【座談会】スタッフの身体を護る古武術介護の発想法

【座談会】スタッフの身体を護る古武術介護の発想法

2011.2.18 update.

座談会演者 イメージ

座談会演者

写真左から順に
中村秀敏 (小倉第一病院副院長、以下、中村)
鬼釜直子 (小倉第一病院介護福祉士、以下、鬼釜)
西千晶 (同、以下、西)
岡田慎一郎 (理学療法士・介護福祉士、以下、岡田)

介護者の負担を軽減する介護法として広がりを見せている古武術介護。透析病院である小倉第一病院も、2年前から年に数回、提唱者である岡田慎一郎氏を講師に招いた講習会を継続的に開催している。古武術介護は現場をどう変えるのか――


介護ニーズが高まる透析医療の現場

 

中村 2007年の暮れにかけて、定年退職、寿退職、ぎっくり腰で、介護スタッフ3人が一気に抜けちゃった時期があったんです。うちの介護スタッフは10人体制なので、3人抜けると大変なんですよね。一気にスタッフの悲鳴が聞こえるようになりました。看護部からも、ちょっと介護の人たち大変ですよ、このままじゃ崩壊しちゃいますよ、と伝えられました。

 

鬼釜 あの頃はきつかったですね。一日中動いていなければいけないので、どうしても体力勝負になっていました。シフトが厳しくなって、休めないので疲れがたまって、という悪循環でした。

 

仕事中は、患者さんのことで気が張っているから大丈夫なんですが、帰ってからどっと疲れが出る。私は整骨院とか行ったことはありませんが、周りの人はけっこう行ってました。

 

西 休憩室に置いてあるマッサージ機は取り合いでしたね(笑)。

 

中村 透析医療もここ10年くらいで患者さんがものすごく高齢化してきています。糖尿病の方とかだと足の切断とか、高齢化+合併症で自立度が低下している患者さんは年々増えています。

 

当院の場合では、透析室のベッド状況に合わせて、病棟と透析室の間で患者さんを移動させなくちゃいけないんですが、介護士、看護師ともに介護の負担が大きいのが実情です。

 

そんなとき、ある看護師さんから「古武術介護って知ってますか?」って教えてもらったんです。ちょうど、私の愛読書であるマンガ『ゴッドハンド輝』でも古武術介護が紹介されていて、それで岡田先生にコンタクトを取りました。

 

最初にメールでご連絡したのが2008年2月。お忙しいなか日程を調整してもらい、2008年7月7日に初めて当院に来ていただくことができました。その後は年間4?5回のペースで来ていただいています。

 

岡田 小倉では、講習会だけでなく、現場で、実際の患者さんにご協力いただき介護技術を見直すという実践研修も行っており、私自身も毎回、すごく勉強になっています。

 

透析病院というと、比較的動ける方が多いイメージがあったんですが、実際に来て見ると、障害者や介護施設に負けず劣らず、ハードな身体介護が求められる現場だと感じました。

 

かつてより、透析期間も長期化し、同時に患者さんの高齢化で要介護度も高まり、入院の方も通院の方も介護ニーズは高いと感じました。

 

これまでの介護の技術は、ある程度動ける方が基準となって構成されています。しかし、現場の実情を見ると、その発想だけでは通用しない部分が大きくなってきているように思えます。

 

最初は「好奇心」と「驚き」

 

中村 そういう大変な状況でしたから、スタッフの身体を守るものであれば何でも試したい、というところはありました。たとえば一度、腰痛防止のためにリフトを2週間くらい置いて使ってもらったことがありました。僕はきっと、「正式導入してほしい」と言われると思っていたんですが、実際には現場から、「いらない」といわれた。たしかに負担はかからないんだけど、時間がかかるんですね。自分でやったほうが断然早い、と。

 

岡田 リフトは確かに有効なものですが、制度やさまざまな職場環境などを考えると活用する機会が限定されてしまうんですよね。家庭介護のような1対1ならば大いにすすめられますが、病院、施設のように、1対多の現場では、時間的な観点も要求されます。一部ならばともかく、全面的なリフトの導入は現状では難しいかもしれませんね。

 

西 確かに安全なんですが、手軽じゃない。移動に2人必要で、ベッドとベッドの間に入らなくて、いちいちベッドを移動させなきゃいけなかったりとか。

 

中村 そんななか、古武術介護はすごくスタッフに好評でした。どうして古武術介護は、スタッフの皆さんに受け入れられたんでしょう。 

 

西 何回も続けて参加している人も多いですよね。みんな、最初は「古武術」って言われてもピンとこないじゃないですか。それで、どんなのかなっていう興味で受講してみたのが最初です。そうすると、驚きがあるんですよね。私も、自分の体重の倍近いような大きい人を抱え上げることができてびっくりしました。

 

鬼釜 そうですね。私もやっぱり最初は好奇心で参加してみて、実際にすごく効果があるので驚く、という感じでした。手の構え方とか重心の寄せ方によって、それまで絶対無理だった人を抱えられるようになるというのが、すごく不思議でした。

 

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古武術介護を実践にいかすコツ

 

岡田 ありがとうございます。でも、講習会でできたことって、すぐに現場で応用できましたか?

 

鬼釜 正直なところ、最初はほとんど応用はできませんでした。まだ自分で消化できていなかったんだと思います。その後、2回、3回と受講して、また現場で試してということを繰り返していくうち、最近になってすごく変わってきた実感があります。 

 

西 岡田先生はすごく丁寧に教えてくれるし、頭では理解できるんですが、自分が実際にうまくできているか、ということはなかなかわからないし、不安でしたね。

特に、講習会から何日か立って、それまで身につけてきた自分の癖のようなものが出てくると、だんだんと「どうするんだっけ?」「どうだったかな?」とわからなくなってくるんです。その意味では、連続講座を受けてみたいな、ということはいつも思っていました。

 

中村 自分の癖が出てくる、というのはおもしろいですね。プロとして完成している形を持っている人ほど、逆に岡田先生の方法を取り入れることが難しい傾向はあるようですが。

 

岡田 そうですね。基本的な介護技術などをきちんと学んだ人ほど、それらがある種の前提条件になってしまうので、それに当てはまらない状況ではなかなか対応できない、という面はあると思います。でも、それも発想次第で、一度、そういう固定概念を外して取り組んでみると、基本技術の知識もさらに生きてくる、ということもあります。

 

どんな理論であっても、それを実践していくときには自分の身体を動かすしかないわけです。そのときに、身体の動きの質が悪いと、その理論を十分実践にいかしきれないことが問題なんですね。

 

古武術介護に取り組むことで「技術以前の体の使い方」が変わってくると、理論を実践にいかしていく精度がすごく変わってくる。そのことに気がつくか、つかないか、というところが大きいと思います。 

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「技術を自分で作る」

 

中村 二人も言っていましたが、何度か岡田先生に来ていただいて、「これは連続して、まとまった時間勉強してもらう必要がある」と考えるようになりました。そこで2009年2月に、合宿を企画しました。本当は毎週講習会ができるといいのですが、岡田先生も全国を飛び回っておられるのでそれは難しい。単発ではあるけれど、長時間教えていただくのがよいと考え、また、ひとまず少数精鋭で教えてもらって、その人たちに他のスタッフを引っ張ってもらおうという趣旨から、西さん、鬼釜さんを含めた介護士4人を選抜して参加してもらいました。

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岡田 合宿ではあえて、介護技術そのものはテーマとせず、身体の動きの質を変える、ということに専念するようにしました。「こういうふうに体を動かすと、負担がかからない動きができる」という体験を繰り返してもらったのですが、実はそれを介護現場に応用するのは、結構難しいんです。でも、まとまった時間の講習会でしたので、まずは、思っているよりも幅広い、大きな可能性が自分の身体のなかに眠っている、ということを知ってもらうことが大切だと思ったんです。

 

表面的な技術をいくら積み重ねても、現場の問題は本質的には解決しない。逆に、根本的な動きが変わってくると、個々の問題に対して、柔軟に応用して対応をしやすくなる。

 

一口に言えば「技術を自分で作り上げられるようになる」ということが大事で、そうなってくると、介護の仕事にも、より深みが出てくるんじゃないかなと思うんです。

 

こういう講習のやり方って、なかなか2時間の講習会では難しい。その意味では、合宿という形は貴重でした。

 

一人ひとりの技術は、違っているほうがいい

 

西 以前、「これであってますか」と岡田先生に聞いたとき、「こうなったらできた」「こうなったら完成」と考えるのはあまりよくないですよ、と言われて「なるほど」って思ったんです。

 

「こうしなくちゃいけない」といった、はっきりしたゴールを設定されるとどうしても苦しくなってしまう面ってありますよね。先生の考え方を取り入れながら、新しい自分のやり方、自分の技術を少しずつ作っていけばいいのかな、と。

 

鬼釜 西さんにできることと、私のできることは違うし、同じことができる必要はないんですよね。自分や相手の体格とか、それまで培ってきたものに合ったやり方でいいんだな、と考えると、すごく気が楽になりました。

 

西 介護士だって一人ひとり違うし、患者さんも一人ひとり違う。その場その場で、新しいやり方が生まれてくる、ということなんですよね。

 

岡田 ここまで理解していただけていると、本当に嬉しいですね。「お互い違う」って、当たり前だけどけっこう大事なことです。われわれは、「正解」を求める教育を受けてきていますから、なかなかそういう発想にはなれない。

 

よく「うちの施設は統一した介護技術を提供してます」という管理者の方がいます。しかし、裏を返せば、介護者の身体がもつ個別性を考えていないということじゃないでしょうか。それは、患者の個別性を考えない、マニュアル的な対応にもつながってしまうように、僕は思います。

 

標準化ということが強調される時代ではありますが、一人ひとりが違う、ということが、実は患者さんへのよりよい対応の仕方を考えるうえで、ベースとなるんじゃないかと思うんです。お二人のようなスタッフであれば、技術的にも、患者対応でも、柔軟にされているんじゃないかと感じます。

 

看護師さんやPT、OT相手の研修会でも、どうしても派手な技術に目が行ってしまいがちです。僕がウケを狙ってそういうのをやるのが悪いという話でもあるんですが(笑)、最終的に僕が伝えたいことは「根本にある身体の動きの質を変えること」と「発想を変えること」なんです。

 

身体の動きの質と、発想法が変わってくれば、現場での対応力もグンと上がってくるし、そのことが、介護職のステータスアップにもつながるんじゃないかと思っています。

 

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実地で学び、言葉と映像で復習する

 

鬼釜 古武術介護を自分なりに消化してきたあと、それをどうやって後輩や同僚に伝えていけばいいのか、ということに悩むことがあります。体で覚えていったものだから、それを言葉にして伝えるのはちょっと難しい。

今はとにかく一緒にやりながら、相手のやり方に対して「もっとこうしたらいいよ」といったアドバイスをするような形です。

 

岡田 小倉第一病院で古武術介護導入が継続している理由の1つが、机上の空論ではなく、とことん現場の実践を意識しているからではないかと思います。事例検討的な講習会や、現場に背理、実際の患者さんに対して介護をさせていただくなど、実践形式で実習するからこそ、本質的な部分をより理解してもらえるのかな、と思うんです。

 

たくさん本を出している自分が言うのもなんですが、本だけを読んで講習会に来られた方からは、「思っていたのと違う」ということをしばしば言われるんです。

 

やはり、言葉や写真、あるいは映像では、形はなぞれても感覚は伝えきれないと思います。あくまでも実技体験がメインで、書籍やDVDは補完という役割になってくるんでしょう。

 

中村 でも補完で十分なんだと思いますよ。聖書だって毎週毎週、牧師さんや神父さんが読み解いてくださるから、わかるわけですから。

 

当院ではe-learningにも積極的に取り組んでいて、スタッフ全員にiPod-touchを配って教育コンテンツにいつでもアクセスできるようにしています。そのなかで、岡田先生のコンテンツも作っているんですよね。講習会のもようをまとめ、動画にして見られるようにしています。

 

これは岡田先生のコンテンツに限ったことではないですが、いわゆる新人研修で、院内感染とか医療安全についての話を聞いても、入職したばかりの新人にとってはリアリティーがどうしてもないんですよね。少し仕事をしてからのほうが、そういう話は入ってきやすい。

 

でも一方で、新人のときじゃないとそんなまとまった研修の時間は取れないし、院内感染予防、医療安全についての話をまったくせずに病棟に入ることはやはりリスクなんです。

 

e-learningには、そういうジレンマを解消する面があると思います。最初に研修は受けさせるんだけど、見たくなったらいつでも見なおすことができる。そうやって学習を深めてもらいたいと思っています。

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[2010年4月14日、小倉第一病院にて収録]

DVD+BOOK 古武術介護実践篇 イメージ

DVD+BOOK 古武術介護実践篇

2009年9月刊行。A4大判、400点以上のカラー写真、85分のDVDで岡田慎一郎氏の古武術介護、すべてがわかる一冊です。

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