しやすい人には、どうしたらよいでしょうか?漢方はこんなときにも選択肢を用意しています。帰脾湯(きひとう)という薬です。漢方でいう「脾」とは、西洋医学や解剖学で出てくるspleenのことではなく、消化器系全般を指しています。いま一般的に使われている漢方薬は大部分が経口薬ですから、消化器系の働きが良くないと、薬も十分吸収されないので、治療が難渋する場合は、遠回りなように見えても、まず消化器系に狙いを絞って治療することもあります。帰脾湯のネーミングには、治療に行き詰まったら「脾に帰って」戦略を練り直す、そんな意味が込められているのかもしれません。

 

漢方の古典によれば、胃腸が弱って出血しやすい人の特徴に、精神的に不安定になる、夜眠れなくなる、という特徴があると書かれています。貧血が強くなってくると、心臓の一回当たりの拍出量が減ってきます。そうすると、心臓はそれを回数でカバーしようとして、心拍数が増え、それが動悸につながります。動悸がすると、人は結構不安になってしまうものです。皆さんも、寝るときに耳の近くで血管が脈打つ音が気になり、眠れなくなった経験があると思いますが、特に夜間の動悸は不眠につながります。

 

私が研修医の時に、非常に強い不眠の症状を訴えている白血病の末期の患者さんを受け持ったことがあります。自分の病状を悲観してそのような不眠に陥っているのだろう、と思わなくもなかったのですが、私は思いついて帰脾湯をお出ししてみました。すると、患者さんはよく眠れるようになった、と大変感謝してくださいました。

 

帰脾湯は、人参や黄耆、大棗といった、胃腸の働きを調える補気薬が入っていて、補血薬は当帰が入っていますが、胃腸にもたれやすい地黄は入っていません。また、酸棗仁・竜眼肉といった、亢ぶった神経を鎮める薬が入っていて、これが不眠に効果を表します。一見、血を止める成分が全く見当たらないように思えるのですが、漢方には、脾が血をまとまりのあるものにする、という考え方があり、脾が衰えると血が凝固しにくくなる(脾不統血)といわれています。西洋医学では、肝硬変になると凝固因子が不足して出血しやすくなるということが常識ですが、肝臓を広く消化器系の一部と考えると、ややイメージしやすいかもしれません。帰脾湯は、肝硬変の出血に必ずしも使われる機会が多いとは言えませんが、脾不統血を適応とする薬です。肝や脾といった臓器別の漢方については、また稿を改めて解説したいと思います。 

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このページは、igs-kankanが2011年5月13日 12:00に書いたブログ記事です。

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