かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2017.6.20 update.
■新澤克憲(しんざわ・かつのり)
1960年広島市生まれ。精神保健福祉士、介護福祉士。東京学芸大学教育学部卒後、デイケアの職員や塾講師、職業能力開発センターでの木工修行を経て1995年共同作業所ハーモニー開設と同時に施設長。
■六車由実(むぐるま・ゆみ)
1970年生まれ。民俗研究者、デイサービスすまいるほーむ管理者、社会福祉士、介護福祉士。『神、人を喰う』(新曜社、サントリー学芸賞)。『驚きの介護民俗学』(医学書院、日本医学ジャーナリスト協会賞)。『介護民俗学へようこそ!―「すまいるほーむ」の物語』(新潮社)
各界に衝撃を与えた〈幻聴妄想かるた〉、それに刺激を受けてつくられた〈すまいるかるた〉――精神障害者と高齢者と違いはあれど、タブーをかるたにしてみたら、いろんなものが”開いて”きました。
(2016年12月17日、きょうと障害者文化芸術推進機構の主催で行われたトークイベント「タブーをかるたにしてみれば」の内容を3回にわたってお伝えします)
司会 本日は、皆さまお集まりいただきありがとうございます。art space co-jinは、京都府の障害者支援課で運営をしているスペースで、障害のある方の作品に出会い、交流できる場として、展覧会やイベントなどを開催しています。
私どもで企画している共生の芸術祭「ストップ・ウォッチ」展に、ハーモニーさんの〈幻聴妄想かるた〉とすまいるほーむさんの〈すまいるかるた〉を展示させていただいております。
そこで本日は、かるたができた背景やエピソードなどもお話しいただきたいということで、新澤克憲さんと六車由実さんにお越しいただきました。では、まず新澤さんから自己紹介とかるたの説明をお願いします。
新澤 東京から参りました新澤です。ご紹介にあったように、就労継続支援B型事業所をやっています。ほぼ全員が世田谷区内に住んでいて精神科や心療内科に通院されている人たちが通ってます。
「ハーモニー」は1995年に共同作業所としてオープンしました。もともと世田谷区には23か所ほど同種の施設があって、私たちが施設を始めたころは、働く意思のある人たちの行く場所はだいたい決まっていました。私たちの事業所は、むしろ、そのときに受け入れ先のなかった年齢層の高い方や、精神障害以外にも障害のある重複障害の方たちが利用しています。
最初から働く志向がない人たちも多く受け入れたいということで、「間口を広く敷居を低く」という約束をしています。精神病の病識がない人たち……、つまり、自分が病気じゃないと思っている人たちや、発症したばかりで困っている人たち、なんとなく世の中に違和感を感じている人たち、そういう人たちにも来てもらおうと、いろいろな仕組みを考えています。
最初の約束は、「いたずらに人を評価しない場所。評価されない場所」という言い方をしていて、たとえば、作業ができる/できないによって、良いとか悪いとかそういったことをスタッフは絶対に言わない。「まずはごはんを食べにおいでよ」という、そういう場所です。
新澤 メンバーさんたちがやって来て、週に1回ミーティングを開いています。ゲストが来たら自己紹介をするんですけど、毎回、毎回、近況報告をします。こうして、その前の週を振り返って、何か困ったことがあったらみんなで話し合う。
田中さんがミーティングで
「どうも僕は予知能力があるみたいなんだ」と語り始めた。
ここから派生する活動の一つが今日ご紹介する〈幻聴妄想かるた〉です。たとえばこういう人がいます。ジュリアン・ソウルさん。日本人なんですけど、本人は自分がジュリアンだと思っているので、ジュリアンとみんな呼んでいます。ジュリアンは「自分の頭の中に誰かが機械を備えつけたんだ」と言うんですね。「その機械が自分の考えていることを外に向かって発信している」「それでいつも自分のプライバシーを侵害されている。他人が自分の考えていることを知っているんだ」と。
みんなは「不思議だねぇ」と、それに対し、いろいろなアイディアを出します。一番ありがちなのが、「先生の薬を飲むといいよ」と。これは、案外ウケはよくない。わりとウケるのは「○○神社のお札がよかった」とか、「発信機があるんだったら、ヘルメットを被ればシールドになるよ」とか。あるいは「それは睡眠不足だから夜はゆっくり寝たほうがいいよ」なんて、真っ当なアドバイスもあります。
どれが正しいということではなくて、一人のことをみんなで心配するのがきっと大事なのでしょうね。それで何週間かその話をした後に「じゃあジュリアンの困りごとについて絵を描こうよ」って言って、みんなそれぞれが絵を描きます。かるたの言葉は、
《脳の中に機械が埋め込まれて しっちゃかめっちゃかだ》
ジュリアンさんを囲んで10人ぐらいでいっせいに描くんですけど、このなかで自分がいちばん気に入った札を当人が選ぶわけです。
ジュリアンさんは、グロテスクな、脳の中に機械がある、サイボーグみたいな感じのを「これがよかった」と。こうやって1枚1枚決めていくんですね。
《脳の中に機械が埋め込まれて しっちゃかめっちゃかだ》の絵札
聞いた話をもとに、それぞれが自由に絵を描く
描いてもらった当人が、好きな絵を選ぶ
買ってもらおうと思っていた
新澤 そうこうしていくうちに、とりあえず50音になり、それに解説書をつけて各方面に配ったら、雑誌とか新聞で取り上げてくださるようになりました。もともとぼくらは作業所なので、自主製品としてこれを売ろうと最初から考えていました。調子に乗って、展示会もして、みなさんに買ってもらうということにもなりました。
NHKの「バリバラ」の前身の番組、「きらっといきる」にも取り上げられました。その後に医学書院から、市原悦子さんが朗読してくれたCDが入って売り出されたりもしました(『幻聴妄想かるた』)。
それで、どうなったのかというと、たとえば、「自分を狙っている」という若松組のかるたを作った中村さんは、大学でかるた大会をして、なぜか長く握手をしながら優勝者に景品を渡すという役割を得て、帰りに必ず女子大生と写真を撮って帰るという素晴らしい仕事を手に入れた(笑)。
新澤 かるた作りを通して思ったことなのですが、ある一人の体験、たとえば若松組。それを言葉にして、みんなで絵を描きます。ポイントは自分の絵を自分で描くんじゃなくて、その話を聞いた周りの人たちがその人のことを考えながら絵を描いていくところですね。これは、たまたま立ち寄ったアーティストやボランティアでもいい。いろんな人が絵を描いてかるたを作っていきます。そして、それでかるた大会をすることでさらにいろんな人が集まってきます。
当人は、ただ同じ話をし続けていくだけなのですが、いろんな人に聞いてもらうなかで、話もどんどん変わっていく。何度も話をしていると、ウケるポイントがわかってくるから、次からもっと聞いてもらえるようにと話がどんどん面白くなっていくんです。
結果として、「つらかった体験」が「不思議な体験」くらいに色合いが変わってくる。そういう経験を何度もしました。それでぼくたちはかるたを作っているわけですけど、基本的にはかるたを作るために活動しているわけではない。あくまでもかるた作りは、どうしても外に出せなかった自分のつらかったこと、病気で言えなかったことを出せる場を作るための、ツール。だから、最終的にはハーモニーを彼らの居場所にするためのプログラムが、かるた作りなのだと思っています。(拍手)
司会 ありがとうございます。では、〈幻聴妄想かるた〉を参考に作られた〈すまいるかるた〉の説明を、六車さんにお願いしたいと思います。
目指せ!〈幻聴妄想かるた〉超え!
六車 沼津にあるデイサービス「すまいるほーむ」の管理者をしている六車由実と申します。〈幻聴妄想かるた〉はNHKの番組を観て知っていたんです。そのときに、「笑っちゃってもいいんだ!」って衝撃を受けて、すごく印象に残っていました。
私の本も医学書院から出ていまして(『驚きの介護民俗学』)、あのかるたも医学書院から発売されたことを聞いて、すぐに購入して大ファンになっていたんです。〈幻聴妄想かるた〉を超えることを目標に、〈すまいるかるた〉を作ることになりまして、今日この講演で巡り会えたことをうれしく思っています。
〈すまいるかるた〉は聞き書きというものを通して、利用者さんの歴史、思い出をかるたの形にしていくものです。たとえば、
《愛してた。あなたこそ、亡くなって、寂しいわ。黒ちゃんへ、ゑみこより》
という札。これは、ゑみこさんというたくさんの恋愛をしてきた女性が初恋の相手に対して送ったメッセージです。あるいは、同じ人が
《しんどいわ。私、生きていくの、大変よ。》
と現在の本音も書かれていらっしゃいます。歴史とか今の気持ちですとか、いろいろな言葉が形になるのが〈すまいるかるた〉です。
〈すまいるかるた〉では、利用者の歴史や今の気持ちが札になる
やってみたら大ウケ
六車 私たちのすまいるほーむは、小さな民家を借りた定員10名の高齢者の小規模デイサービスです。利用者は要介護度が軽度の方から重度の方までさまざまで、登録人数は20名。毎日10名前後の方がいらっしゃっています。9名のスタッフは、もともと福祉や介護をやっていた人は少なく、私もそのうちの1人なんですが、むしろ他の仕事をしていて転職でこちらに来た方がほとんどです。
すまいるほーむは介護保険が始まってすぐにできた場所なんですが、15周年記念でなにかみんなで作ろうと話をしたときに、「じゃあかるたがいいよ」と利用者さんから案が出てきました。どういうふうに作ったらいいのかなと悩んだときに、「じゃあ一度みんなで〈幻聴妄想かるた〉やろうよ」と言ってやってみたら、異常に盛り上がったんですよ。とにかくすごく大ウケしたんですね。じゃあこれより面白いかるたを作ろうということで始めました。
たとえば、農家でお茶畑を作っていた方から、聞き書きをしながら、その場でかるたも作りました。本人に確認しながら最終的にできたのが
《急な斜面はお茶畑に適してる。寒さが下っちまって、霜が降りないから。そんなことは常識だよ。それが根本だよ。》
という札でした。
私たちが驚いたのは、静岡だからお茶畑が斜面にあるのはみんな知っていたんです。記憶のなかにもありました。だけど、なんで斜面にあるのかを知らなかったんですよね。場所がないからかな?って思っていたら、そうではなくて、平面より斜面の方が、霜が降りないからだった。すごく驚いて、これ絶対かるたにしようと決めていました。
できるだけ本人の言葉を使う
六車 ここで大切にしたのが、本人の言葉をできるだけ使うということと、私たちの言葉にまとめすぎたり説明したりしないことですかね。あとはリズムを意識すること。本人は、「百姓のことなんか恥ずかしいからやめろよ」って言っていましたが、作ってしまえばとても喜んでいました。
これを、みんなで一緒に作ります。「オープンな対話」と、あえて名づけてみました。誰かが聞き手・誰かが語り手ではなくて、みんなが加わって、みんなで質問しながら最後までワイワイと作っていく。びっくりするような新しい話題があったら素直に驚いて興奮する。そうすると興奮しているこっちの気持ちも相手に伝わりますから、どんどん話が展開されていきます。こちらがびっくりすると語り手が自分の人生とか経験を再評価することができるんですね。
さっきの、「百姓のことなんか恥ずかしい」って言っていた方だって、「それはすごいことだよ」ってみんながびっくりするわけですから、「ああ、そうだったのか」というふうに再確認できます。
増えていくかるたに、その人の記憶と存在と思いが留まる
六車 聞き書きにはルールがなくて、自由に、とにかくみんなで聞き合うことが大切だと思っています。それが自由な展開になっていく。ただ、一つだけこだわっているのが、とにかく頭のなかで映像として結ばれていくまで、かなりしつこく聞くこと。それによってかるたも必ず面白いものができてきます。読み札を作る創作のプロセスをみんなで共有することで、最後もみんなで拍手をして終わる。ここは結構大切だと思っています。
そしてこのかるた、最初の字が取る字じゃないんですね。これは意図してそういうふうに作ったわけではないんです。聞き書きを中心として、まず札を作ってから取る字を考えるので、どこに字があるかわからない状態になってしまいました。でもこれは結果的に良かったと思っています。普通にいろはかるたをやると単に競争になってしまい、内容の面白いかるたなのにそれを聞かないで取ることに集中してしまうので、もったいないと思っていたんです。最後まで聞かないと取れないというルールにしたので、最後までみんな聞いてくれるようになりました。そうすると自然にその人の思い出が入ってくるようになります。
《友人の誘いで受けた国家公務員四級試験に合格。唐津市簡易裁判所に採用されたが、しょちょう(所長)判事をぶん殴って1年で辞めた。でも、そこでの経験から、司法試験を目指し、巣鴨プリズンで働く事になった。》
巣鴨プリズンで働いていた方のかるたで、あまりに波乱万丈の人生だったので、できるだけ詰め込んで長くなりました。下のかるたは
《みんなのおかげで、ここまでこれた。一〇六歳でもまだまだがんばる。》
という自称106歳で、実際は91歳の方です(笑)。その方が他の施設に入所しちゃったんですね。すごく強烈な個性の方だったのですけれど、このかるたをやることによって「元気かな」ってみんなで思い出せる。
だから、今や〈すまいるかるた〉を作ることは、すまいるほーむの仲間として受け入れていくための一つの通過儀礼となっています。そして、歴史を積み重ねるように一枚一枚増えていくかるたはその人の記憶と存在と思いを場所に留めてつないでいく、そういうものになっていくのではないかと思っています。(拍手)
司会 ありがとうございます。ふたつのかるたに共通しているのが、その人の持っているものを引き出してみんなで言葉にしていくということですね。もう一つは、そのエピソードが事実かどうかというよりも、その方を受け入れていくという空気感かなと思います。
六車さんの話の中で「場を受け継ぐこと」と出てきたので、次回はそういったことをテーマにして話していきたいと思います。
《タブーを「かるた」にしてみれば 新澤克憲×六車由実》第1回了
■これが本物の幻聴妄想の世界だ!!■
東京・世田谷のハーモニー(就労継続支援B型事業所)が、自分たちの幻聴妄想の実態をかるたにした。彼らの幻聴妄想の世界を知ることは、共存の意味を学ぶことである。解説冊子と、DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』に加えて、女優の市原悦子さんによる『読み札音声』CDが付録になった豪華版。
■語りの森へ。■
『神、人を喰う』でサントリー学芸賞を受賞した気鋭の民俗学者は、あるとき大学をやめ、老人ホームで働きはじめる。そこで出会った「忘れられた日本人」たちの語りに身を委ねていると、やがて目の前に新しい世界が開けてきた……。「事実を聞く」という行為がなぜ人を力づけるのか。聞き書きの圧倒的な可能性を活写し、高齢者ケアを革新する話題の書。