かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2011.6.12 update.
医師。専門はリウマチ膠原病科・漢方診療。2002年に京都大学医学部を卒業し、天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター、東京都立大塚病院リウマチ膠原病科を経て、北里大学東洋医学総合研究所で漢方を中心に、JR東京総合病院リウマチ膠原病科では西洋医学と漢方を取り入れて診療している。
前回までで、ざっと、「気」「血」「水」のお話をしました。世間一般に使われる、「気のせい」という言葉が、漢方の世界ではちょっと違う意味で使われていることは、すでに述べました。「あなたの病気は気のせいです」という表現にやや語弊があるのは、“気のせい”の意味が違う、ということ以外に、100%気のせいである病気、という状況は実際には少ない、ということもあるからです。
多くの患者さんは、「気」の障害が何%、「血」の障害が何%、「水」の障害が何%、というように、複数の項目にまたがって治療が必要です。漢方処方でも、「100%気剤」で出来ている処方とか、「100%補血剤」で出来ている処方、というのは無いわけではありませんが、実際に使われる頻度はあまり多くありません。気のめぐりが悪くなると、だいたい血や水にも悪影響を及ぼしますし、血や水が悪くなると、やはり気のほうも問題が生じます。人間の体で働いているシステムは、互いに有機的に関連しあっているというのが、漢方らしい発想です。
前回お話しした五苓散は、猪苓・茯苓・朮・沢瀉という、4つの水のめぐりを良くする生薬に、桂枝(シナモン)という、気のめぐりを改善する生薬が配合されています。実は、五苓散から桂枝を取り除いた処方で、四苓散という薬もあることはあるのですが、処方される機会は非常に少ないです。水のめぐりが悪くなっている人は、たいてい気のめぐりも悪くなっていることが多い、という経験上の事実が、処方に反映されているのだと考えられます。
水のめぐりといえば、比較的若い女性に多い訴えに、足のむくみがあります。「かんかん!」読者の中には、おそらく長時間の立ち仕事を強いられている方も多いでしょうが、それほど立ち仕事をしていないのにむくむ、という人は、色白で貧血気味で、華奢で、冷え症に悩まされていることが多く、こういう時にお出しするのが当帰芍薬散という薬です。
当帰芍薬散には、水のめぐりを良くする生薬が3種類、茯苓・朮・沢瀉が含まれています。五苓散には、猪苓が含まれていましたが、猪苓には熱を取って炎症を抑える作用があり、冷え症のひとに使うのが不適切なため、当帰芍薬散には含まれていません。また、「血虚」「瘀血」に効く薬が3種類、当帰・芍薬・川芎が含まれていて、補血薬の代表選手である「四物湯」に比べると、地黄が省かれています。華奢で色白な女性は、胃腸の機能が低下していることが多く、地黄は補血の作用に優れるのですが、反面胃もたれすることが多いため、当帰芍薬散には含まれていないのです。
胃腸が弱いと、栄養が十分に吸収できないので、筋肉が付きにくく華奢になります。また、毎月の生理がある上に、鉄分もやや吸収しにくいのか、貧血気味になって色白です。さらに筋肉が付きにくいと、むくみやすくなります。水分は重力に従って足の方に落ちますが、足の筋肉が動くとそのたびにグイグイと心臓の方に血液を引っ張りあげてくれるので、むくみ水分もその血流に乗って体の方に戻っていきます。ところが、足の筋肉が少ないと、こうしたむくみを解消するメカニズムも働きにくくなります。
漢方を勉強する前から、「どうして鉄欠乏性貧血の人はむくみっぽいのかな?」と思っていましたが、漢方の考え方を導入すると、見事に説明ができることに気付きました。それと同時に、当帰芍薬散がいかにうまく設計された薬か、理屈の通った薬かが良く分かります。漢方医の間で、色白で華奢でむくみっぽい女性のことを「当芍美人」と呼んだりしますが、そういうタイプの女性が結構いるということなのです。私の漢方の師匠、花輪先生は、「竹久夢二の美人画のような…」と表現されています。
当帰芍薬散でも胃がもたれる、という人もいます。その場合、煎じ薬ならば薬用人参を追加したり、当帰芍薬散の処方自体をあきらめて、人参を中心とした「補気薬」の処方に切り替えたりします。また、冷えが強い場合は、附子(トリカブト)という、からだを暖める作用のある生薬を追加することもあります。このように、生薬を単品で追加することを「加味」といいます。
人参や附子の加味は、当帰芍薬散がどういう人に処方されるのか、その趣旨を十分に十分に織り込んだものと言えますが、たとえば地黄を加味したとすれば、それは、当帰芍薬散の処方の主旨からずれている、ということになります。実際の臨床ではいろんな状況があるので、こういう「ずらし」のテクニックが必要な時もありますが、加味には、ある程度のルールがあって、先達の漢方医が遺した書物に記載されている加味の仕方を踏襲することが多いようです。漢方医は、加味をうまく使いこなすことにより、処方の幅を広げ、気・血・水の枠組みをまたいで効果を発揮するようにさせることができるし、また、それが漢方医の腕の見せどころのひとつでもあると言えるでしょう。