第2回 プロテクション――なぜかキューバ その2

第2回 プロテクション――なぜかキューバ その2

2014.7.04 update.

えぼり イメージ

えぼり

著者のえぼりさんは意識障害患者を多く抱える中小病院で看護師を続けるかたわら、国際医療支援のためだったり、ただ気が向いただけだったりで世界のあちこち、特にスペイン語圏を漂っていらっしゃいます。
日常の看護のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに! パパパ〜ンダ

日本からキューバに着いたのが2月の終わり。ちょうど東京は毎週末のように雪が降り積もっていたころで、そこからいきなり気温が連日30度越えのキューバで1週間、湿度も低く、比較的涼しく感じられる時期であったとはいえ、とうとう首の周りにアセモができてしまった。

 

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前回記事にも書いたように、カリブのリゾートでひゃっほー! を堪能していたときで、毎日ホテルのプライベートビーチで遊んでおり、塩に負けたか日差しに負けたか、とにかく熱を持って痒くて仕方なかったので、ある日ビーチの監視員の男の子に「このへんに薬局ってない?」と聞いた。ホテルの前の通りを2ブロックほど西に行ったところに外国人旅行者専用のクリニックがあって、そこに24時間営業のドラッグストアが併設されている、と言うので、夕食前にそのドラッグストアに出かけて、薬を買ってきた。

 

 

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抗ヒスタミン剤入りのカーマインローションとハイドロコーチゾン1%のクリーム。薬剤師がいて、症状を説明すると「じゃあこれとこれね」と出してくれた。どちらもキューバ製であわせて約2000円。品質は良かったが決して安くはない。

 

 

夕食後にビーチに出てみると、さっき薬局の場所を教えてくれた彼が、ゴミ集めをしていたので「ありがとう、薬買えたよ」と声をかけると、
「ああ、それはよかった。ところで……スペイン語上手だね」
と言ってこちらへやって来た。
「でもねえ、ドラッグストアでスペイン語で説明してるのに英語でしか返事してもらえなくて」
「めずらしいからだよ。僕も最初あなたがスペイン語を話してると思わなかったから。僕はここで2年ぐらい働いていて、ときどき日本人旅行者も見かけるけど、みんな英語で話してて、スペイン語を話す日本人は初めてだった」
「あっそうなんだ」
「スペイン語には過去形が4つあるんだけど、あなたの場合その使い分けが正確だから、すごく上手だよ」
「どうもありがとう、でも未来形はあまり上手じゃなくてねw」
「過去を正しく理解することがいちばん大事なんだよ」
うまいこと言うなあ、この子。

 

生涯結婚回数は3~4回?!

 

彼の名前はエンリケ。キューバの名産品、葉巻の葉の生産地として有名なピナール・デル・リオの出身で、得意の語学を生かして、ホテルの仕事のほかに語学学校でイタリア語とフランス語を教えているのだという。キューバではこうしたダブルワークが当たり前のことであるらしい。

 

「それでひとつお願いがあるんだけど……、子ども達の名前のタトゥを入れたいんだけど、日本語でどう書くか教えてほしいんだ」
「えっ子どもいるの?」と、わたしは彼の顔をまじまじ見てしまった。彼のほうこそ子どもみたいな顔をしているのだが。
「いるよ、娘が6歳、息子が3歳で、今ピナール・デル・リオで彼らの母親と一緒に暮らしてる。僕は17歳のとき結婚して、23歳で離婚して、今25歳」

 

キューバ人の生涯結婚回数は平均3回だか4回だという話は聞いていたが、そうかー、こうしてスタート切って、結婚離婚を繰り返すんだなあ、となんだか少し感動した。別に感動するようなことではないと思うのだが。

 

キューバでは離婚後に養育費を払うという概念はない。教育や医療が無償であるうえ、世帯構成や納税(所得)額に対応した生活物資の配給制度があり、離婚しても子どもを何人抱えていても生活に困窮するにはいたらないので、本当にみんなあっさり離婚する。とはいえ、アメリカの経済封鎖以降、慢性的にモノ不足の状態なので配給も決して充足しているとはいえないため、そのぶんを補うため、何か少しでも子どものためにはしたいので些少ながら送金はしている、とエンリケは言っていた。

 

この配給制度についてエンリケに聞いてみた。世帯構成に対応しているというのは、単に頭数だけではなく、例えば妊婦のいる家庭にはカルシウム強化の脱脂粉乳や、鉄剤、葉酸サプリメントまで追加で配給され、乳幼児のいる家庭にはやはりカルシウム強化粉ミルクなどが配給されるのだという。この配給制度の影響かもしれないが、わたしがキューバで見かけた子どもたちは総じて年齢の割に大柄だったし、かなり力も強かったように思う。大人になってからの体格は遺伝の影響のほうが大きいとは言われているものの、こうした話を聞くと、やはり胎児期から幼児期にかけて身体の土台ってつくられるのだなあ、と実感する。

 

これは妊産婦や乳幼児死亡率が国際的な保健衛生の指標となっているため、政府が対外的に国力を示す目的で特に力を入れてきたことのあらわれであると思う。だからこそキューバは中南米諸国の中で群を抜いて低い、先進国並みの妊産婦死亡率(出生10万対23.5)と乳児死亡率(1000対4.3、いずれも2013年データ)を誇っている。

 

とにかく妊産婦や乳幼児への保障は手厚く、いまだに新生児死亡があれば、そこの病院長が保健省に呼び出されて説教されるというし、交通の便の悪い地方では、妊婦健診には無料の送迎(とはいえ普段は農作業に使っているようなトラックだが)まで出して、検診を徹底しているそうである。

 

テレビが教える中絶と避妊

 

ここまで話が聞けるなら、もう少し突っ込んだ話も聞いてみようと思い、実はわたしは看護師で、キューバの医療や妊娠出産に関するサポートが非常に優れているという話は日本でも有名だけど、もう一つ「産まない選択」はサポートされているのか、とエンリケに聞いてみた。すると彼は少し考え込むと、
「アボルト(人工妊娠中絶)は……詳しい件数はわからないけど、国が件数を管理しているので、一定の件数しかしないことになっていて、検査で胎児や母体に問題があることが判明して出産しないと決めた人や……これはおおっぴらには言えないけど医師に強いコネクションがある人が優先される。だから受けられない人もいる」
「受けられない人は産むしかないってこと? 育てられなくても? 産んだら養子に出すの?」
「いや、養子制度はキューバにはないんだ。だから親が育てられないならおじいちゃんおばあちゃん、すでに成人しているならきょうだいが養育する。養育する大人に何か、たとえば高齢すぎるとか、身体や精神に問題がある場合は国の養護施設に入ることになる」
「政府の養子になるんだ」
「その表現はいいね。でも養護施設に入っても、その子個人に対して配給は継続するし、病気になれば治療も受けられる。親に育てられる子どもと同じ教育は受けられる。その子が望むなら学校のほかに、ピアノでもバレエでもフットボールでも習いに行ける、もちろん大学もね。自由だよ」

 

わたしはその時日本で話題になっていた、養護施設を舞台にしたドラマを思い出した。あれは(その選択が子ども個人の「意思」であるようにしていたが)、どこかの家の、誰かの子どもとして保護されることこそが「幸せ」としていたように見えて、なんとなく面白くはなかったのだが、キューバでは独立した「個人」として国が扱っているわけか、と。こちらのほうがありがたいと思う子どもだっているだろうなあ。

 

「人工妊娠中絶の手続きや方法はよく知られていることなの?」
「みんな知ってるよ、だってテレビでときどき放送しているから」
「その番組、わたしこないだ見た気がするんだけど、あれは中絶の話だけじゃなかった」
「そうだよ。『産まない選択』は中絶だけじゃないからね、プロテクション(避妊)の話もしてたでしょう?」
「避妊の方法はだいたいコンドームを使うの?」
「ほとんどはそう。ピルも処方されるけど、診察を受ける必要があるし、あれは本来、月経周期の調整や婦人科の病気のために出される薬で、結果的に避妊にも効果があるだけ。これは番組でも言ってたと思う」
「緊急避妊ピル(Píldora del día después)は?」
「他の国ではドラッグストアで買えるところもあるって知ってるけど、ここにはないね」

 

「プロテクション」の深い意味

 

避妊のことをスペイン語で”Anticoncepción”というのだが、キューバではなぜか”Protección”(保護、防護)と言う人が多く、わたしはそれが気になっていた。婉曲表現なのかとも思ったのだが、どうやら番組で使われている表現の影響だったのかもしれない。わたしはその表現が非常に面白いなと思ったのでエンリケに「プロテクションって言い方はいいね。ほかの国ではこの表現、聞いたことがなかった」と言うと彼はこう言った。

 

「僕はね、妊娠させないことだけが目的なんじゃないからだと考えている。それは女性の身体を保護することだし、新しくできる子どもの命を無意味にしないよう守ることだし、いちばんは僕自身の身を守ることでもある。だって、自分の身も守れない人間を、誰が信頼してくれる?」

 

頭のいい、しっかりした男の子だなとは思っていたが、わたしはこの言葉にはちょっと驚きを隠せなかった。ラウル・カストロ国家評議会議長の娘、マリエラ・カストロが国立性教育センターのセンター長に就任して以来、こうした性教育やLGBTの権利擁護に力を入れている話は聞いていたし、彼の言っていたテレビ番組もその取り組みの一つであるとは思う。しかしこんなに明確に意識が浸透しているとまでは思っていなかったからである。

 

彼が言うには避妊だけを目的にしているわけではないので、性的少数者に対しても同様に「プロテクション」の啓蒙はしているという。数年前にゲイを主人公にしたキューバ制作のノベラ(連続テレビドラマ)まで放送され、ゲイの男性が、妻子もいるノンケ(だと本人も信じようとしていた)男性と恋に落ちて、ノンケ男性のほうが自分がゲイだったと気づき認めるまでの葛藤や周囲との軋轢が見事に描かれていて、これが若い層に大人気だったという。

 

「若い層に、なの?」と聞いたら、「僕らの親世代はまだ認めたがらない。でも僕らぐらいから変わってきてるよ。ただ人が人を愛して、幸せになって何がいけないの?」と言う。キューバ、始まったな。

 

隔離政策と自前のHIV薬

 

「じゃあもう一つ、HIVについて聞いてもいいかな?」とわたしが尋ねると、僕の知っている範囲なら、と前置きをして話してくれた。

 

キューバで最初にHIV感染の報告があったのは1986年、アンゴラ内戦にキューバから派兵された兵士が持ち帰ってきたのが発生源とされている。この少し前からキューバ政府はHIV検査実施を始めていたのだが、ここで一斉に検査を強化し、陽性者を集める「隔離施設」をつくり収容した。

 

あくまでこれは「療養所」であり、HIV陽性者の経過を観察し、AIDSを発症した際に迅速な治療を始めることを名目とした生活の場であって強制収容施設ではない。とはいえ最初の発生が軍人だったことからか、この療養所は軍隊の所轄で管理され、セキュリティには兵士が立ち、外出の際にも兵士が同行し(いちおう「無理解による差別や攻撃から感染者を守るため」という理由がついてはいたが、実際は監視である)、治療にも軍医があたっていた。その後「刑務所のようだ」という国民の意見から、すぐに入所者に対する待遇の改善はされ、ほとんどの療養所は閉鎖され現在では通院治療がメインとなっている。しかしいろいろな理由を抱え今でも残る療養所での生活を続ける人たちもいる。

 

人道的には問題がある対応であった、と思う。特に日本でのハンセン病患者の療養所の歴史を知っている者としては、あまりいい気分はしない。しかし最初の段階での迅速なこの「隔離」がキューバ国内でのHIVの感染拡大を食い止めたのは事実ではあるとキューバ国民は認識している。

 

現在キューバ国内にどれだけの感染者がいるかは明らかにされていないが、妊婦への検査の徹底で、ここ数年母子垂直感染は報告されていないということ、そして国民全体への「プロテクション」の教育が新規感染者の減少に効果を上げてはいるのだという。

 

そして治療に関しても、途中東西冷戦の終結から、ソ連という後ろ盾を失い経済的にもカツカツになったにもかかわらず、キューバは独自に抗HIV薬の開発と生産を続けている。外出や行動の制限はあったが療養所の入所者同士での恋愛は当初から自由であったし、カップルの同居も許されていた。この国はいついかなる状況でも恋愛に関して「だけ」は恐ろしく寛容なのである。

 

しかしそれが災いしてか感染者が別のタイプのHIVウィルスに二重感染して遺伝子変異が起きたりして、一時はキューバ国内でいくつもの新型HIVウィルスが発見されたという。こうした状況からキューバ製の抗HIV薬もまた定評があるのだが、特許の問題などで高額になりがちな欧米の企業が生産する治療薬とは異なり、これはキューバの意地をかけて採算度外視で生産しているようで、国際医療支援NPOなどが、途上国でのHIV治療支援にキューバ製の医薬品を採用していることもある。

 

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わたしがハバナに戻る前夜、エンリケがわたしにハイビスカスの花と、シュロの葉で器用に編み上げた鳥をくれて、「あなたもこの鳥のように飛んで行ってしまう」と寂しそうな笑顔で言った。

 

帰国後調べてみると、2012年5月のニューヨークタイムスに、キューバのHIV対策についての記事があり、その内容はエンリケのしてくれた話とほぼ一致した。これもまた、キューバ政府が公式発表している「統制された」情報であるのかもしれないが、それでもわたしは、特に高等教育を受けたわけでもない、インターネットに簡単に接続できるわけでもない環境にいる一人の若い男の子が、これだけのことを知り、考えてちゃんと語ってくれたことを驚きと畏敬の念をもって受け止めたいと思う。ありがとう、エンリケ。

(えぼり「漂流生活的看護記録」第2回了)

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