心でも精神でも人格でもなく、脳の話。

心でも精神でも人格でもなく、脳の話。

2020.7.09 update.

樋口直美×鈴木大介×堀田聰子

樋口直美(ひぐち・なおみ)
50歳でレビー小体型認知症と診断された。多様な脳機能障害のほか、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などがある。

鈴木大介(すずき・だいすけ)
文筆業。裏社会、触法少年少女らを中心に取材していたが、41歳のときに右脳に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害が残る。

堀田聰子(ほった・さとこ)
慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科教授(医学部兼担)。認知症未来共創ハブ代表。

シリーズ「ケアをひらく」の最新刊として、3月に樋口直美さんの『誤作動する脳』、4月に鈴木大介さんの『「脳コワさん」支援ガイド』が刊行されました。

どちらもテーマは「脳」。

ご自身もヘルパーをされている慶應義塾大学大学院教授・堀田聰子さんの司会で、心でも精神でも人格でもなく、お互いの脳についてお話していただきました。

座談会動画は こちらです↓

 

この「かんかん!」では、全体の目次と、「聴きどころ」をピックアップしてご案内します。

 

【座談会目次】[ ]内は動画内のタイムです。

1 お互いの本をこう読んだ[01:24] 

2 自分の中の何を信じるか――唐揚げ[10:28]

3 受容のプロセス――幻視[22:22]

4 症状の「わからなさ」について[31:13]

5 それぞれの対処法[36:51]

6 援助職へのお願い[45:09]

 

(『誤作動する脳』を読んで)

[02:02]

鈴木●実は最初の数ページで泣いてしまって。なぜかというと、樋口さんがどれほど不安で、混乱されたことだろうなと思って。

 高次脳機能障害はベースに脳損傷、脳外傷とか脳卒中があって、ある日突然、普通の状態から大混乱のなかにドーンと落ちるんです。それで、「どうしよう…」ってパニックになって、そこから始まる。

 だけど認知症というのは、徐々に徐々に少しずつ症状が現れていくなかで、「これってなんなんだろう」「おかしいけれども、なんだかわからない」という状態が結構長く続くわけですよね。そのなかで、長い間ちゃんと診断が出ないという状況のなかで苦しんでいらっしゃったんだなというのが、やっぱり僕にとってはつらすぎて。

 

(『「脳コワさん」支援ガイド』を読んで)

[06:56]

樋口●認知症でもなんでもそうなんですけど、医者とか専門家から見て「ああしなさい、「こうしなさい」という指導はあるけれども、「内側から見たらこうだから、こうしてほしい」っていう本って今までそんなになかったし、ここまでの本は本当になくて。やっぱり、外側から見るその人と、内側から見るその人は、全然違うんですよね。

 病気や障害があると、なかなかそれをうまく言語化できない、伝えられない。それで、伝えることを諦めちゃう。かつ、私なんかも最初はそうだったんですけれども、自分が何ができないのかわからないし、失敗したときにどうして失敗したのかわからない。わからないので、結局「あぁ、私ダメなんだぁ」「私バカなんだぁ」「私の能力がないんだぁ」とすごく自分を責めてしまって、落ち込んでしまう。内に引きこもってしまうとか、「もう人と会いたくない」とかってなってしまう。

 それに対して、鈴木さんの本は、「いや、あなたが悪いんじゃなくて、こういうことだから、こうなっちゃったんですよ」ということをすごくわかりやすく説明してくださった。

 

(唐揚げの熟成肉とは?)

[12:16]

鈴木●41年間発症するまで培ってきた経験や記憶や知識というものは、自分のなかに思考力として残っている。それを唐揚げ肉にたとえるとすると、41年間熟成して、いろんなスパイスで味付けをして、試行錯誤して練ってきた最高の唐揚げ肉が残っている。

 だけど周りから見ると、「鈴木大介は終わった」と言われたように、周りに衣がつけられないんですよね。話すとか、表情をつくるであるとか、あと自分の考えている思考どおりの言葉を出す、思考どおりのリアクションを出す、相手にモノを伝える、いろいろな五感を使ってということは壊れている。たしかに外的に見た表層のパーソナリティはぶっ壊れているかもしれないけれども、中身は全然変わっていない。だけど唐揚げの衣がすごく異臭を放っていて真っ黒な状態だっていうことを丸焦げの唐揚げ肉ってたとえたんです。肉が残っていれば、なんとかなるって僕は思えたんで、結構前向きだった。

[16:50]

 肉は能力じゃないんです。たとえば何かを見て、憎いと思っていたものが、全然これいいじゃんっていうふうに変わっちゃうとかじゃない。憎いものは憎い。これは好きだなと思えるものや、美しいなと思えるものは美しい。基準は音楽だったんですけど――僕は音楽が好きで、音によってものすごく感情が動くんですね――音楽に対する感性はいっさい変わらなかったんです。

 

(幻視をどう受容したか)

[24:56]

樋口●最初は、ずいぶん長いこと、目の錯覚だと思っていたんですよね、パッと消えるので。「あっ、これは病気なんだ」「レビー小体型認知症っていう病気なんだ」ってわかったころからは、やっぱり何を見ても怖くて、異常者なんだと思いましたね。私、頭がおかしくなっちゃったんだと。いろんなものが見えるって異常だってすごく思って。

 本当に人が見えたりするんですけど、「私、人が見えるんです」って言ったら、それはたぶん、「私、人を殺しました」っていうのと同じ反応をされるんだろうなと思っていた。だから絶対に言えないって、絶対隠さなくちゃいけないってすごく緊張してたんです。

 でも、いろいろ調べていったんですね。とにかく本をどんどん読んで、調べていくと、結構あるということがわかってきた。本の中にも書いたんですけど、たとえば正常な人でも、雪山で遭難したりとか、それとかすごく愛する自分の子どもが亡くなったとか、ものすごく追い詰められたときに人はわりと見たり聞いたりする。

 「なんだ、見えるんじゃん」「別に異常じゃない」って。そうなるとずいぶん安心しましたよ。やっぱり私の精神とか人格が壊れたから見えているわけじゃなくて、もともと人間の脳には、そういうものを見せるスイッチみたいなものがある。私の場合はそこのスイッチがちょっと不具合になったから、勝手にONになってしまって、いろいろ出るんだなっていうふうに理解したら、怖くなくなりましたね。

[30:07]

 近視もある、乱視もある、遠視もある、幻視もある。そのぐらいに思えば、別に幻視があっても、何にも問題にはなりませんよって(笑)

 

(症状の伝わりにくさ)

[32:13]

鈴木●我々の持っている不自由って、誰もがちょっと持ってることが、ものすごく年中、24時間常に起き続けている、致命的に起き続けているってことなんです。それが我々の苦しさであって、そこが理解のされづらさの根本かなと思います。

樋口●そうなんですよね。本当にグラデーションで。たとえばアルツハイマー病の人でも、レビー小体型認知症の方でも、波があるわけですよね。すごく環境がよくて、理解してくれる人に囲まれていたら、結構何でもできちゃう。でも、ものすごいストレスにさらされながら何かするときは何もできないとか。

[34:24]

鈴木●たとえば街中で音がたくさんありすぎたり、光がたくさんありすぎたりしたときに、パニックになって動けなくなってしゃがみこんじゃうときって、もう、気持ち悪いし、もう立ってられないという状態なんです。

 それを周りの人が見ると、ぼんやりしてるって見えるらしいんですよ。能面のような表情で。ぼんやりしててっていう状態なので、わからないのが当然という感じなんですよね。「パニックです」って言って、ちゃんと信号が出せればいいんですけど、出せないので。

[0656]

樋口●病気に見えないって、すごい理不尽なんですよね。私は失敗しないように、たとえば講演とかがあったら、ものすごく準備して、最高に頑張ってやるんです。頑張れば頑張って、うまくいけばいくほど、「認知症じゃない」って言われる。

 たとえば歩いていて突然、「あれ、この道の先何があるんだっけ?」と。近所でも、「この先、何があるんだっけ?」と思うと、もう冷や汗が出てくるような。でもそれを人に言うと、「あぁ、あるある。私もあるよ、よく」みたいに。何を言っても、「あるある」って(笑)。

 たとえば「頑張らないと、遅れちゃうんです」って言うと、「あっ、あるある。私もいつも遅れる」っていう、この伝わらなさっていうか。もちろんみんなあるんだけれども、苦しさの度合いが違うっていうところが、いったいどうやったら伝わるんだろうってすごく思います。

 

(「不安」こそが認知機能を落とす)

[38:20]

鈴木●対処法としては、開示できる相手を見つけて、開示するしかないですよね。伝えてしまうと安心するじゃないですか。この人はわかってくれるから、「無視したらまずいな」とか、「ちゃんとやらなきゃ」という不安がなくなる。

 これは樋口さんの本にもまるまる書いてあることですけど、不安がなくなると、脳の認知機能、情報処理機能が一気に上がるんです。不安って本当に認知資源を削りまくるので、それをまずなくすために、ちゃんと開示すること。

[43:57]

樋口●安心・自信・余裕。それがないと、もう全然脳がはたらかなくなるんですよね。何が何だかわからなくなっちゃう。普段できることもできない。地図を見ても、もう地図には見えないとか、混乱状態になるんです。

 だから私は、どこか出かけるときは、すごく準備するんですよね。それをしないと不安でしょうがないんです。乗り換え間違えるんじゃないかとか。もちろん、人に聞きまくれば何とかなるってことはわかってるんですけど、駅の構内図を見たりとか準備をして、「大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせないと、どんどん不安が大きくなっちゃうんです。

 

(援助職へのお願い――婚活のつもりで)

[47:15]

鈴木●我々の苦しさはわかりづらいのです。「苦しいです……」と言っている底を可視化したら、ホントに血まみれの状態で横たわっている。「もう、助けて!!」って叫んでいる状態が「苦しいです……」かもしれないんです。

 なので、まずはいちばん言っちゃいけないと思うのは「大丈夫ですよ」「大丈夫、大丈夫」。これは絶対ダメです。だって血まみれで転がってるのに、「大丈夫じゃないだろ」って。なので「大丈夫」とは言わないでほしい。「苦しい」って言ったら、「あっ、苦しい。わかった、ホントに苦しい。じゃ、どうしましょうか。一緒にちょっと考えましょう」って。「わかってあげられないし、どれぐらい苦しいか、どうしたら楽になるか私もちょっとわからないけれども、その私も苦しいの」みたいな、それがすごくうれしいんです。

 我々は本当に脳の動きがゆっくりなので、ゆっくりしか喋れない。今日はすごくたくさん話してますけど(笑)。ゆっくりしか言葉が出ないときに、さえぎらずに最後までちゃんと聞いてくれる。とにかくもう、ひたすら待ってくれる。急かさない、言葉を勝手に補わない。「こういうことですか?」って言って一生懸命引きずり出そうとしない。何を言おうか考えられなくて、一生懸命困ってるときに「こういうことですよね」って言われると、「え~、もうわからない」ってなっちゃうので。

 あと当事者の尊重。介護現場で「絶対やらないでください」って言われる「おじいちゃん、大丈夫でちゅか~」みたいな子ども言葉。幼児退行と認知の低下って違いますよね。まずはその人が、その年齢まで生きてきた人間である、確固たる自我を持っている尊重すべき個人であるということをちゃんと前提にして対応していたら、絶対やっちゃいけないはずの対応がまかり通ってる状況があります。

 やっぱりそれをされると、我々はもう、NOです、もう面倒見なくていいです、あなたとは会いたくも話したくもありませんになってしまうので、尊重の基本をベースにしてほしいってことですよね。婚活してるつもりでやってほしいですね。お見合いで、この人に変なこと言っちゃいけない、人間関係をちゃんと築かなきゃと思ったら、そんなこと言わないですよね。赤ちゃん言葉なんて使わないし。

 

(家族へのお願い――一緒に面白がってほしい)

[51:33]

樋口●認知症のことに関していえば、家族だから難しいという部分がすごくあると思うんですよ。他人なら冷静にできても、家族は、いちばん輝いていたときのその人をよく知ってるし、すごくバリバリなんでもできていた頃を知っている。愛情とか思い出とかいろんなものがあればあるだけ、少し衰えてしまった家族を受け入れにくい。思わず叱咤激励してしまうとか、思わず否定してしまうということがあると思っています。

 「別にレビー小体型認知症ですけど、何も問題ないですよ」みたいなご家族にお話を聞くと、その幻視を一緒に笑って楽しんでるって言うんですよね。本人がたとえば壁をコリコリしていると、「何が見えるの?」って聞いて、その本人が「なにかが出てくる」って言うと、「へぇ~、おもしろいねぇ」って言って一緒に笑ってるって言うんです。

 そういうところでは、障害が障害にならなくて、幻視も問題じゃないし、なんか本人も安心してすごく落ち着いて、すごくいい状態でいるんですよね。最初は誰でも慌てるし、怖いし、びっくりするし、「そんなものいるわけないじゃないの!」っていうのが自然な反応だとは思うんですけれども、そうやればやるほど、その本人を追い詰めて、症状を悪化させる。「幻視、別に問題ないよ」って思って一緒に楽しめれば。「別にレビー小体型認知症だって、なんか問題ありますか?」みたいな。

 「レビー小体型認知症? あっ、いちばんBPSDの激しいやつですよね」とか、「いちばん凶暴な人ですよね」とかって、平気で言う人が結構いらっしゃるんですけれども、そうじゃないっていうことは知ってほしいんですよ。

[54:28]

鈴木●やっぱり高次脳機能障害も家族病なんです。「なんでこんなことができないの?」とか「異常になっちゃった」とか「人格が変わっちゃったんじゃないか」というふうに、家族が共有ではなくておおごとにしてしまうと、本当におおごとになっちゃうんですよね。

 なので、日常生活でいちばんたくさんの時間を共にする人たちが、ちゃんと理解してくれるようにするのが医療行為だと僕は思っています。お医者さんが家族と話さないとは何ですかって思いますよね。それが症状を作るんだもの。「家族と話さないと!」って思います。

 

ピックアップしていたらずいぶん長くなってしまいました(..;)

実際の動画はこちらです。

ぜひご覧ください。

(了)

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誤作動する脳

幻は、幻が消えたときに、幻とわかる。――脳の中からの鮮やかな現場報告!

「時間という一本のロープにたくさんの写真がぶら下がっている。それをたぐり寄せて思い出をつかもうとしても、私にはそのロープがない」――たとえば〈記憶障害〉という医学用語にこのリアリティはありません。ケアの拠り所となるのは、体験した世界を正確に表現したこうした言葉ではないでしょうか。本書は、「レビー小体型認知症」と診断された女性が、幻視、幻臭、幻聴など五感の変調を抱えながら達成した圧倒的な当事者研究です。

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「脳コワさん」支援ガイド イメージ

「脳コワさん」支援ガイド

「脳がコワれた」僕らから、すべての援助者へ

会話がうまくできない、雑踏が歩けない、突然キレる、すぐに疲れる……。病名や受傷経緯は違っていても、結局みんな「脳の情報処理」で苦しんでいる。高次脳機能障害の人も、発達障害の人も、認知症の人も、うつの人も、脳が「楽」になれば見えている世界が変わる。それが最高の治療であり、ケアであり、リハビリだ。疾患ごとの〈違い〉に着目する医学+〈同じ〉困りごとに着目する当事者学=「楽になる」を支える超実践的ガイド!

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