(4)少子化対策は親の声を聞いてきたのだろうか?

(4)少子化対策は親の声を聞いてきたのだろうか?

1999.3.25 update.

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河合 蘭

かわい らん◎出産医療ジャーナリスト。3人の母親。現代の女性が親になる前後に直面する問題について,産婦人科医療,新生児医療,不妊治療の現場を取材してきた。産みたい人が産める社会をつくるべく活動中。近著に『卵子老化の真実』(文春新書,2013),『出生前診断―出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書,2015)。ホームページはこちら

親の声は国に届いてきたのだろうか?

 わが国では第2次ベビーブーマー世代があまり出生数を上げないまま産み終えつつあるので,今後は多少出生率が上がっても出生数は増えない。人口学者が「少子化スパイラル」と呼んで警告していた事態に突入したわけだ。
 こうなってしまったのはなぜかと考えると「国は,親の声に本当に耳を傾けてきたのか?」という疑問がどうしても頭をもたげてしまう。なぜなら,親が少子化対策について口を開く時「国は本当に必要なことがわかっていない」という言葉があまりにも頻繁に飛び出すからだ。それは親たちの誤解なのか,それとも事実なのか。
 そこで今回は,親もしくは国民全体がどんな少子化対策がよいと考えているのかを調べた調査をみていくことにした。前半は国の調査を,後半は私が『助産雑誌』編集室と共に行なった調査をみていく。それらの結果は,実際に行なわれてきた対策と重なるだろうか,それとも違うのだろうか。
 

大綱の策定後まもなく実施された母親への調査

 国は,決して当事者の声を聞いてこなかったわけではない。有識者会議には現場の専門家やNPOの代表などが入って親の声を伝えてきたはずだ。また内閣府は,折々にさまざまな視点から実態調査をくり返してきた。内閣府の少子化対策のサイトでは,親,企業,自治体などへの調査を閲覧することができる。
 少子化対策の歩みをざっと振り返ると,日本の現在の少子化対策は,2003年9月,小泉政権下における少子化対策基本法の施行によってスタートした。この法律では,少子化社会対策会議を設置し,施策の指針を示す大綱を策定して5年ごとに見直すことが定められた。そして初めての大綱策定後の2004(平成16)年には,母親への調査「少子化社会対策に関する子育て女性の意識調査1」が実施された。
 この調査では,子どものいる20~49歳の女性4000人を対象に,調査員による個別面接で保育,児童手当,税制上の優遇,そして少子化対策の全体像について質問している。ここで母親たちから最も支持された対策は経済的支援で,他に比べて圧倒的に多い約7割の人が選択した(図1)12。この時は,調査票を作成した側も経済支援に関心が高かったようで,児童手当,税制などについて具体的な要望を聞いている。
 次に重要だとされたのは保育事業拡充,再就職支援,仕事と育児の両立の支援でいずれも約4割の人が支持した。国がその後,少子化対策の柱にしていくのは,この2番目に求められた支援のほうだった。
 
 
図1 子育て中の女性が重要と考える少子化対策(2004,2008 年度)1,2)
 
図1 子育て中の女性が重要と考える少子化対策(2004,2008 年度)
 

保育とワークライフバランスが「車の両輪」となる

 2007年に少子化社会対策会議でまとめられた「子どもと家族を応援する日本」重点戦略は,ワークライフバランスと保育サービスの拡充を重要視すべきだという方針を明確にした。検討会議の報告書を読むと,日本は予算も少ないし,生産年齢人口減少のなかで「女性が辞めない環境づくりは急務」とされたようだ。その後行動指針が作成され,「新待機児童ゼロ作戦」がパワフルに展開されることになった。
 この時期は,筆者も子どもが通っていた地域の保育園が,分園新設や定員の拡充を矢継ぎ早に行なっていくのを目の当たりにしている。保育園に入れるか不安だった日々も経験している私にとって,それはうれしいことだった。
 ワークライフバランスの改善や保育の拡充が日本の育児の重大テーマであることは論をまたない。だが,その一方で,最も求められていた経済的支援のほうは置き忘れられていく。
 しかし大綱見直しの時期が近づいた2009(平成21)年,国は再度「少子化社会対策に関する子育て女性の意識調査」を行なった2)が,この時も相変わらず母親が圧倒的に強く求めていたのは経済的支援だった(図1)。
 この調査の直後に,民主党政権がマニフェストの目玉に「子ども手当」の実現を掲げて政権交代を果たしている。欧米のように所得制限なしで1人月額2万6000円を支給するという大胆な支援だった。しかしスタートは半額の支給で,その後も財源が確保できないまま,子ども手当はたった2年で消えてしまった。代わってできたのは児童手当という従来の名称の所得制限がある制度で,さらに,子ども手当と引き換えに廃止された年少扶養控除は復活しなかった。そのため共働きで育児をする世帯の多くにとっては,民主党が政権を取る前より経済的支援が後退している。
 

何度もくり返されてきた経済的支援を求める声

 内閣府が親の意見を探った最新の調査は,前年に引き続き2013年に2度目の報告書が出た「子ども・子育てビジョンに係る点検・評価のための指標調査3)だ。この調査は「子育てを支えるのは子をもつ女性だけではなく社会全体」という理念に基づいて未婚,既婚の男女1万名の考えを分析した。調査方法もインターネット調査であり,3万近い回答を回収し,国民全体の構成比に近似するよう無作為でサンプルを抽出した。
 このように大きく変化した調査になったが,この調査でも「将来に子どもをもつと考えた時の不安」として圧倒的に高かったのは,またしても「経済的負担の増加」(70.9%)だった(図2)3)
 
図2 将来に子どもを(さらに)もつと考えた時の不安(2013 年報告)3)
 
図2 将来に子どもを(さらに)もつと考えた時の不安(2013 年報告)
 
 この調査は,経済的不安について高等教育にもふみこみ,詳細を聞いている。すると大学・短大・専門学校などの学校教育費に経済的負担を感じる人が一番多く,約7割を占めた。日本は大学の学費の公費負担割合がOECD諸国中最下位であり,親の私費負担が重い。
 このように内閣府は国民の声を調べ続けてきた。そして8年間,調査は一貫して育児の経済的な苦しさを強く示してきた。にもかかわらず,親への経済的支援は決して進んではいない。ここに,日本の少子化対策が親たちに「国は育児の現実をわかっていない」と言わせる大きな理由の1つがあるように思う。しかも力を注いできたはずの保育も待機児童の増加に追いつけていない。その背景には,景気の後退による働きたい母親の急増もあるのではないか。
 

都市部の30代女性はワークライフバランスが気になる

 私も,『助産雑誌』編集室と共にインターネット調査4)を行なってみた。コストをかけずにホットな声を集めようと編集室が選んだのは,グーグルの無料アンケートシステムである。これを利用して,2013年8~9月に実施した。
 少子化対策は税金を使うのだから万人が意見を言えるべきだと考え,誰でも回答できるものとした。そして筆者個人や出版社のSNS(Facebook,Twitter等)で協力を呼びかけ,ウェブサイト「プレジデントオンライン」「MAMApicks」「babycom」や筆者のフォロワーのシェア,リツイートの応援も受けたところ「少子化対策について意見を言えるのは助かる」「自分のライフプランを考える良いきっかけ」などのうれしい反響があって合計1018名の回答を得た(有効回答997件)。回答後はその時点での集計がすべて閲覧でき回答者はすぐに立場もさまざまな他の人の意見を読むことができた。回答者はSNSの延長のような気分で回答してくれたのでフリーアンサーの記入も熱く,意識調査であると同時に,1018人が家庭や子どもについて考えたアクションでもあったように思う。
 このアンケートは結婚や妊娠についてたくさんの質問をしているが,ここでは少子化対策についての回答を紹介する。回答者は女性が9割を占め,子どもがいない人が全体の4割,1人いる人が3割,2人が2割,3人以上が1割だった。年齢は20~50歳が96%で30代が全体の6割いた。3大都市圏居住者が76%と国の調査よりも3割ほど多かった。女性が大部分の集団としては正社員が46%もいて,全国の女性における割合より2倍も多く,また世帯年収も700万円以上の人が38%だった。つまり正社員として勤務する,都市圏在住の30代女性が多い集団だったということになる4)
 全体では,最も有効な少子化対策として「子どもを預けたい人が確実に保育園に預けられるようにする」を選んだ人の割合が27項目の選択肢中最高で,長時間労働の抑制,女性の育休,若い人の雇用安定,高等教育無償化と医療費無料化,児童手当と男性育休,妊娠・出産教育と税制優遇もこの順で選んだ人が多かった。
 

「支援があれば3人以上産みたい」人が6割

 しかし,このアンケートの結果は,属性別に見てゆくと大きく優先順位が変わるグループが現われた。ここには,いくつかの明らかなひずみが見える。
 雇用形態別にみると,派遣・契約という形で就労している人は,女性の育休制度の充実を求める声が飛びぬけて高かった(表1-1)4)。最近は正社員の育休制度において育休手当が増額され,男性の育休取得が推進されるなど充実がめざましい。その一方で,拘束時間も正社員とあまり変わらないのに,派遣社員は女性の産休・育休もなく妊娠すると退職を余儀なくされる人が多い。
 
表1-1 最も有効だと感じる少子化対策(ひとつ選択,n=997):雇用形態別(%)4)
 
 
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 子どもが多い人と男性は,税制優遇をはじめ経済的支援を強く求めていた(表1-2,1-3)。教育費用は学校にもよるが,日本政策金融公庫の調査では塾なども含めた総額が高校から大学までで平均1000万円を超えた。親には子どもが2人ならその2倍,3人なら3倍がのしかかる。しかも支援の所得制限限度額には子ども数の考慮がないか,あってもわずかなのが常だ。
 これまでの日本の少子化対策は,どちらかというと,あまり子ども数を増やしたくない,仕事に軸足を置いた正社員の女性が築く家庭によくフィットするが,不公平な面もある。
 
表1-2 最も有効だと感じる少子化対策(ひとつ選択,n=997):現在の子ども人数別(%)4)
 
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表1-3 最も有効だと感じる少子化対策(ひとつ選択,n=997):男女別(%)4)
 
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 また,本当はもっと産みたいという人は,意外に多い。私たちのアンケートは「望む少子化対策が実現した時,何人の子どもが欲しいか」も聞いた。すると,現在希望する人数は2人とする人が最多だったが,対策がとられるなら3人欲しいという人がいちばん多くなった。4人以上欲しい人も17%いて,3人以上欲しい人をすべて合わせると全体の6割以上を占めた(図3)4)
 
図3 「現在希望する子ども数」と「希望の対策があった場合の子ども数」4)
※21歳から50歳女性のみを対象に集計
 
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 希望子ども数別に少子化政策を評価してもらうと,対策が進んでも2人にしておきたいグループは現在の日本が取り組んでいるような両立支援重視タイプの少子化対策を指向している。しかし,子どもがたくさんいてもよいグループは,バランスのよい少子化対策を求めている(図4)。
 
図4 望む対策が実現したら希望する子ども数別 有効と感じる少子化対策(ひとつ選択)4)
 
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 ただ,限られた財源で効果的な経済的支援を実施するのは大変なことではある。児童手当が有効だとした人には本当に有効だと感じられる金額を聞いたが,これは3万円以上をあげた人が7割と大半を占めた4)。これは,かつて民主党のマニフェストで示された子ども手当の金額が最低線だという意味で,その困難さは想像できる。しかし本当は,これくらいの財源が確保できなければ,国民全体が要求している少子化対策はかなわないのだろう。今のままでは,M字カーブ対策にはなるが,少子化対策にはならないのではないか。
 私たちのアンケートは対象者に偏りがあったものの,浮かび上がってきた傾向は,私には生活実感,取材実感に重なるものが多かった。今後,さらに精度の高い意識調査がさまざまな主体によって頻繁に行なわれることを期待したい。
 私たちが行なったアンケートも,今回紹介できた部分は一部分に過ぎない。次回は自由記述欄に寄せられた声の一部を紹介する。結果の全容は,こちらのページを参照されたい。
 
 
*本連載は,『助産雑誌』2014年3月号に掲載した記事をWeb用に再構成したものです。
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