第11回   五感という名のメッセージ

第11回 五感という名のメッセージ

2017.12.05 update.

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樋口直美(ひぐち・なおみ)

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。
2015年に上梓した『私の脳で起こったこと――レビー小体型認知症からの復活』が、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
思考力自体には問題はないが、空間認知などさまざまな脳機能障害のほか、幻視、自律神経障害などがある。
自分で手作りした下記サイトには講演動画や原稿や記事を集めてありますので、どうぞ。
https://peraichi.com/landing_pages/view/naomi

 

子どものころから水の滑らかさ、水の流れる音、水が反射する光が好きで、水に接していればしあわせでした。中高生時代はプールのなかに居場所を見つけ、前世はペンギンかあざらしであろうと思いました。

 

五感は、思考とはまったく違う世界から深いよろこびを運んできてくれます。でもその感覚が狂いはじめたとき、五感もまた脳の働きだと実感するようになりました。

 

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温泉が……気持ちよくない!

 

今年の5月4日は、6000字の原稿(『みんなの当事者研究』)の締め切りでした。脳の疲れから異様な頭痛を感じながらも毎日書きつづけ、締め切りに間に合わせました。原稿を送信した後、炎症で腫れたように感じる脳をメンテナンスするべく温泉に向かいました。

 

講演など脳をフル回転させた直後に必ず起こる頭痛も、全身に絡まりつくような疲労感も、温泉に浸かれば治ることを私は見つけてしまったのです。長年にわたり私を突然襲う疲労感は、筋肉ではなく、脳が原因だと実感しています。脳の血流をよくすれば、灰色の雲がぎゅうぎゅうに詰まったような体も頭も一気に晴れわたり、正常に快適に動き出すのです。

 

頭の働かない私を迎えてくれたのは、広々とした露天風呂。見上げれば五月晴れ。湯船に身を沈め、いつもの「は~」という吐息が……出ません。

「何、これ!?」心地よくないのです。

「水質に問題がある!?」

 

嗅覚障害のためにおいがわからないけれども、カルキか科学薬品でも大量に入り込んだのか。そうとっさに考え、周囲を見回すと、だれもがうっとりと湯船に浸かっています。同じお湯のなかで、私は一人、寝汗で濡れたパジャマを着ているような不快さを感じていました。

 

体がお湯の温度になじめば変わるのかと、しばらく浸かっていましたが、体への負担だけを感じて、湯船を出ました。しばらくは詐欺にあったような気分でしたが、問題は、お湯ではなく私の脳にあるということは、想像できました。

 

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認知症の人がお風呂を嫌がる理由

 

お風呂が気持ちよくなかった経験は、5年ほど前にも一度あったのです。

 

ある冬の日、自宅の湯船のなかで、寒さを感じました。直前に入った家族は、火照った顔で出てきましたし、湯温が41度に保たれていることは浴室のパネルが示しています。

「おかしい」

湯船のなかに座って、私は、感じられるはずの温かさを感じようとしました。でも不快な冷たさしか感じず、そのまま風呂場を出ました。診断される前で、原因はわかりませんでしたが、不安を覚えました。


私は2013年に「レビー小体型認知症」と診断されたのですが、その前後の5年ほどの間、ひどい冷え性に悩まされていました。冬は何枚着ても、体中にカイロを張り付けても、常に寒く、つらいと感じていました。8月でも「風が寒い」と花火大会から帰ったことがあります。冷房をしていないのに足や腕の冷えで夜中に目覚め、夏の電車も新幹線も店のなかも寒さに耐えられず、防寒着を何種類も持ち歩いていました。2014年の夏には、汗がほとんど出なくなり毎日発熱していました。

 

たしかに体中がいつも冷たかったのですが、ずいぶん改善した今振り返ると、感覚(脳)の異常だったと感じます。

 

「認知症の人が、お風呂を嫌がる」とよく聞きますが、理由の1つに、感覚の異常もあるのかもしれないと思います。「適温なんだから寒いわけがない。お風呂は気持ちよいものだ」は、健康な人間の理屈です。病気の人には、入浴が「不快でつらい体験」として脳に刻まれ、以後、拒否感を抱いたとしても不思議ではありません。一度でも牡蠣で当たった人が、二度と牡蠣を食べなくなってしまうように。

 

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目でも耳でも鼻でもなく、「脳」の誤作動

 

私が体験した五感の異常は、他にもさまざまあります。味覚を感じない、音源の方向がわからない、音が大きく聞こえる、幻の痛みや熱さを感じる、布団のなかで床が傾いていると感じる……。これらは診断されたころに次々と起こりましたが、その後、頻度はとても少なくなっています(光が眩しいは第10回に、幻臭は第2回に書きました。幻視については今後書きます)。
 

こうした異常は、疲れているときや、ストレスがかかったときに起こりやすいのですが、自分では問題ないと思っているときに突然起こることもあります。「この変な騒音は何だろう」と思ってたどっていくと店の空調の音だったり、自宅の冷蔵庫のモーター音だったり、時計の秒針の動く音だったりしてびっくりするのです。目の前の携帯電話の呼び出し音が後ろから聞こえるなど、音源の場所が変わることもありました。

 

自分の病気を知らなかったころは、目に異常を感じれば目に、耳に異常を感じれば耳に問題があるのだと考えました。今は、どんな不思議なことが起こっても、脳から来ているのだろうと思い、不安にはなりません。「原因不明」は不安の種ですが、原因がわかれば落ち着きます。

 

そして、脳を蝕む最大の敵はストレスだと、体験から思い知った今は、「ストレスの原因から逃げる」という対応ができるようになりました。そのために人からどう思われ、何を言われようとも、自分の体(脳)を優先するのです。病気になるまで、私には、それがどうしてもできませんでした。

 

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“Don't think. feel !”

 

「あなたは選ばれて病気になった」とたびたび人から言われます。それで傷つくことはありませんが、うれしいと思ったこともありません。ただ「病気にならなければ、変われなかった」という事実とその意味は、今も考えつづけています。

 

ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』に「考えるな。感じろ」という台詞がありました。五感は、自分の思考力が気づかない脳(つまりは全身)の不調を誰よりも早く知らせてくれます。私たちは、感じ、対応しなければいけないのです。自分や家族や仲間や社会が、本当に病んでしまう前に。

 

(樋口直美「誤作動する脳――レビー小体病の当事者研究」第11回終了)

 

←第10回はこちら

 

 

 

 

 

 

 

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