14-1 看取りをとおして思い知ったこと(最終回)

14-1 看取りをとおして思い知ったこと(最終回)

2014.4.02 update.

なんと! 雑誌での連載をウェブでも読める!

『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!

→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさんブログも

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【対談】「病院の世紀」から「地域包括ケア」の時代へ(猪飼周平さん×太田秀樹さん)を無料で特別公開中!

前回まで 

 

この連載を続けながら、いつも気になっていたこと、それは「看取られた方たちは、私のことをどう感じていたのかしら」ということです。死人に口なし、とは本当に怖い言葉。亡くなった私の家族たちは、もう私が何をどう書こうと文句は言えないのですから。
 看取りのなかで、自分に都合のいいように現実をねじ曲げて見ていないか。そのことが、魚の小骨のように私の心のなかに引っかかって、チクチクと心を嘖んできます。

 

「嫌悪感」の正体

 いくつかの忘れられない風景があります。
 あれは、実父が末期がんになって、私の家に一時帰宅した翌朝のことでした。わが家の台所には南向きの窓があり、海も見えます。透明な冬陽が注ぐダイニングテーブルに、夫の両親つまり義父母と、私の父が座っていました。そのころ、義父母はまだ80歳代の後半。2人は、三食を決して欠かしませんでした。だから、私たちの1日は、義父母の食事の時間に合わせて過ぎていくのです。朝、昼、晩、正確に同じ時刻に食事の用意をしないと、義父は機嫌が悪くなりました。
 私はときどき、食卓を囲みながら、義父母の顔をしみじみ見てしまうのでした。そういうときの自分の心持ちをどう表現していいのか……。もぐもぐと無言でごはんを食んでいる様子が、人間というよりも、老いた牛か山羊のように見えてきて、ああ、人は死ぬまで食べ続けるのか……という、生きものの業を感じて背筋がぞくっとしました。
 人間は、生きるために、ほかの生きものを喰らい続ける存在です。私は、そのことをすっかり忘れていました。ところが、義父母と同居するようになり、義父母がだんだん老いてきて、食べて、寝る……ということが生活の中心になってくると、生きるために食べているのか、食べるために生きているのか、わからなくなり、人間も動物だったことを実感してしまうのです。
 この実感は、なんとも恐ろしく、いつも嫌悪感を伴って現われてきます。
 健康ではあるけれど、老いによって次第に体力がなくなり、食べてはうつらうつらして、食べてはうつらうつらして……を繰り返すようになった義父母の「それでも三食を食べてしまう」姿に、いのちの尊さよりも「生きる意味を喪失した人間」を感じてしまい、怖くなるのです。
 あんなに動かないで、どうして三食も食べられるのかしら、と私は思っていました。自分が小食なので、よけいに不思議でした。でも長年、きっちりと三食を同じ時間に食べてきた義父母は、朝昼晩の時間になると淡々とキッチンに現われて、テーブルに座り、膳を待っているのです。
 そこに、末期がんの父が病院から一時帰宅というかたちで戻ってきて、もうすぐ人生を終えるであろう老人3人がじっと膳を待っている様子を見たら、それまで感じたこともないような、言い知れない嫌悪感を覚え、ああ嫌だ、こんな風景を毎日見せられたらたまらない、と思ってしまったのです。
 いったい人間は、なぜ生まれてきたのだろう?どうして老いて死ぬために生きているのだろうか?どすんと心が重くなっている自分を、どうすることもできませんでした。
 義父母と暮らすなかで、ふいに襲ってくるこの「嫌悪感」は、私自身の心の中にある老いへの不安、死への恐怖、そういうどろどろした感情がないまぜになって生じていました。
 日々の暮らしに追われているとき、仕事で忙しくしているときは気づかないのですが、ちょっと気を抜いた瞬間にふわっと、ああ嫌だな……という暗い気分になってしまう。ふだんは気にならない義父の一文字に結ばれた頑固そうな口元が、やけに小憎らしく思えてきます。私の顔を見れば、背中が痛い足が痛い手が痛いと、身体の不調ばかりを訴えてくる義母がうっとおしく感じます。ましてや、アルコール依存症の実父が、こちらの心配をよそに「おい、ビールないか?」などと冗談にでも言い出すと、もう、いいかげんにしてくださいよと腹立たしく、この老人たちがまるで自分を苦しめるために生き続けているような、そんな被害妄想的な気分に陥ってしまうことがあったのでした。

 

つづく

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訪問看護と介護

いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
いよいよ「消費増税」がなされます。この増収分は、すべて「社会保障の充実」に当てられる前提ですが、「どう使われるか」は気になるところ。3月号の第1特集では、社会保障の現場の担い手である専門職として知っておきたい「社会保障・税一体改革」のポイントを押さえます。第2特集では、同じくこの4月から第2次施行される「障害者総合支援法」をひも解きました。

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