第36回  どうしても寄り添えない患者さん―看護師の心の葛藤(解説)

第36回  どうしても寄り添えない患者さん―看護師の心の葛藤(解説)

2019.3.12 update.

IVR看護研究会

 2000年に発足し、安全安楽かつ効果的に患者がIVRを受けられるようにIVR看護のあり方を検討する場です。放射線科における看護の臨床実践能力を高めるため専門知識や技術の習得、研鑽をめざし、チーム医療における看護師の役割を追究し、また、IVR看護師の専門性を確立するため、継続して学習する場、人的交流の場を提供することを目的としています。


 発足間もなくから開催している研究会(セミナー)は、3月16日に第19回を迎えました。記念すべき第20回は、2020年9月12日に開催予定です!


公式webサイト:http://www.ivr-nurse.jp/
Face book @ivrnurse2016

 

 

 CAG施行時に「痛い、痛い。助けてくれ」と大騒ぎしたエピソードを持つ38歳教員の男性患者Aさん。再びこの患者のPCIを受け持つことになったP看護師。

 どうしても患者に寄り添えないと悩んだP看護師に先輩看護師は、「患者さんの職業がなんであれ、先入観なく一人の人間としてみてあげる必要があるんじゃないかしら? むしろ、この患者さんは日頃我慢し抑えていた感情があったと思うから、ここでさらけ出すことができてよかったんじゃないかな」と助言してくれました。

 

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 P看護師は先輩看護師の助言を得て、トラベルビーの看護理論から自分に不足していることは何なのか考えてみました。

 トラベルビーは「人間対人間の関係は、『看護婦』『患者』では人間関係を確立できない。各個人が他人を一人の人間として知覚するときに関係は可能である」1)と述べています。

 本連載の第32回でも理不尽な対応をとる困難患者(difficult patient)の問題は、単純に患者だけではなく、患者と医療者の「関係」にも要因があると解説していました。

 トラベルビーは「看護師と患者が、日常的世界で役割を演じる人として出会う関係から、人間として対面する関係へと移行する」という過程を、次のような段階であるとしています。

 

           1.最初の出会い

           2.同一性(アイデンティティ)の出現

           3.共感

           4.同感

           5.ラポール

 

最初の出会い

 

 前回のCAG実施時に、Aさんは痛い痛いと大騒ぎをして大変でした。手首の穿刺をするまでに大騒ぎした上、検査の間中暴言を吐いていたため、医師や看護師は辟易していました。

 文部科学省は「教職は、児童生徒や保護者のみならず、国民や社会全体の尊敬と信頼によって支えられる職業として理解されている。教員や教員を目指す者は、まず、このような教職の特性を自覚することが必要であり、また、その地位に安住せず、常に向上心を持って、日々の研鑽に努めることが求められる」2)としています。P看護師は、Aさんが「現職の教員」いう情報から勝手に教員としての姿をAさんに求めてしまったため、痛い痛いと大騒ぎするAさんにマイナスの先入観を持ってしまいました。本連載第34回で解説していたまさに「ステレオタイプ」です。

 ですから、アンギオ室(血管造影室)での態度・行動を目の当たりして「教員なのに、この態度はどうなの?」と思ってしまったのです。患者本来の姿を見ることができず、トラベルビーの言う「人間と人間」の関係を踏み出せず、患者の持つ恐怖や苦痛のサインに気付くことができなかったのだと思います。

 

同一性の出現

 

 「看護師―患者」では人間関係を確立できません。他人の独自性を知覚する能力が関係を形成する上で大切であり、Aさんの持つ恐怖、苦しみ、痛みを感じ、病を持つ一人の人間とし知覚することが必要でした。

 

共感、同感、ラポール

 

 トラベルビーは、共感は、他の個人の一時的な心理状態にはいりこんだり、分有したりして理解をする能力であり、この関係から同感へ人間関係が成立し、同感的なひとは他人の苦痛を救おうとして行動をおこすので、同感は共感を超えて発展する、と述べています。

 P看護師とAさんには最初の出会いから人間関係は成立していませんでした。P看護師はAさんの苦痛に感じている辛い思いを理解することや、苦痛のなかに意味を見出すよう寄り添い、声をかけ、阻害されたニードを充足するための援助を考える必要がありました。「看護の目的は人間対人間の関係を確立することを通して達成される」のです。

 本連載第28回でも、患者中心のIVR看護のために、アンギオ室での短い時間で患者とのラポールを形成するスキルが必要であることを述べていました。アンギオ室という短い時間の関わりで、人間対人間の関係を築くためには、先入観に捉われず患者本来の姿を見て、患者の抱えるさまざまな思いに気付く必要があります。先輩看護師が助言してくれた「患者が日頃我慢し抑えている感情」はまさにこれであったと思います。もしAさんが「本当は怖いんだ。まさか自分がこんな治療を受けなければならないなんて考えもしなかった」と弱音を吐露することができていたなら、P看護師とAさんは最初の出会いから人間関係確立のプロセスを踏んでお互いの信頼を深め、ラポールを形成することができたのではないかと思います。

 自分がどんな価値観に捉われているのかを距離を置いて眺め、相対化して見ることが大切ですね。

 

(IVR看護研究会 増島ゆかり)

 

[引用文献]

1)Joyce Travelbee著/長谷川浩,藤枝知子,訳:トラベルビー 人間対人間の看護.医学書院,1974.

2)文部科学省ホームページ

教員に求められる資質能力

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/040/siryo/attach/1379111.htm

[2019.03.06アクセス]

 

[参考文献]

1)http://www.ict.ne.jp/~i_camu/sub12.htm[2019.03.06アクセス]

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IVR看護ナビゲーション

IVRに携わる看護師向けの実践的な書物がほとんどない中で、各施設では独自のマニュアルを作って看護にあたっている。その現状を打破するために編集された本書は、医師のIVR手技、看護師のケアが系統立てて解説されている。2007年には「日本IVR学会認定IVR看護師制度」も発足し、ますますIVR看護が期待される中、時宜にかなった実践書。

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