かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2013.11.06 update.
『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!
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→イラストレーターは安藤みちこさん、ブログも
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・【対談】「病院の世紀」から「地域包括ケア」の時代へ(猪飼周平さん×太田秀樹さん)を無料で特別公開中!
おばあちゃんが脳梗塞で倒れて入院している間、おじいちゃんは会社に出勤するように病院に通い続けました。ほとんど一日中、病院にいました。看護師さんや入院患者さんと談話室で会話するのを楽しんでいるように見えました。おじいちゃんは、介護……はしません。何をしてよいのかわからないのだと思います。これまでずっと、おばあちゃんが身のまわりの世話をしていましたから。
日がな一日、ベッドサイドに、ただじっと座っているおじいちゃん。
私たちが見舞いに行くと、すっと退いて、うしろから見ています。
「おばあちゃん、今日は具合はどう? 気分はいい?」
声をかけるとおばあちゃんは、はっと正気に戻ったように目を見開いて、何かしゃべろうとします。その声は「言葉」にはなりません。でも、おばあちゃんは自分が失語症であることを理解していないので、しゃべっているつもりでいます。
そんなおばあちゃんの様子を、おじいちゃんは途方に暮れたように眺めていました。
「おじいちゃん、おばあちゃんはこちらの言葉はわかるんだよ。でも、しゃべれなくなっているんだよ」
「うん。おばあちゃんはな、入れ歯がないからな、ようしゃべれんのや。はよ、入れ歯を入れてやらにゃなあ……」
入院後に二人の間にどんな交流があったのか、私にはうまく想像できません。
私は、おばあちゃんの耳元で、繰り返し事情を説明しました。
「おばあちゃんは、脳梗塞の発作で倒れました。病院に運ばれました。今は、発作のせいで、うまくしゃべれなくなっています。これから、リハビリをして治療します。安心してください」
うんうん、とうなずいていましたが、どれくらい理解してくれていたかはわかりません。また、半身も麻痺していたおばあちゃんの心がどんなふうだったか、私には理解できません。
わからないことばかりなのだ……と思いました。家族として毎日一緒にいたけれど、いざ、おばあちゃんが倒れてみると、おばあちゃんの心がさっぱりわかりません。不安なのだろうなあ、つらいのだろうなあ……。それくらいしかわからないのです。何を望み、どうしてほしいのか、コンタクトできないのです。
おばあちゃんは、おじいちゃんよりもずっと気丈な人でした。戦中戦後を生き抜いた日本女性です。本当に強くて忍耐強い人でした。けっして弱音は吐かず、「がんばらにゃな」が口癖でした。
おばあちゃんがあんまり「がんばらにゃ、がんばらにゃ」と言うので、あるとき「がんばりたくありません」と反発したことがありました。
ちょうど私の父が末期がんで倒れて、病院をたらい回しにされて毎日付き添いに行っていた頃でした。次の転院先も見つからず、父の容体もどんどん悪化して、アルコール依存症のせん妄が続いており、精神的にまいっていました。その私に、おばあちゃんは「お父さんもがんばっとるけん、がんばらにゃあな」と励ましてくれたのです。
その励ましに、私はなんだかつらくなってしまい、「これ以上がんばれません。がんばりたくもありません」と泣き出してしまったのでした。
おばあちゃんはとても困っていました。励ますつもりだったのに、気持ちがすれ違ってしまったからです。前向きに何かを乗り越えていこうとする力が本当に強い人でした。だから、おばあちゃんの本当の心はどんなふうなのか、私にはよくわからなかったのです。
おじいちゃんは、そういうおばあちゃんにずっと頼って甘えてきたものですから、おばあちゃんが倒れたあとのおじいちゃんは、母親を失った子どものようでした。
おばあちゃんは、入院中もとても気丈でした。倒れて入院しているのに、おじいちゃんを支えているのはおばあちゃんのほうだったのです。
いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
9月号で大賞を発表した懸賞論文「『胃ろう』をつけた“あの人”のこと」。10月号では全国から多数ご応募いただいたなかから、訪問看護師さんの作品を中心にご紹介します。かけがえのない“あの人”との物語と個性豊かな地道な取り組みの数々から共通して見えてきたのは、一看護師として迷いながらも寄り添い続ける姿です。併せて「あなたは胃ろうをつけますか?」という問いにもお答えいただきました。