医療者のための心の技法 第3回

医療者のための心の技法 第3回

2010.11.04 update.

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名越康文

1960年生まれ。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院精神科主任を経て、99年、名越クリニックを開業。専門は思春期精神医学。精神科医というフィールドを越え、テレビ・雑誌・ラジオ等のメディアで活躍。著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『薄氷の踏み方』(甲野善紀氏と共著、PHP研究所、2008)などがある。

第2回よりつづく

 

3年で辞めないために(3)

 

テクニックとしての「俯瞰で見る」

 

自分の職場にどっぷり漬からず、一定の距離をとる。そういうことができるスキルを、ここでは「俯瞰で見る」と呼びましょう。それは、必ずしも仕事にコミットメントしない、ドライな態度とイコールではありません。むしろ、「俯瞰で見る」というスキルは、その集団での自分の役割を的確に捉え、組織に貢献するためには必須のものだと思うのです。


たとえば、今置かれた自分の立ち位置や仕事に全アイデンティティをかけている人は、遠からず、組織のなかで自分の力を有効に発揮することができなくなります。悪い場合には、エネルギーが空回りして、同僚にも迷惑をかけてしまうこともなりかねません。入職して数か月ですぐに辞めてしまう方が看護師さんでも少なくないと聞きますが、こういったパターンが多いのではないでしょうか。


組織のなかで、自分の力をいかせるのはどういう方面か、どこが手薄で、どこに人が余っているか、問題点はどこか……こういった課題に目を向けるためには、「俯瞰で見る」スキルが必要なのです。

 

仕事にアイデンティティをかけない

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医療職には、仕事こそがアイデンティティという人は少なくありません。それは、医療というハードな仕事をこなしていく上では、大きな力となりえます。しかし、だからといって自分のいまいる現場に全アイデンティティを注ぎ込んでしまうのは、人と人との関係性のなかで仕事を行っていくうえで、障害になりえます。


ここでいうアイデンティティとは何かというと、煎じ詰めると「私を見て」という欲求に端を発しています。これはこのままでは、もっとも幼稚なアイデンティティのあり方です。要するに幼い子供が「ここにいるよ、お母さん!」と主張するために泣きわめくのと同じ、愛情欲求ですね。大人になってもこの愛情欲求が強い人は、ほんとに苦しみます。もちろん他人にも迷惑がかかるかもしれませんが、何より本人にとって苦しい。


目の前の仕事に全アイデンティティをかけてしまい、結果として疲弊する。そういうタイプの人は、「(自分の)仕事への情熱の背景には、強い愛情欲求があるのかもしれない」と疑ってみるだけで、ずいぶんと楽になる場合があります。


「自分を認めてもらいたい」とか「認められなきゃ自分はおしまいだ」といった思考に陥っている人は要注意です。そういう重い思考回路に陥ると、俯瞰で見ることが難しくなり、結果的にはかえって自分の役割をちゃんと果たせないことになる。そうなると、仕事として義務、責任を果たせないという問題以上に、一日一日を納得して過ごすことが難しくなってしまう。

 

共感の基盤をつくる

 

俯瞰的に、自分の所属する組織を見渡せることができるようになってくると、極端に目の前の仕事にコミットしている人よりも適切に動けるし、人の立場に立って、やさしく振舞うこともできるようになる。つまり、他人に対する共感性や、他人の立場を推し量る知恵が自然と働き出すんですね。


「相手の立場を考えられる」「状況をもうちょっとだけ広く考えられる」というのは、人としての「知恵」の原型だと思います。こういう知恵の構造が働き始めると、仕事にしても、人間関係にしても、うまくいきやすいし、楽しくなります。

「俯瞰で見る」ことができないと、人に共感し、人とかかわっていくことが難しくなってしまう。そう考えると、このスキルは実は、医療者にとって重要な「共感」の基盤になるものだということがわかります。
 

次回に続く

<医療者のための心の技法 バックナンバー>

第1回 3年で辞めないために(1)

第2回 3年で辞めないために(2)

第3回 3年で辞めないために(3)

第4回 愛情欲求から自由になる(1)

第5回 愛情欲求から自由になる(2)

第6回 共感は可能か(1)

 

次回は2011年1月6日(木)UP予定です。乞うご期待。

 

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