9-2 帰ってこれなかったおばあちゃん−家で看取るということ〈その2〉

9-2 帰ってこれなかったおばあちゃん−家で看取るということ〈その2〉

2013.11.13 update.

なんと! 雑誌での連載をウェブでも読める!

『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!

→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさんブログも

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【対談】「病院の世紀」から「地域包括ケア」の時代へ(猪飼周平さん×太田秀樹さん)を無料で特別公開中!

前回まで

 

92歳のリハビリ

 私にわかっていたのは、おばあちゃんの体は元には戻らない……ということだけでした。
 一人で歩くことはできなくなりました。失語症のことを調べて、言葉を取り戻すには長いリハビリが必要なこともわかりました。
 もともと92歳です。目も白内障で悪かったし、足腰も弱っていました。それでも家では、身のまわりのことや簡単な家事などはできていました。健康ではありました。でも……やっぱり92歳の老人なのです。
 入院中、おばあちゃんは次第に痩せていきました。私たちがいないときはうつらうつらしている……と、おじいちゃんが言っていました。「寝てばかりおるんじゃ……。まったく」と。
 入院後2か月が過ぎると、病院はどんどんリハビリの準備を進めました。正直なところ、私は病院の対応にびっくりしました。
 「リハビリって何をするの?」
 「歩いてたよ。棒につかまって、伝い歩きの練習をしていた」と、付き添った夫が言いました。
 「まだ、はやいんじゃないかしら?」
 「だけど先生は、リハビリをしないと歩けなくなってしまうから、リハビリをしたほうがいいとおっしゃっていたよ」
 「でも、歩けるようになるのかしら……。歩けるようになったほうがいいのかしら?」
 「歩けるようになったほうがいいだろう。歩けないと、家に連れて帰っても介護できないよ」
 「そういうことじゃなくて……。だって、私はおばあちゃんが歩けるようになるって思えないんだもの。歩けなくても生きていく方法を考えたほうが、おばあちゃんにとって楽じゃないのかしら」
 「そういうことを言っていると、歩けなくなるって先生は言うと思うよ」
 がんばり屋のおばあちゃんは、本当にリハビリをがんばりました。
 「リハビリですよ」と言われると、自分から起き上がって、なんとか立とうとしていました。でも、その姿は本当にしんどそうでした。92歳のおばあちゃんに、こんなに苦しい思いをさせてでもリハビリはしたほうがいいのだろうか……。
 私はよくわからなくなってしまいました。何が誰にとって正しいのか、良いのか……。おばあちゃんの気持ちは、がんばり屋だから「リハビリして治りたい」のかもしれません。私が怠け者だから、自分の価値基準で判断しているだけなのかもしれません。
 「おじいちゃん、おじいちゃんはどう思う?」
 おじいちゃんは、涙声で言いました。
 「わしゃ、はやく家に帰してやりたい。家でリハビリはできんのかの?」
 「家でリハビリは難しいかもしれないねえ……」
 病院はどんどんリハビリメニューを出してきました。病院は体を治すことが仕事ですから、できることをどんどんするのです。
 「状態を見ながら、言語聴覚士と失語症のリハビリについても考えていきましょう」
 「あの……、実際のところ、おばあちゃんは今どういう状態なのですか?」
 「ですから、左半身麻痺と失語症があります」
 「そうではなくて、体力的にというか……。リハビリして、また歩けるようになるんでしょうか?」
 「元のとおりというのは難しいでしょうねえ。なにぶん、ご高齢なので……」
 「では、どのくらい回復するんでしょうか?」
 「それは個人差があるので、何とも言えません。ご家族が話しかけたりすることで、ずいぶんよくなる場合がありますよ。ただ、なにぶん、ご高齢なので……」
 なにぶん、ご高齢なので……。
 この言葉を何回も聞きました。そうなんです。「老化」は病気ではないのです。老化は治療できません。しかし、人間は老化します。どうしたって老化して、いつかは死にます。若い人と同じように治療しようとするのは、酷なのではないか……と私は感じました。
 でも、それは老人だから治療をあきらめろと言うことか?と自問しました。
 うまく答えが出ませんでした。

 

つづく

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訪問看護と介護

いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
9月号で大賞を発表した懸賞論文「『胃ろう』をつけた“あの人”のこと」。10月号では全国から多数ご応募いただいたなかから、訪問看護師さんの作品を中心にご紹介します。かけがえのない“あの人”との物語と個性豊かな地道な取り組みの数々から共通して見えてきたのは、一看護師として迷いながらも寄り添い続ける姿です。併せて「あなたは胃ろうをつけますか?」という問いにもお答えいただきました。

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