〈第3回〉変わりゆく世界と変わらないイメージ

〈第3回〉変わりゆく世界と変わらないイメージ

2015.3.30 update.

尾崎大輔

1983年三重県生まれ。早稲田大学社会科学部在学中にファッション雑誌での編集の仕事を経て、写真家として活動を開始。卒業後、渡英。2007年、London college of communication(ABC diploma in photography)卒業。2011年より視覚障害者を中心に知的障害者、精神障害者などを対象としたワークショップを多数主催。日本視覚障碍者芸術文化協会(Art for the Light)副会長。『写真は私たちの記憶を記録できるのですか?』(発行:PLACE M、発売:月曜社)、『無』(同)、『ポートレート』(月曜社)を出版。

http://www.daisukeozaki.com/


 今回は、第2回にお話いたしました、一緒に写真教室を始めた山口さんの話をしたいと思います。

 

 山口さんは、25歳の時に病気で失明をした全盲の視覚障害者の当事者であり、現在68歳の元気な男性です。マラソンをしたり、ゴルフをやってみたりと、「視覚障害があるからできないかどうかは置いておいて、とりあえず挑戦してみる」という精神の方なので、私の方も「写真教室をやりませんか」と頼みやすかったのだと思います。

 

視覚障害者は光の中で写真を撮っている

 

 山口さんと写真教室を行うにあたって、日本視覚障碍者芸術文化協会という協会を立ち上げました。長い名前で言いにくいので、英語表記の“Art for the Light”の頭文字をとり、AFLと呼んでいます。

 

 この名称をつけるにあたって山口さんから聞いたのですが、“the light”には「盲人」という意味もあるということです。これはおそらく聖書のイエス・キリストが視覚障害者と出会う場面で「盲人」を「光の人」と言っているところからきていると思います。また、“Blind”という単語の意味は盲人ですが、真っ暗で目が見えないのではなく、光がまぶしすぎて目が見えないというところから意味が来ています。


 山口さんと写真教室を始めて知ったのですが、視覚障害者の方で「真っ暗に見える」という方はほとんどいないのではないかということです。山口さん自身も、最初は牛乳瓶の底から世界を見るような感じで視界がボヤッとしてきて、それがだんだんきつくなっていき、最終的には乳白色の世界になったということです。別の中途失明の方に聞いた際も同じように、乳白色の世界と言っていました。また別の方は状況によって世界の色が変わるということでした。もちろん、先天的視覚障害者の場合には色情報がないため、状況は変わってきます。詳しいことはまた別の回でお話しさせていただきます。

 

 多くの視覚障害者の方がこのように、白夜みたいな状況になってしまうので、睡眠障害におちいってしまうという話も聞いたことがあります。私はこの「乳白色の世界」を肯定的に捉え、「視覚障害者の方達は光の中で写真を撮っているのだ」と考えています。

 

わからなかった「逆光」のイメージを写真でつかむ

 

山口さんは失明される前、「ジャパンタイムズ」で編集の仕事をされていて、写真に接する機会も多かったそうです。ただ、失明されて40年たつと薄れていく記憶もあります。写真教室では、撮り方の説明をするときによく、「逆光で写真を撮ると写したいものが黒くつぶれ気味になってしまうので、太陽を背にして撮ったほうが綺麗に写りますよ」とアドバイスします。山口さんは、その「逆光でつぶれ気味になってしまう写真」のイメージがなかなか湧かないと言っていました。

 

 そこで以前、「こんな感じだ」と伝えるために、影の写真を撮ったことがあります。この写真を凹凸加工して触ってみたことによって、山口さんも「影の写真は触ってわかりやすいね。顔に目や鼻がないところなんかから、なんとなく逆光をイメージできた」と言っていました。

 

 影の写真は凹凸加工にして触った場合もかなりわかりやすいので、影の写真を撮る視覚障害者も多くいます。しかし、かなり幼い時期に視力を失った視覚障害者が手術によって一時的に目が見えるようになった時に、概念として知ってはいた自分の「影」を実際に見て、恐怖しか感じなかったと話していたと聞いたこともあります。

 

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(写真1)山口さんと一緒に撮った影の写真

 

触って知りたい派、イメージを広げたい派

 

 山口さんも失明されてからずっと、写真は視覚障害者にとって難しいものだと思っていたようです。そんな山口さんが「写真を用意してほしい」とおっしゃった、印象的な出来事がありました。これは、山口さんのお父さんが亡くなられた時に、葬儀場の人から「葬儀に使う遺影の写真を探してください」と言われたためでした。最終的には他の人の手助けの元で写真を選んだのですが、視覚障害があっても、晴眼者中心に動いている社会の中では写真に接する機会がどうしても出てきます。そういうときにあらためて自分は視覚障害者なのだと感じる方も多くいます。

 

 そんな、写真は難しいと思っていた山口さんも、写真教室で毎回写真を撮るようになり、どんどん上達しています。

 

 視覚障害者の方たちの写真は大きく2つに分かれます。まず一方は、凹凸の立体写真にしたときに、触ることによって全て自分自身で把握したい、イメージしたいという方です。このような方々は初めから触ってわかるような被写体しか選ばないようにします。例えば、人や、影などです。介助者に頼んで手で影絵を作ってもらい、それを写真に撮って凹凸にし、触って楽しんでいる方もいらっしゃいました。

 

 もう一方は、あくまでも自分の世界のイメージが広がる方がいいという方達です。凹凸の立体写真を触ったときに全てがイメージできなくても、写真を介した言葉のコミュニケーションで楽しむといった方々です。

 

 山口さんも後者に属し、例えば、真っ青な空を撮って「私はこの真っ青な空にも星を見ることができるんですよ」と詩人みたいなことを言ったりして楽しんでいます。必ず、頭にイメージを浮かべてから撮るということです。

 

見たことのないマンションを撮った山口さん

 

 山口さんは生まれも育ちも吉祥寺です。私たちはよく吉祥寺の井の頭公園で写真教室を行うのですが、あるとき、山口さんが公園の噴水と女性を撮影したことがありました。その写真の説明をしていたとき、ある人が「後ろにマンションも見えますね。」と言うと、山口さんは一瞬顔をしかめました。

 

 その時私は思いました。「山口さんはイメージを浮かべて撮影しているけど、このマンションはイメージの中に入っていたのだろうか? もしかすると山口さんがまだ目が見えていた時、このマンションはなかったのかもしれない。山口さんはマンションがないままのイメージで撮っていたのではないだろうか」

 

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(写真2)井の頭公園で山口さんが撮った写真。噴水と女性をイメージして撮った写真に写り込んだマンションは山口さんのイメージに入っていたのだろうか?

 

 ここ数年だけでも吉祥寺駅前は本当に変わってきています。山口さんに聞いたところ、変わってきていることを説明されてイメージが変わる部分もあるが、昔のイメージのままで頭に思い浮かべることも多いと言っていました。

 

 視覚障害者ではありませんが、短期しか記憶が保てず、周囲の人から取り残されていくような気持ちになるという人の話を聞いたことがあります。私は、視覚障害者も同じように自分の記憶の中の変わらないイメージと、現実の変わっていく世界の間に取り残され、不安な気持ちになるのではないのかと思いました。

 

 そこで実際にはどうなのか尋ねてみたところ、山口さんは自身の奥さんの話を始めました。山口さんは、まだ少し目が見えていた頃に奥さんと出会ったらしいのですが、山口さんの記憶の中の奥さんはその時のままで、「今も若いままだよ」と笑顔で嬉しそうに話していました。

 

 そんな答えが返ってきた山口さんだったので、「山口さんのイメージを元に、ずっと暮らしてきた吉祥寺を撮ってみたらどうですか? 実際変わっている物や場所も、そうでないところもあると思いますが。」と伝えると、「それおもしろそうだね」とのこと。今は、吉祥寺の写真をたくさん撮っています。年内には展覧会などで発表できるようにしたいと考えています。

 

 なお、4月29日(水・祝)に、井の頭公園にて第10回視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室を開催いたします。詳しくは下記のリンク先ページを参考にしていただき、お時間・ご興味ある方はぜひ、参加してみてください。
http://ozakiphoto.exblog.jp/21601259/

 

次回は、ほかの視覚障害者の写真も見ながら、話を進めていきたいと思います。

〈第2回〉了

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