第3回 にんげんだもの。――なぜかキューバ その3

第3回 にんげんだもの。――なぜかキューバ その3

2014.10.06 update.

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えぼり

著者のえぼりさんは意識障害患者を多く抱える中小病院で看護師を続けるかたわら、国際医療支援のためだったり、ただ気が向いただけだったりで世界のあちこち、特にスペイン語圏を漂っていらっしゃいます。
日常の看護のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに!

 

ハバナで滞在していたカサ・パルティクラール(旅行者に自宅の一部を貸している宿泊施設)の階下にある別のカサ・パルティクラールには、宿泊客でもないのにほとんど毎日のように遊びに行っていた。宿の主であるエイダという70代の女性の話が面白かったからである。彼女はわたしが行くたびに「今日はいい男に出会ったかい?」と挨拶代わりに聞いてくるようなファンキーな人で。

 

 

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キューバ人の生涯平均結婚回数は3回から4回。エイダもその例にもれず、結婚の話を聞いてみると「公的な(証書にサインして登録した)結婚は2回、それ以外は……何回あったかしらね!?」と笑う。

 

日本では結婚すれば子どもも産むだろうと、(婚活に補助金まで出して)少子化対策を進めようとしているが、結婚しようが離婚しようが個人の人生にあまりアップダウンがないようにしたほうが、意外にみんな迷わず結婚するし、子どもだって産むんじゃないか。キューバ人を見ているとそう思えてくる。そのかわり離婚だってバンバンするようにはなるだろうけど。そもそも「結婚」が子どもをつくるわけじゃあるまいし、結婚していなければ子どもが育てていけないというシステムというのもまた難儀なものだよなと思う。

 

 

ガルバンゾのポターヘ

 

 

ある日エイダの家で、ガルバンゾ(ひよこ豆)のポターヘ(スープ)の作り方を教えてもらった。

 

①玉ねぎ1/2個を薄切りにし、みじん切りにしたにんにく1かけと一緒に鍋に入れ、油で炒める。

②そこへ3cm幅に切ったベーコン100gを入れさらに炒め、トマトペースト大さじ2杯、1cmの輪切りにしたにんじん、適当にざく切りにしたキャベツを入れ、スープの素と具材が全部隠れる程度の水を入れて煮込む。

③にんじんに火が通ったあたりで、下茹でして水気を切ったガルバンゾをカップ2~3杯入れ、野菜が煮崩れかけるまでさらに煮込む。

④最後に塩で味を調え、これを白ご飯にかけて食べる。

 

別にベーコンではなく、ソーセージでも鶏肉でも豚肉でも、ダシが出るなら何でもいいらしい。

 

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「子どもはあまりガルバンゾを食べたがらないんだけど、鉄分が多いから女の子は特にしっかり食べなさいって言われて、みんな育つのよ」

 

とエイダは言う。どこの国でも母親たちは同じようにして子どもを育てるのだなあと思い、一緒にテレビを見ながらスープかけご飯を食べる。

 

 

同じものを探しに

 

 

テレビでやっているのは「Laura de Todos」というメキシコのテレビ番組。司会のラウラ・ボッソに家族や恋人同士がトラブルを相談しているうちにエキサイトして公開で罵り合いつかみ合いのケンカに発展し観客席まで総立ちという、ルチャリブレ(プロレス)の国メキシコらしいとても悪趣味な名物番組なのだが、中南米一帯で放送されていて、ラテンのおばちゃんたちはみんなこの番組が大好きである。

 

キューバでも最近はメキシコの通信会社とキューバ政府の共同出資でインターネットや携帯電話、ケーブルテレビの通信インフラ整備が進みつつあり、一般家庭でこうしたメキシコのテレビ局の放送が視聴できるようになった。ホテルなどで(非常に高い)プリペイドカードを買って、WiFiに接続することもできるようになってきている。

 

「世界中どこも問題だらけだね」とわたしがテレビを見ながら言うと、エイダは首をすくめて言った。

 

「Porque……somos humanos!(なぜなら私たちは人間だから)」

 

その言葉はわたしの頭の中で、相田みつをの「にんげんだもの」イメージに訳された。ニュアンス的にも間違ってはいないはずである。

 

わたしが海外に出かけるたびに母はいつも、「世界中どこに行ってもただの人間がおるだけやで。それがもの食べて、てんでにいがみあったり仲良うしたりして生活してるだけやがな。何が面白うてそんなもんばかりわざわざ見に行くんや」と言う。

 

たしかに母の言う通りである。しかしわたしはこんなに面白いことがほかにあるもんか、と毎回思う。わたしは海外に行っても、名所や観光地を回ることがあまりない。どこかの普通の家庭に上がり込んで、そこで食事をして会話をしているほうがずっと楽しいのである。わたしは見たことのないものを見に行くためではなく、同じものを探しに行きたくて旅に出ているのかもしれないと思う。

 

 

コミュニケーションは足し算(ただし恋愛は……)

 

 

エイダのカサ・パルティクラールの近くに「カピトリオ・ハウス」という、日本のガイドブックにも掲載されている有名なカサ・パルティクラールがあり、日本人だけではなくアジア系の旅行者がよく利用している。そこが満室のときにエイダのところで客を受け入れていることがあるのだが、彼女はほとんど英語がわからず、またスペイン語を話す旅行者もいなかったため、わたしが来て話をしていくのが楽しかったのだと言う。

 

「今まで何を考えているのかわからなかった人たちのことが、やっとわかった気がするわ。やっぱりコミュニケーションって人生のために大事なことなのよ」

 

とエイダがしみじみ言う。

わたしがテレビ画面を指さして、「そうなのかなあ、人と人とが関わり合うからあんなトラブルが起きるんでしょう?」と言うとエイダは、

 

「そうね、でもコミュニケーションって足し算(suma)みたいなもので、こうして話し合って他人の人生を知ることで、自分の人生も増えて大きくなるのよ。でもなかにはマイナスを持ってくる人がいる。それだけのことでね。だからそんなマイナスを持ってくる人が来たって負けないぐらいに人生の財産(fortuna)をつくるために足し算のコミュニケーションをどんどんしていくの」

 

ここに来てから毎日のように実感していたのだが、本当にキューバ人というのは話好きである。たわいもない会話から真面目な話まで、言葉が通じるとわかると大人も子どももいろんなことを教えてくれる。わたしはその話を自分の人生の財産にしていけるだろうか、そして彼らの人生にも何かをほんの少しでも加えることができただろうかと考えていると、この旅でいちばん人生の財産になりそうなことをエイダは教えてくれた。

 

「ただし、恋愛は足し算じゃなくて掛け算(multiplicación)なの、増え方も全然違う、奪われるのもね。だからもし恋愛であなたの人生にマイナスやゼロを持ってくる人がいたら……すぐに走って逃げなさい!」

 

ありがとうございます、肝に銘じます。

 

 

エイダのお宿

 

 

さて、そんなエイダから「うちの宣伝をしといてちょうだい」とちゃっかり頼まれているので、ここで紹介することにする。

 

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ハバナの中心、旧国会議事堂の裏にあるサンホセ通り202番地にある10階建てのAmistad y Aguilaという集合住宅の9階にエイダのカサ・パルティクラールがある。もうそろそろエレベーターの修理も終わっていると思うので、わたしがいたころのように階段を上り下りする必要はないと思う。一泊10CUC(約1000円)で朝食と夕食付き、掃除も行き届いていてキッチンも好きに使っていい(ただしエイダは喘息があるので喫煙者はご遠慮ください)。

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  Sra. Eida Hernandez Rubio

  Calle San José (San Martín)

  No.202 e/ Amistad y Aguila,

  9no piso apto.903, Centro Habana

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(えぼり「漂流生活的看護記録」第3回了)

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