第1回 毎日チョコを食べ続けるコツはなんですか?

第1回 毎日チョコを食べ続けるコツはなんですか?

2015.2.18 update.

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齋藤優紀(さいとう・ゆうき)

保健師。看護大学を卒業した2013年に札幌市の「なかまの杜クリニック」に勤務。
2014年4月より、釧路市の内科病院にて保健指導などにかかわる。
趣味は踊ること歌うこと、食べること。
最近「夫婦喧嘩の歌」をつくって夫に披露したら怒られた。夫婦漫才のネタを考えて夫に提案したらもっと怒られた。

 

 私が当事者研究に出会ったのは人生最悪のときでした。

 

 20歳で大怪我を負い、看護大学を休学している最中、どうしてだか実家でリハビリに励んでいても、どんどん身体も根性も悪くなる行きづまりのサイクルにハマっていった中で、母と一緒にやけくそで行った北海道旅行がキッカケでした。北海道YOSAKOIソーラン祭りのついでに立ち寄った「べてるの家」で、私は当事者研究に出会います。

 

 その後無事に三重県の看護大学を卒業し、札幌にある「なかまの杜クリニック」に就職し、結婚し、現在は北海道の東の端にある釧路市という海辺の街で、病院の保健師をしています。

 

 連載にあたり「保健師として当事者研究をどのように活かしているか」という素敵なお題をいただきました。釧路という新しい土壌に、そして精神科の枠を超えた慢性疾患管理や生活習慣病予防分野というふかふかの畑に、当事者研究の種をこっそりと蒔いている日々の実践について書いていけたらいいなと思います。

 

 

■説明はできないけれど……

 

 当事者研究とはなんであるか。自分の人生をひっくり返すような出会いであったにもかかわらず、私はいまだによくわからずにいます。精神科を有していない今の職場の先輩方には「より応用的な認知行動療法です」とか「SST(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)をもとにした当事者自身が行う集団療法です」とか、むやみに専門用語を使用して自分でもよくわからない説明をしてしまっています(そしてもちろんのことながら、よくわかっていただけていないような気がしています)。

 

 そこでこの際、もう自分自身の主観で語ってしまおうと思います。

 

 私は、当事者研究とは、単なる精神疾患を持つ人のための治療法では、決してないと思っています。今では教育や保育、さらには労働関係の分野にも当事者研究が幅広く応用されていることからわかるように、語り合いの中から見えてくる新しい自分の発掘作業であり、人間の生きる営みそのものだと思っています。漠然としていて、ゆるくて深くて、考えれば考えるほどわけがわからなくなるけれど、すべての医療・ケアは当事者研究につながるとさえ感じることもあります(もしかしたらそれは私の妄想かもしれませんが……)。

 

 なので、私はなかまの杜クリニックを退職し、当事者研究の実践のない医療機関で働くことになったときに不安はありませんでした。「そこで私が当事者研究をしたらいい」という、なにか確信めいた思いが私にはあったのです。冷静に考えるとなんだか迷惑な意気込みですね。

 

 

■わかっちゃいるのにやめられない、お互いに(笑)

 

 そんな勝手な野望を持って、べてるフリークな私が普通の内科の病院に保健師として就職してしまいました。業務の中心になるのは、特定健康診断を受けてメタボリックシンドローム(またはその予備軍)に該当された方の保健指導です。部署に配属され、保健指導をはじめてすぐのころに、忘れられないエピソードがあります。

 

 その方は、チョコレートやキャラメル、キャンディーなどの間食が止められない苦労を持っていました。血糖値が高くなり、若いころに比べて体重も増え、お腹も出てきてしまったので、このたび保健指導の対象となりお話をさせていただくことになったのです。

 

 はじめにお会いしたときに「わかってるよ、食べたら太るって。血糖値が上がって身体にもよくないって。わかってるけど、やめられないの……」と、しょんぼりと話されたのが今でも忘れられません。

 

 ここで、私自身の苦労についてお話したいと思います。何を隠そう私はチョコレートをやめられません。保健師として働いているので、もちろんチョコレートの食べすぎが身体に及ぼす影響については熟知しているつもりです。糖分の取りすぎは高血糖を招き、インスリンの効きが悪い身体をつくります。また取りすぎた糖質は中性脂肪へと体内でつくり変えられ、チョコレートの脂質と合わさって私のおなか周りや太ももに、ぷよぷよの脂肪となって蓄積されるのです。

 

 ここで一口食べなければビキニの水着が着られるし、ミニスカートだって履けるかもしれない。そんなこと誰より知っているのに、わかっちゃいるのにやめられない。そんなチョコレートに対する無力さを、私自身が持っている当事者だということをまずは確認したいと思います。

 

 

■「当事者研究的な問い」とは

 

 いつもの悪い癖なのかもしれません。その方の保健指導場面で、私は当事者研究的な問いを立てました。

 

「キャンディーやチョコレート、キャラメルを食べるメリットはなんですか?」
「どんなときにそれらの甘いものが食べたくなりますか?」
「毎日食べ続けてくださいって言ったら、食べ続けるコツはなんですか?」
「わかっちゃいるのにやめられない。なるほど。では、あなたにチョコレートを食べさせているのは何ですか?(何者ですか?)」

 

 ここでいう「当事者研究的な問い」とは、良い/悪いの判断をしないで、「そこには何が起こっているか」という“現象”に着目した問いのことです。

 

 この場合なら、まず「甘いお菓子を食べ続けることが悪いことである」という価値判断を手放します。さらに「患者」「医療者」というその場の役割を手放して、それぞれ「一人の研究者」という立ち位置に立って「お菓子を食べ続けてしまう」という現象を他人事のように眺めていると、どんなメカニズムでそれが行われているのか知りたくなってきますよね。そのとき浮かんだものが「当事者研究的な問い」です。

 

 価値判断やその場の役割をいったん手放すことによって、思考の軽やかさ、柔軟性が生まれてくると私は感じています。自分の重大な健康問題に関する事柄であると思うと、どうしたって新しいアイデアは出にくくなりますが、「あなたがこの現象を解決すれば、世界中のダイエットに苦しむ方を救うことができるかもしれませんよ」と話すと、「私の場合はこうだけど……」なんて、イキイキと自分自身について語り出す方が多いようです。

 

 

■我慢大会は長続きしない

 

 病院で働く医療従事者は、基本的に問題解決指向でものごとを考える癖があるのかもしれません。健康を害するリスクや実在している健康問題を見つけ、優先順位を決め、それらを一つひとつ解決していくように私たちはトレーニングされているからです。もちろん病院は病気を治す場所なので問題解決指向は大切なことですが、健康づくりを応援する保健指導などにおいては、「問題」が表に立っているとなかなかうまくいかないのではないでしょうか?

 

 私だって「チョコレートは血糖を上げてあなたの身体に悪いのに、どうしてその問題行動をとるの? これは解決すべき悪しき習慣よ」なんて言われたら、苦しくて、どうしたって前向きな態度をもつことはできません。どんな習慣が身体に良いか/悪いかの健康情報を正しく理解するよりも先に、「問題行動をとってしまうダメな自分」が来てしまうのです。するとダイエットも健康づくりも苦しい我慢大会になってしまい、結果的に長続きしません。

 

 保健指導に限らず健康づくりの支援に関しては、まずその当人が、自分の健康に対して(または自分の生活や人生に対して)前向きでポジティブな態度を取り戻すことが、なにより重要だと思います。べてるの家の創始者・向谷地生良さんの、単なる好奇心(?)から立てる「問い」は本当に素敵です。聞かれているほうもうれしくなって、これまで問題行動とされていた現象が、逆に楽しいものに見えてきます。もっとも、私はまだ向谷地さんのように、アルコール依存症の方にお酒を注ぐようなことはできませんが……。

 

 

■「研究ですね。やってみます」

 

 さて、当事者研究的な問いを立てる私の保健指導は、ご覧の通り“指導”というより“相談”とか“世間話”に似ています。私が問い、その方の助け方をご自身に教えてもらうのです。最初は訳がわからないといった顔で聞いていた当人も、「そういえば、なんでだ?」「考えたことなかった」としだいに表情が変わっていきます。

 

 しめたぞ! と思った私は「次回までに甘いお菓子が止められないメカニズムについて考えてみてください」とお伝えしました。
 慢性疾患管理や生活習慣病予防は、「苦労の主人公」はあくまでご本人さんです。医療者側に主体があっては、生活習慣という個人的なプライベートゾーンが発端になっているこの病の予防や管理はうまくいかないと思うから、もともと保健指導や療養指導は当事者研究と親和性が深いと思っていました。

 

 しかし実際は、予想の斜め上をいったのです。その方はこうつぶやきました。

 

「いや~…研究ですね。やってみます」

 

 その日初めてお会いした、もちろん当事者研究のことなんかこれっぽっちも知らないであろう保健指導対象の方から聞かれたその「研究」という言葉に、何より驚いたのは私でした。「これはいけるかも……」と。

(「指導から研究へ。――誤作動系保健師の「当事者研究」ズルズル実践録」 

齋藤優紀 第1回 了)

次回は「当事者性を失う私の“指導”の研究」

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