第1回 〈対話〉のチカラ(1)

第1回 〈対話〉のチカラ(1)

2014.12.16 update.

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西村 高宏(にしむら たかひろ)

東北文化学園大学教員。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了(文学博士)。「てつがくカフェ@せんだい」主宰。専門は臨床哲学。
哲学以外の研究者や様々な職業従事者と連携し、医療や教育、科学技術、政治、アートなどのうちに潜む哲学的な諸問題を読み解く活動を行っている。2011年3月11日以降は、「せんだいメディアテーク」と協力しながら、震災という〈出来事〉を〈対話〉という営みをとおして自分たちのことばで語り直すための〈場〉を拓いている。ポール・ボウルズとパンク・ロックをこよなく愛す。執拗なまでのモロッコへの偏愛傾向あり。

震災を語るための〈ことば〉を

 

茫然自失。

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災による未曾有の被害状況を前に、被災地の石巻市出身の作家である辺見庸さんは、NHKの某テレビ番組のなかでそのように発言しておられました。


震災の〈出来事〉を前に、わたしたちはただ茫然自失するほかない。そこには、この破壊の大きさとあのダイナミズムを表す〈ことば〉を誰も持ち合わせていないことの寂しさ、それを数字でしか表現できないことの寂しさ、虚しさの他にはなにもない。被災者のみなさんが待ち望んでいるのは水であり食糧であり、暖房であるかもしれない。そしてそれと同時に、胸の底に届く〈ことば〉のような気がした。それは通り一遍の『がんばれ』とか『復興』とか『団結』とかをスローガン的にいうことでは断じてない。遺された自分にできることは、このたびの出来事を深く考えて、想像して、それを〈ことば〉として打ち立てること。


他者との〈対話〉をとおして震災という〈出来事〉について考え、〈ことば〉によってそれを捉え直そうとする試み。

 

わたしたちは、2011年3月11日の本震後しばらくしてから知人たちに声をかけ、震災に関する哲学カフェ(「考えるテーブル てつがくカフェ」)を開始しました。

 

「対等性の作法」~ 哲学カフェとは

 

哲学カフェとは、参加者間での対話がより促進されるように、先生や生徒、上司と部下などといった社会における役割関係をいったん解除し、フラットで気楽な対人関係のもとで、すなわち「対等性の作法」のもとで進められる哲学的な対話の試みのことです。毎回テーマを決め(たとえば「この私の体は本当に私のものだと言えるか」など)、それについて遡行的な問いを投げかけていく。哲学的な対話と言っても特に哲学的な知識は必要なく、かといって好き勝手なおしゃべりにならないよう、ファシリテータをとおして参加者同士が〈話す‐聞く〉といったやり取りを丁寧に行い、対話を深めていくのが一番の特徴と言えます。1990年代にフランスの哲学者マルク・ソーテ(Marc Saute)が、パリのバスティーユ広場にある「カフェ・デ・ファール」ではじめたのがきっかけとされています。

 

市民にひらかれた〈対話の場〉

 

震災に関する哲学カフェ(「考えるテーブル てつがくカフェ」)を後押ししてくれたのは、仙台市にある公共施設「せんだいメディアテーク(smt)」です。

 

「せんだいメディアテーク」とは、仙台市教育委員会生涯学習課所管から管理者の指定を受け、公益財団法人仙台市市民文化事業団が管理運営業務をおこなっている公共施設で、なかでも、この施設の第一の特徴は、市民が平等な資格で出会い、対話し、互いの考えを逞しくしていくための〈場〉としての「カフェ」の歴史的機能や文化(17世紀以降に誕生したロンドンのコーヒー・ハウスを起源とするカフェ文化)にいち早く着目し、それを積極的に市民活動の基盤に据え付けようとしているところにあると言えます。このような考え方は、2008年に「goban tube café」という仮設のカフェスペース設置によって具体的なカタチとして実行に移されます。そこでは、さまざまな関心や形態によるカフェが公募をとおして企画運営され、東日本大震災の発生直前まで「せんだいメディアテーク」の中心的な事業として市民交流の活性化に貢献してきました。震災以降、この試みは「考えるテーブル てつがくカフェ」 として受け継がれていくことになります。

 

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写真:せんだいメディアテークでの「考えるテーブル×てつがくカフェ」の様子。ファシリテータとして右側に立っているのが筆者

 

〈対話〉をとおして自分の考えを逞しくする

 

「てつがくカフェ」を主催している私たちの主な活動メンバーは、仙台市の職員、震災直後から石巻にボランティアとして通い続けている看護師、自身の高校が放射能汚染に関連した避難所になりその対応に追われ続けていた福島の高校教師、自分の家が津波の被害で全壊して避難所生活を余儀なくされていた大学生などです。メンバーたちは、単に「被災者」という立ち位置に居座り続けてこの不便な状況のなかを漠然と生きるのではなく、震災という〈出来事〉を幅広く他者との〈対話〉のなかでとらえ返し、「それを〈ことば〉として打ち立て」 ようとする試みそれ自体のうちに何かのきっかけを見出そうとしていたように思われます。毎回「てつがくカフェ」に参加される多くの市民の方々(被災者の方々)もそうであったに違いありません。つまり、〈当事者(被災者)〉の視点からだけでは見えてこないもの、見えにくいものがある、震災という〈出来事〉から距離を取らなければ見えてこないものがあると直感的に感じていたのではないでしょうか。いまは、この〈出来事〉を上手に読み解くための切れ味の良い哲学用語や思想ではなくて、自分たちの〈ことば〉で語り始めること、またそこでの〈対話〉をとおして震災という〈出来事〉の根っこを粘り強く探り当てようとする忍耐強さこそが求められているように感じます。

 

震災以降、多くの人の死や別れを経験し、死生観も含め、これまで私たちが安寧のうちにぬくぬくと育て上げてきた〈愛〉や〈誠実さ〉、〈やさしさ〉や〈忠誠心〉、〈公平性〉などといったさまざまな価値観の問い直しを迫られている現在の状況のなかでは、哲学カフェのような他者との〈対話〉をとおして自らの考えを逞しくしていく場こそが求められていたのではないでしょうか。


震災以降、取り組んできたテーマ

 

これまで「てつがくカフェ」で取り上げてきたおもなテーマは、以下のとおりです。

 

第1回:「震災と文学 『死者にことばをあてがう』ということ」。第2回:「震災を語ることへの〈負い目〉?」。第3回:「〈支援〉とはなにか?」。第4回:「震災の〈当事者〉とは誰か?」。第5回:「切実な〈私〉と〈公〉、どちらを選ぶべきか?」。第6回:「被災者の痛みを理解することは可能か?」。第7回:「〈ふるさと〉を失う?~〈復興〉を問い直すために」。第8回:「復興が/で取り戻すべきものは何か?」。そして、昨年3月18日に開催した第9回目の「てつがくカフェ」では、ニコラウス・ゲイハルター監督・撮影の映画『プリピャチ』を鑑賞後、チェルノブイリ原子力発電所から4kmに位置する「立入制限区域内(「ゾーン」)」で生きる人々の抱える問題について、「原発と折り合いをつけて生きること」や「ゾーン(立入禁止区域)」と〈名付ける〉ことの政治性などといった様々な観点から、今後、福島の原発の問題などについてもじっくりと考えていけるような〈対話の場〉を整えました。続く第10回目(2012年4月29日開催)のカフェでは「震災と美徳」をテーマに掲げ、避難時に余計な足枷となってわれわれを苦しめた、自身の職務や家族への「忠誠心」などといった「美徳」の「厄介さ」について取り上げ、いまでもこの問題については、様々な角度から、問いなおしの場を拓いています。くわえて、第12回目以降(2011年7月1日)では、とくに「震災と教育」というテーマをもとに、3回にわたって「震災を子どもに教えることの意味」について「てつがくカフェ」を開催しています。


看護という〈専門職〉に纏わりつく美徳?

 

「震災と美徳」をテーマに掲げた「てつがくカフェ」の際に、とくに浮き彫りになってきたことは、震災時、看護師や医師などといった専門職者であるがゆえに課せられる高い倫理性や、看護という専門職にとくべつ纏わりついている〈美徳〉(使命感や忠誠心、献身的行為)といったイメージが足枷となり、逆に、必要以上の〈負い目〉や〈責め〉を感じた(感じさせられた)看護師が多かったという事実です。そのような〈負い目〉の根っこははたして何処にあるのか、またそれは、専門職者が本当に感じなければならない〈負い目〉なのかどうか、こういった問題を「哲学カフェ」という「哲学的対話実践」のなかでどのように問い直す(ほぐす)ことができるのか、私たちにとって大きな問題です。

 

「てつがくカフェ」での実際の対話のなかにも、福島県南相馬市にある病院の看護師の多くが職場から避難したという例などをもとに、この〈公〉と〈私〉との狭間で生じる〈負い目〉の根っこを職業上の理由(とくに職業倫理の観点)から読み解こうとする、以下のような発言もありました。


いわゆる医師や看護師などの専門職と呼ばれる人たちは、誰にでもできるわけではない特別な知識や技能をもっているからこそ、一般の人よりも余計に、何をさしおいても他人のために行動することが求められているような気がします。被災時などではとくにそうだと思います。そこには、専門職であるがゆえに課せられる高い倫理性(職業倫理)というか、その特定の職業に纏わりついている〈美徳〉といったようなものが過剰に顔を出しているような気がします。私たちも、実際のところ、震災直後は医師や看護師さんたちにそのような献身的な行動を当たり前のように求めてはいなかったでしょうか。職場を離れて避難することを選択したこの看護師さんたちは、そういった高い倫理性に応えたかった/応えられなかったという気持ちが余計に強かったのではないでしょうか。このような職業的な立場によって余計に苦しんでいる人たちについても、私たちは考えていくべきではないでしょうか。

 

被災地である仙台において、この種の〈負い目〉の感覚が生み出す『厄介さ』について改めて対話の場を拓くことができたことは、震災以降から被災地をずっと覆っていた何とも言えない〈負い目〉の感覚の根っこを少しでも手繰り寄せることに貢献したのではないでしょうか。

 

このような問題意識のなか、看護専門職といった切り口から震災を捉え返そうとする団体が立ちあがります。

 

震災支援に携わった看護師を中心に、私どもの「てつがくカフェの」スタッフとして参加してくださった近田真美子さんが中心となって立ち上げられた団体、「東日本大震災を〈考える〉ナースの会」がそれです。この団体は、哲学的な対話のチカラに信頼を寄せながら、東日本大震災における支援の意味、専門職性に由来した〈負い目〉の根っこや看護専門職の役割などについて粘り強く〈考える〉ための場であることを目的として開始されました。

(西村高宏)

 

 

 

 
 

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