第8回 「水滞」に悩まされる日本人

第8回 「水滞」に悩まされる日本人

2011.5.13 update.

津田篤太郎

医師。専門はリウマチ膠原病科・漢方診療。2002年に京都大学医学部を卒業し、天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター、東京都立大塚病院リウマチ膠原病科を経て、北里大学東洋医学総合研究所で漢方を中心に、JR東京総合病院リウマチ膠原病科では西洋医学と漢方を取り入れて診療している。

さて、「水」のお話に移ります。「気」・「血」では、うまく体をめぐっていかず滞りが生じる場合(気鬱・瘀血)と、量が不足する場合(気虚・血虚)の2通りの異常が論じられるのですが、「水」のときは、滞りの生じる「水滞」というパターンに対し、量が不足するパターンを現す概念がどういうわけか見当たりません。

 

中国医学では、「津液不足」という概念があって、組織の乾燥や全身の脱水症状を指すのですが、そもそも中国では気血と「津液」を少し別に考えているようなところがあり、日本漢方の「水」と中国でいう「津液」を同じと考えていいかどうか、やや議論が分かれるところがあります。ひょっとすると、日本は雨が多く、水に恵まれた風土であるために、水分不足はあまり問題にならなかったのかもしれません。粘膜や皮膚の乾燥に関しては、「血虚」に属すると考えますし、熱射病での脱水症状は、後述する「陽明病」の項で記載されることが多いです。

 

「水滞」の原因は日本人の胃腸にアリ?

 

反面、日本人は「水滞」にはずいぶん悩まされた民族といえそうです。水が滞ってダメージを受けやすい代表的なからだの場所のひとつが、胃腸です。脂っこい中華料理や、肉食の多い欧米料理にくらべ、日本料理はカロリーが少なく、ヘルシーな印象がありますが、私は、日本人の胃腸がそういう料理しか受け付けなかったからではないか?と思っています。

 

「水滞」と胃腸の関係については、江戸時代の医師、百々漢陰(1774?1839)が面白い譬えを使って説明しています。「人間の胃腸は、台所のシンクのようなものだ。いつも水を流さざるを得ないところだけれども、出来るだけ乾燥させておかなければ、カビや錆が生じてしまう。胃腸も水分や食物を受け入れる器官だが、できるだけ水分がたまらないように、乾くようにしないと傷んでしまう」

 

「水滞」の症状とは…

 

胃腸に水が溜まるとどんな症状になるかというと、みなさん経験があるかもしれませんが、二日酔いの症状を思い浮かべていただくといいと思います。頭痛がして吐き気がひどく、吐くんだけれども、のどが渇いて…といった症状です。こんどそういう症状が出たら、横になってみぞおちのあたりを軽く叩いてみてください。そうすると、ポチャポチャと水が溜まっているような音がするはずです。外来でも、「胃が悪いんです」と言う患者さんのおなかを診察してみると、こういう音が聞こえることは多いです。

 

西洋医学的には、二日酔いの症状を、アルコールの代謝産物によるアセトアルデヒドの中毒症状と考え、血中濃度を下げるべく、大量の点滴をおこない、アセトアルデヒドが尿から排出されるのを待つのが治療になるのですが、漢方では、酒の毒によって、胃腸の働きが落ちて、水分が吸収できない状態と考えます。一方、からだの中は、水分が吸収できず、アルコールによる利尿作用も相まって、脱水状態です。そこで脳は、水が足りない、水を飲むように、と命令を発するのでのどが渇くわけですが、ここで水を飲むと、胃腸にさらに負担がかかってしまい、水分の大渋滞が起こってしまいます。そして、限度を超えると吐いてしまうわけです。

 

次回はこんな二日酔いのときに処方する薬について述べていきます。 

このページのトップへ