第12回 漢方の副作用を考える【2】

第12回 漢方の副作用を考える【2】

2011.7.23 update.

津田篤太郎

医師。専門はリウマチ膠原病科・漢方診療。2002年に京都大学医学部を卒業し、天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター、東京都立大塚病院リウマチ膠原病科を経て、北里大学東洋医学総合研究所で漢方を中心に、JR東京総合病院リウマチ膠原病科では西洋医学と漢方を取り入れて診療している。

前回はこちら

 

有害事象としての副作用

 

三つ目は「有害事象としての副作用」ですが、ややこしい表現ですね。お薬は一つの作用だけではなく、いくつもの作用をもつことがありますが、副作用、つまり「もうひとつの作用」が、困った、有害なことを起こした場合のことを「有害事象としての副作用」と呼びます。例をあげましょう。麻黄、という生薬があります。これは風邪薬として有名な葛根湯をはじめとして、たくさんの処方に入っている生薬で、咳を止めて呼吸をしやすくする作用を持っています。麻黄には、エフェドリンという成分が入っていて、交感神経を刺激することにより、気管支を拡げて呼吸をしやすくするというメカニズムが知られています。

 

ところが、交感神経は、そもそも咳を止めるためだけに、からだに備わっている神経ではありません。人類がまだ狩猟生活をしていた時代、肉食獣に追いかけられて全速力で逃げたり、肉食獣と闘うということが頻繁にあったと思われます。そのようなとき、人間のからだは、心拍数を上げ、血圧を上げて全身の筋肉に血液が回るようにし、気管支を広げて呼吸しやすいような状態を作り、走っている間に空腹を感じないようにし、脳は即座にはっきりと判断できるように覚醒度を上げます。これらの反応を同時に素早く行うには、担当する臓器を一本の神経でつないでおいて、なるだけ少ない種類の物質で反応を起こするようにしておく方が効率的です。それが交感神経の働きと考えられています。

 

エフェドリンが交感神経を刺激することは、実は漢方以外でもよく利用されています。手術中に、急に出血したりして、血圧が下がったとき、血圧を上げるためのお薬としてエフェドリンは良く使われていますし、エフェドリンから作られるある物質は、覚せい剤としての作用があり、法律で厳しく使用が制限されています。これらはみな、一つの物質に対してからだがたくさんの反応を起こしてしまう、ということからきています。

 

従って、麻黄が入っている薬を飲んで、血圧が上がったり、動悸がしたり、胃もたれがしたり、眠れなかったり、ということが起こりうるのです。これは、お薬の性質上、ある程度しかたのないことです。漢方医は、お薬の持っている性質を良く理解して、血圧の高い人、不眠傾向のある人については、麻黄の入った薬を慎重に処方するなど、きめの細かい対応が要求されます。

 

有害事象としての副作用、もうひとつだけ例をあげましょう。甘草という生薬があります。読んで字のごとく、甘草を噛んでみると、口の中に独特の甘みが広がります。この生薬は、漢方処方の8割ぐらいに含まれていて、極めて広く使われています。漢方薬はしばしば苦くて飲みにくいことも多いですが、甘草が入ることにより幾分それが和らぐ、といった効果もあるようで、薬以外でも、醤油やスナック菓子などの調味料としても使われています。

 

この甘草、ただ甘いというだけではなく、グリチルリチンという薬効成分を含んでおり、優れた抗炎症作用があります。この成分も西洋医学の世界で利用され、蕁麻疹や慢性肝炎の治療薬として活躍しています。ところが、この薬も、ひとによってはむくみの原因になったり、低カリウム血症といって、血液中の塩分バランスが崩れてしまう、ということが起こりえます。

 

昔の本を見ると、「甘草によるむくみは瞑呟だから、良い兆候である。むくみは五苓散を併用すればよい」と書いてあったものもありましたが、現在では基本的に甘草の入った薬を中止します。また、醤油やスナック菓子を制限すれば良くなるという先生もいらっしゃいます。逆に、今の日本人は知らず知らずのうちに甘草を取り過ぎているので、漢方薬は甘草を減量してちょうどバランスが良くなるんだ、という説もあります。最近では、甘草で副作用を起こしやすい遺伝子異常というのも指摘されています。

 

 

薬煩

 

最後に、薬煩です。これは、今の言葉で言うとアレルギーおよび過敏症のことで、患者さんとお薬の相性が合わず、その結果起こってくるいろいろな有害事象です。患者さんのなかには、あの薬は発疹が出る、この薬はだるくなる、その薬は胃の具合が悪くなる…と、山のように「ダメな薬」のリストを持ってこられる方がいます。このように、薬に非常に敏感な人は気鬱であることが多く、お薬を減量して出しなおすか、香蘇散をはじめとした気剤の処方を考えます。

 

薬煩は漢方薬に限らず、西洋医学の薬でもサプリメントでもどんなものでも起こりえます。比較的よくあるパターンでは、あるお薬を処方して、数カ月後、血液検査をしてみると、肝臓の数値が高くなっている。それで、お薬をやめたところ、すっと数字が下がる。この間、患者さんは何の症状も訴えない、というような経過ですが、ごく稀に、命にかかわるような重大な有害事象に発展することもあります。

 

20年ほど前に、慢性肝炎でインターフェロンというお薬を使っていた人に、小柴胡湯という漢方を併用したところ、肺に炎症が起きて呼吸困難に陥った症例の報告が相次ぎました。おそらくアレルギーと考えられますが、漢方医の中には「慢性肝炎イコール小柴胡湯が効く、という安易な考え方で処方を出した結果、本当は小柴胡湯が向いてない人にも処方していたのではないか?」、つまり誤治ではないか?と疑っている人もいます。昔の人が小柴胡湯という薬を作った時代には、インターフェロンという薬は影も形もなかったわけで、二つの薬を同時に使っても安全かどうかは、誰にもわからないのです。いろんな薬を飲んでいる現代人に漢方薬を出すときは、昔の医者が注意する必要が無かったことまで十分に気を配らないといけない、ということなのかもしれません。

 

次回は「かぜ」についてのお話です。お楽しみに。

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