第7回 チンパンジー、狩る。

第7回 チンパンジー、狩る。

2015.1.19 update.

松本卓也(まつもとたくや)

1987年生まれ。京都大学大学院理学研究科・博士後期課程在籍。2014年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)になる予定。タンザニアの森で約2年のフィールドワークを終え、現在は日本で博士論文を必死に執筆中。趣味は通学途中の読書(漫画を含む)と、大学の体育の授業で学部生に混じって楽しむバスケットボール。
『日本のサル学のあした』(京都通信社)のコラムを執筆。初連載です!

私がチンパンジー調査を始めてから、わずか3日目の出来事だった。

 

「狩りが始まるぞ」

 

アシスタントのマケレレは、確かそう言ったはずである(※1)。チンパンジーは同所的に住んでいる霊長類や偶蹄類などを捕まえて食べることがある、ということを本で読んで知識として知ってはいた。(※2)なので、さほど驚きはしなかったのだが、ただ、チンパンジーの顔もろくに覚えていない、そんな状態の私ですら、チンパンジーたちの「ただならぬムード」のようなものを肌で感じていた。当時の(かなり記述が拙い)ノートと、断片的な記憶から、そのときの様子を書き表してみたい。

 

前方からも後方からもホーウッ、ホーウッ、という声が聞こえてくる。木の上を見上げて地面に座るダーウィン、アロフは木の上、その4m上にオリオンがいる。彼らの見上げる頭上、さらに高い木の上を、尾の長い霊長類がぴょーんぴょーんと飛び越えていった。アカコロブスだ(※3)。チンパンジーを避けて、木から木へと飛び移っているらしい。しかし、チンパンジーたちは特別な反応を示さず、飛んでいくアカコロブスをただただ見送る、という状況だった。近くの藪から、第一位オスのピムを先頭に、イコチャと赤ちゃん、イチロー、クリスマス、クリスティーナ、ンコンボらが続々と姿を現す。動きがせわしなく、追いかけて顔を確認するだけでやっとだ。
――ついに逃げ移る木がなくなってしまったのか、アカコロブスとチンパンジーが木の上で対峙した(静寂、とノートにはある)。じきに追い込むような声があたりで聞こえ始め、徐々に騒然としてくる中、チンパンジーたち(黒い塊)が逃げ惑うアカコロブスを木の上に追い込んでいく。捕まえる瞬間こそ見えなかったが、肉を得たものは、上位の個体に横取りされないために脱兎のごとく逃げ去るか、あるいは木陰に移って肉を分配する。その後は、狩猟の騒々しさが嘘だったかのように静かに、肉を得た個体の周りに肉をねだる個体が集まって、肉の饗宴となった(食べ物の分配については、連載第5回も読んでみてください)。

 

別の調査地では、チンパンジーたちは協力して狩猟をすると言われているが、私の調査しているマハレ山塊国立公園のチンパンジーは、集団で狩猟をするものの、はっきりと「協力」はしていないと考えられている。誰か他のチンパンジーが近くにいると、アカコロブスを捕らえる機会が減ったり、横取りされたり、といったデメリットが増える。その結果、目標物は同じなのだがお互い距離をとるため、あたかも協力して追い込んでいるように見える、という解釈だ(※4)。「同時多発的単独狩猟」と表現されることもある。

 

ただ、あるチンパンジーが勢子となって動く、といった協力はなくとも、集団で(≠協力して)狩猟をすることの意味については、もう少し考察する価値があるかもしれない。その一例として、ちょっと不思議な事例を紹介してみたい。

 

【観察事例①】「向かい合って座るチンパンジーとアカコロブス」2011年5月23日 11時49分より

狩猟が始まってから30分ほど経った。藪が濃く、アカコロブスを捕まえられたかどうかはわからない。誰を追うでもなく集団の近くをうろうろしながら観察をしていたところ、オトナオスのダーウィンが木の近くの地面に座っているのを発見した。木の上のアカコロブスの様子を見ているのかと思って近づくと、なんとダーウィンのほんの1.5m先、木の陰にアカコロブス(メス?)が単独で座っていた。ヒャウ!ヒャウ!というチンパンジーの声が周囲から聞こえているものの、視界内にはこの2個体以外いないようだ。お互い、あたりを見回し、ときどき地面を見たりしている。2分が経った。周囲の声は止んでいる。両者はその場から動かない。そして、ダーウィンが背中を掻き始めたタイミングで、いきなりアカコロブスのほうがダーウィンの顔めがけて殺到した。ダーウィンは「アーーッ、キャーーッ」、と叫び、恐怖の表情を浮かべつつ、右手でアカコロブスを掴もうとするが、腰が引けてしまっている(※5)。ダーウィンの叫び声に呼応するように、周囲からも声が聞こえ始めた。その後、20秒ほど同じ距離で対峙した後、アカコロブスは近くの木へと飛んでいき、それを見たダーウィンはアカコロブスとは逆方向に歩いていった。そしてそのまた20秒後、ダーウィンとアカコロブスがいた場所にオトナオスのクリスマスが急ぎやってきて、様子を探るように少し木に登って周囲を見回し始めた。

 

まず、基本的にチンパンジーの狩猟方法は、「つかみどり」である。アカコロブスが逃げ場のない木の上にきた後(※6)、あるいはアカコロブスが地面に落ちた後、チンパンジーは主にアカコロブスの幼少個体か、メスを捕らえる。というのも、アカコロブスのオトナオスはかなり体格が大きく、集団で襲ってくるチンパンジーに反撃してくるのである。木の上からチンパンジーを睥睨する様子は、ふてぶてしささえ感じさせるほどである。今回の事例に出てくるアカコロブスの詳細はわからなかったが(少なくともオトナオスではなかったが)、普段捕まえているアカコロブスとそう変わらない大きさだった。そのため、なぜダーウィンはすぐにでも襲い掛からないのだろう?なぜアカコロブスはすぐにでも逃げ出さないのだろう?そんなことを考えながら観察して、2分も経ったのである。

 

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両者の睨み合いとも逢引とも言えぬ対峙の理由を説明することは容易ではない。結果的にわかったことではあるが、声を出せば誰か他のチンパンジーが駆けつけてくる状態ではあった。過剰に推測を含めて考えれば、ダーウィンの対応として(「見つけたぞ、こっちだ!」といった具合に)仲間を呼んで、協力してアカコロブスを捕らえようとすることだってできたはずである。そうしなかったのは、先述したように、誰か他のチンパンジーの近くにはいたくないから、あるいは獲物と自分の位置を知らせたくないから、声を出さなかったのかもしれない。

 

今回の事例でおそらく言えることは、ダーウィン独りでは、たとえアカコロブスが地面にいたとしても捕まえることができなかった、正確に言えば、捕まえようと動くことができなかった、ということである。それがたとえ、チンパンジーが比較的自由に動ける(チンパンジーにとって有利と考えられる)地上であっても、である。

 

今回の事例のアカコロブスはオトナオスではなかったとは言え、犬くらいの大きさはある。捕まえろと言われても、私もごめん蒙りたいくらいだ。ダーウィンにとっても、反撃を受ける可能性のある相手を捕まえるのは抵抗があるだろう。それでも普段は、最終的には単独のつかみどりで、アカコロブスを捕まえているのである。今回の事例との差を考えると、集団で(≠協力して)狩猟をしているかどうか、にその理由があるのではないかと思える。チンパンジーたちの狩猟は、威嚇のような叫びのような声を出しつつ、高揚感を増していく、祭りのような雰囲気だ。つまり、私が当初「ただならぬムード」と感じたようなチンパンジーたちの興奮は、集団の力を借りて、反撃の恐怖を克服しようとしているものだと思えてならない(※7)。そうだとすれば、チンパンジーの狩猟において協力がなされているか(あるいは、協力が可能な認知能力があるか)という視点以外においても、チンパンジーの狩猟が集団で行われていることの意味を捉える必要があるはずである。

 

 

(※1)チンパンジー調査を始めてわずか3日目の私には、スワヒリ語の「狩り」という単語がわからず、アシスタントに何度かやさしい単語で言い換えてもらい、「チンパンジーが肉を持ちたがっている」と聞いて、ようやく狩猟が始まるのだと理解した。

(※2)ヒトと遺伝的に近縁な類人猿に限って言えば、常習的に哺乳類を獲物として捕まえて食べるのはチンパンジーとボノボ(ピグミーチンパンジー)だけとされている。

(※3)略して「アカコロ」と呼ばれることもある。

(※4)京都の大学生には有名な「鴨川等間隔の法則」に原理としては近い。説明しよう、鴨川等間隔の法則とは、鴨川のほとりで愛を語らうカップルが示し合わせたように等間隔の距離に並ぶ様子、を羨ましく眺める人たち(当時の私含む)が言い表したものである。その実態は、新しくやってきたカップルがすでに座っているカップルから距離をとるためにその真ん中に座る、ということが繰り返されている。

(※5)ダーウィンのあまりの狼狽振りに、私とアシスタントは思わず笑ってしまった。しかし、その段階でもまだ私はアカコロブスが逃げ切るとは思っていなかった。逃げていくアカコロブスに背を向けてダーウィンが歩き去っていくのを見ながら、ほぅ…と感嘆したのを覚えている。

(※6)地上性の偶蹄類などに対しては、たまたま見つけたものをつかんで捕る、とうい機会的な単独狩猟も行なう。時には単独でアカコロブスを捕ることもある。狩猟の方法は様々である。

(※7)人間の集団スポーツの試合前の興奮、祭りの興奮、に通じるものがあるのではないだろうか。
 

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