かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2018.1.15 update.
1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi
VR(バーチャル・リアリティ)を使ったプロジェクト「VR認知症」のひとつに、私や同病の人たちが見た幻視を一人称で体験できる「レビー小体病幻視編」があります。NHKなど各メディアでも紹介され、その映像の一部は、NHKの特設サイトで公開されています。
引き受けてはみたものの
このプロジェクトをゼロから始めた下河原忠道さん((株)シルバーウッド)から、幻視を体験するVR作品のシナリオを書いてほしいと頼まれたのは、2016年でした。
すでに知り合いだった下河原さんから「自由に何を書いてもいい」と言われ、新しいもの好きの私は、深く考えることもなくホイホイと引き受けました。その直後から困ったのは、「レビー小体型認知症の本人」という主人公の設定でした。
VRの体験者が主人公になるので、主人公の姿は映りません。しかし、世代、暮らし、病状、進行の程度、そして幻視を本人がどう受け止めているのか、自分の病気をどう感じているのかを設定しないことには、物語が始まりません。
結局、主人公は認知症の進行した高齢者ではなく、診断前の自分をモデルにすることにしました。自律神経障害で体調がひどく悪い。毎日ミスを連発し、精神的にも追い詰められている。いつ、どこに現れるかわからない幻視に常に怯えながら、それを誰にも言えずにいる。そんな50歳のころの私です。
(その後、抗認知症薬治療で幻視は激減し、また私自身の捉え方も変わったため、恐怖の時期は、みなさんが思うほど長くはありませんでした。)
VR体験中の様子。
さまざまなタイプの幻視をあちこちに
あらゆる方向を自由に見られるというVRの特性を活かさない手はないと思い、幻視は、宝探し風にあっちこっちに散りばめました。
私自身は、このVR映像のように同時に複数の幻視を次から次へと見ることはありません。時間を空けて日に数回ということはありましたが、見えるものは、常に1つです。
ただ、何人かの介護家族から「子どもやら大人やら鳥やら猫やら、さまざまな幻視が部屋中に長時間居る」と聞いています。てんこ盛りの幻視は、病気がもう少し進んだ方をイメージしています。
5分間のシナリオのなかに、この病気についての重要な情報を入れることにも苦心しました。大きな寝言や立ちくらみなど、一般には知られていない多種多様な症状があること、うつ病など他の病気に誤診されることが多いこと、薬に過敏になり副作用が出やすくなること、適切な治療とケアで大きく改善する可能性があることなどを世間話のなかに目いっぱい詰め込みました。
シナリオを読んだ下河原さんからは、意表をつく注文が返ってきました。
「主人公を人間的に魅力的な人にしてほしい」
変革者の着眼点に感心しました。そこで、仲間たちからの信頼が厚いことや、階段から落ちたパーキンソン病の女性(後にレビー小体型認知症と診断が変更)を走っていって受け止めたエピソードなどが加わったのです。
しかし蓋を開けてみると、体験者は初めて見る幻視に集中し、セリフなどほとんど耳に入らないことがわかりました。今の私には見慣れた幻視が、他の人には驚異だという自覚が足らなかったのです。満塁のバッターボックスに鼻息荒く立った私は、フルスイングで空振り三振したのでした。
NHK「おはよう日本」での映像。
幻視といってもこの男性のようにはっきり見える。
すでに1万人以上が視聴
撮影には、私も終日立ち会いました。見学のつもりが、折笠慶輔監督から1つひとつ意見を求められ、突然、偉そうな立場に。「幻視の人」役(シルバーウッド社員)と「本物の人」役(プロの役者)それぞれに細かくアドバイスをしました。
「幻視の人」には、無表情で生気がない感じを出すように頼みました。笑顔で部屋を駆け回る子どもを見る人もいますが、私の見る人は、常に無表情で、生き生きした印象がないのです。
他にも幻視役として、動物(犬、蛇)や虫(肥満のウジに見えるブドウ虫、蝿)なども出演しているのですが、彼らは期待通りには動いてくれません。VRの性質上、失敗したら最初からすべて撮り直しということもあり、5分間という短い作品を撮るのに、ほぼ1日がかり。長時間の集中はかなり堪え、帰りの車の中では意識障害を起こして横になっていました。
その後の編集段階では、部屋の明るさを変えたり、蝿の数を減らしたり、光の幻視をもっと美しくしたり、何度も修正を繰り返しました。編集にも膨大な時間がかかっていることを後で聞きました。
関係者の大変な苦労と努力によって出来上がったVR作品は、医療者他、各界で高く評価され海外でも賞を受賞し★1、2017年末ですでに1万数千人の人に体験されています。
名古屋での「VR認知症」体験会。
左端が下河原忠道さん、その右が樋口さん。(2017年1月)
消えて初めて幻視とわかる!
でも、完成当初は、どんなふうに受け止められるのか、想像ができませんでした。幻視について、私に長時間取材をした人たちから「まさかこんなふうに見えるとは思わなかった」と言われたことは衝撃でした。私が、言葉(声と文字)を使って、力の限り何年も伝え続けてきたことは、(少なくとも視覚的に)映像ほど伝わっていなかったということです。
そのなかの一人に、どこが想像と違っていたのかと質問すると、「現れている間は、聞いたとおり本物にしか見えないにしても、やっぱり幻視というくらいだから、消えるときには煙みたいにモヤモヤ〜と消えるんだろうと思っていました」。
テレビドラマで見るように、透けていたり、煙のように消えれば、これは幻だとすぐに気づきます。正常な精神状態で、見分けがつかないから、翻弄されるのです。私も病気だと気づく前には、一瞬でパッと消え去る人の幻視を目の錯覚だと思っていました。今でも虫は、消えるまでは本物だと思っています。
「幻視は襲いかかってくるものだと思っていた」と言う人もいました。私の見る幻視の人は、ただ静かに居るだけです。それでも、家の中に知らない人が居るのは、怖ろしい状況です。
幻視に怯えていたころは、夜中にトイレに行くことが怖く、目をつぶって手探りで行ったことがありました。もし扉の向こうに男が立っていたら……と思うと、心臓がドキドキし、泣きたい気持ちでした。
今でも幻視は現れるのですが、VRで再現したころとは違う、平穏な世界に私はいます。幻視の受け止め方がどんなふうに変化していったかを、これから何回かに分けて書いていきたいと思います。
★1 2017年アジア太平洋高齢者ケア・イノベーションアワード「テクノロジー部門」最優秀賞。
(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第12回終了)