第2回 〈対話〉のチカラ(2)

第2回 〈対話〉のチカラ(2)

2015.1.09 update.

近田真美子 イメージ

近田真美子

日本赤十字広島看護大学、北海道医療大学大学院博士前期課程修了。浦河赤十字病院の精神科をはじめ外科病棟やICU病棟で働く。現在、東北福祉大学で精神看護学を教授。現象学や臨床哲学の面白さにハマり、ACT研究の傍ら、てつがくカフェ@せんだいのスタッフとして、また「東日本大震災を〈考える〉ナースの会」を自ら立ち上げ、毎月どこかで「てつがくカフェ」を開催するという日々をおくっている。最近はまっているのはアラブ文学。今年の目標は、昨年シーズンを逃した出羽三山を巡ること。

「東日本大震災を〈考える〉ナースの会」、発足
 

看護職は、災害時にどれだけ〈専門性〉を発揮できるかが問われる職業です。

 

しかし、今回の東日本大震災は、支援者としての役割を担う看護職の多くが被災したことや、かつて経験したことのない複合型の大規模災害であったことから、私たち看護職は限られた時間の中で重要な決断を迫られたり、様々な葛藤や倫理的問題に直面せざるを得ない状況に投げ込まれてしまいました。
 

震災当時、てつがくカフェ@せんだいのスタッフでもあった私は、支援活動に従事する中で様々な〈問い〉に出会うことになります。

 

例えば、被災地の避難所で出会った看護師さんたちの中には、

 

「こういう状況下において何もできなければ、看護師なんてやっている意味がないんです」
「がれき撤去でもなんでもいいから、何かしたいんです」
「支援に行ったけど、何も出来なかったんです。住民の方の話を聴くことぐらいしかできませんでした。私がしていたのは看護ではありません」

 

と口々に語り、あらためて〈看護〉の〈専門性〉とは何かを問い直さざるを得ない状況に陥っているという現実に衝撃を受けました。てつがくカフェ@せんだいで何度も繰り返し語られていた――「震災という出来事は、私たちを試す」――まさに、私たち〈看護職〉も試されているんだ、そう感じました。

 

看護の領域では、〈根拠〉に基づいた医療が重要視されていますが、多くの看護師は、患者の生死病死に深く関与する中で、知らず知らずのうちに哲学的な問いに直面せざるを得ない状況に巻き込まれています。中でも今回の東日本大震災という出来事は、私たち看護職に多くの〈問い〉をもたらしました。こうした状況に対して、これまでは新たな知識を獲得したり、専門用語を用いて状況を理解するといった解決方法が一般的であったように思います。しかし、専門用語で理解するという営みは、予め用意された〈ことば〉に自分の考えをあてはめるという受動的な行為に過ぎず、結局は「わかった気になっただけで、自分の力で考えたことにはならない」ということが見えてきました。そこで、支援活動を通じて出会った看護師さんたちとともに、専門職としての〈思考力〉を鍛えるべく、他者との対話を通じて自分の〈ことば〉で考え語り直すという哲学的対話実践の場―「東日本大震災を〈考える〉ナースの会」を、仙台で/仙台から発足させました。

 

専門職という職業に強く由来した〈負い目〉?

 

しかし、本会の開催を危惧する声があったのも事実です。参加者の中には、被災者も含まれる可能性があるため、〈語る〉ことが二次的な外傷となるのではないかということです。精神看護学を専門にしている私にとっては、この指摘は十分理解できるものでした。しかし、哲学カフェという場は、抽象度を上げて対話するという特徴があり、物事から〈距離〉を置くことで比較的安全に取り扱えるという強みがありました。〈語る/想起する/傷つける〉というマイナス面を危惧し続け、勝手に〈弱者〉扱いするのでなく、1人ひとりの〈考える力〉を伸ばすことに賭けてみたい、そう強く思い開催を決意しました。

 

初回は、仙台市内のみならず、当時、気仙沼で支援活動に参加していた看護師さんらも参加し、支援活動を通じて感じていること、考えていたことなどを自由に語り合うところからスタートしました。

 

「看護とは何か」、「支援とは何か」――沢山の〈問い〉が浮上する中で、特に深刻な問題だと痛感したのが、看護職としての責務と家族のどちらを優先するのかという〈ジレンマ〉に立たされた看護師さんたちの姿でした。震災当時、福島第一原子力発電所の30㎞圏内にある南相馬市立総合病院にて救命医療に携わった太田圭祐医師の書物(『南相馬10日間の救命医療―津波・原発災害と闘った医師の記録』には、こんな下りがあります。

 

「自主避難の指示が出された時、一番多かったのは、どうすれば良いのか戸惑うスタッフだった」
「病院から逃げた自分は、震災について語ることができない
「その場に留まるにせよ、家族の元へ帰るにせよ、〈負い目〉が生じてしまう

 

南相馬市立総合病院は、震災当時、福島原発の事故を受けて、病院側より自主避難の指示が出されました。つまり、〈専門職〉として病院に留まるのか、〈家族〉の元へ帰るのか、その選択は〈個人〉の判断に委ねられたのです。この指示は、スタッフ間に様々な葛藤をもたらしたようです。

 

さらに本書を読み進めていくと、様々な〈問い〉が浮上してきました。

 

病院を離れる時は〈逃げる〉という表現でしか語られていないこと、どちらの選択をとっても〈負い目〉が生じてしまうこと、また、その場に留まることと〈語れる〉という行為がリンクしていること――だとしたら、〈家族〉を優先させて病院を〈離れた〉場合、震災について〈語る〉ことが出来ないばかりか、看護職としての今後の人生に大きな爪痕を残す可能性があるかもしれない。この問題は、決して相双地区の医療専門職に課せられた問題ではなく、同じ〈専門職〉として考えていく必要があるのではないか――そう考えた私は「自分が同じ立場だったらどう考えるか」という視点を取り入れながら「震災と看護」というタイトルで、職業倫理に関するてつがくカフェを、仙台/東京/京都にて開催しました。

 

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写真:2014年7月 日本赤十字看護大学において太田先生の講演を受けて開催したてつがくカフェの様子

 

仙台で開催した時、参加者からは次のような意見が出されました。


「『その場に踏みとどまった自分を支えていたものが医師としての使命感なのか罪悪感なのか』という記述について。罪悪感とは何に対する罪悪感なのか考えた」
「病院管理者としてはスタッフに逃げて欲しいと思っただろうが、逃げるか否かの判断は誰の何に対する判断なのだろうか」
「〈逃げる〉という言葉が頻出しているのが気にかかる。その場を離れる、身を守るとも言えるのではないだろうか」

 

もし自分が同じ立場に立たされたら、どう振る舞うのでしょうか。
ある参加者は、もし自分に守るべき家族がいなければ自分の判断で残るが、守るべき家族がいた場合、その場を離れるかもしれないといいます。また、ある参加者はたとえ医師がその場を立ち去ったとしても、看護師としてその場に踏みとどまり患者の傍にいるだろうといいます。

 

しかし、その場に踏みとどまるにせよ、その場を離れるにせよ〈負い目〉というものが発生するらしい。これは、一体どういうことなのか。さまざまな意見が出されました。

 

もし自分に守るべき子どもがいるにもかかわらずその場に踏みとどまった場合、母親の義務を全うできないことに対する〈負い目〉がついてまわるだろう。他にも、活動を継続しながら、限られた医療資源の中で専門職としての役割を全うできるかといった思いが常につきまとうのではないか。また、その場を離れた場合は、専門職としての責務を果たせなかったことに対する〈負い目〉のほかに、仲間(場)から外れたということに対する〈負い目〉があるのでないか。では、この場合、専門職としての責務と、家族に対する義務、どちらを選択するのかその判断基準は何なのでしょうか。また、そもそも仕事と家庭と対立して考えなくてはいけないものなのでしょうか。

 

ある参加者は、仕事をしている自分の姿を見ることで子どもが理解を示すなど影響を受けることもあり得るので、仕事/家族と単純には分けられないのではないか。また、仕事/家族の構図が競りあがってくるのは今回の震災のような切迫した状況下においてであり、この場合の判断とは短時間で決断しなければならなかったり、偶然で決まってしまうものなので、そもそも判断基準というのは存在しないのではないかといいます。

 

さらに、もしそうであるならば、仕事/家族に優劣をつけることはできず、その場を離れた看護師が、〈負い目〉から、震災について何も語れなくなってしまうというのはおかしいのではないか。看護師も家庭も同じ〈仕事〉だと言えるのではないだろうかという意見が出されました。一方で、看護師以外の参加者より、〈仕事〉に〈専門性〉がついてまわる場合、その責務の範疇とは何なのかという問いが投げかけられました。〈専門職〉とは一体何なのかという問題です。

 

このように、対話がゆっくりゆっくり 進んでいくにつれて、看護師としての役割/責務/職務/使命感/義務/倫理、個人/家族/社会といった様々なキーワードが浮上し、それぞれの意味や互いの関係性について〈遡行的〉に悶々と問い直すことになります。

 

〈ことば〉がなかなか出てこず、沈黙に押しつぶされそうな時もありますが、ゆっくりゆっくり自分のペースで考える行為は、想像以上に楽しいものです。自分/他者との対話を通して、あらためて自分の考えに気づいたり、新たな考えを〈発見〉し取り入れていく。こうした一連の行為を通して、はじめて自分の〈ことば〉が血や肉になっていくのでしょう。

 

会の終了後、まだ話足りず、近くの人と立ち話を続けている参加者の姿を見ると、「上手くいった!」と内心嬉しくなります。

 

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写真:てつがくカフェ「震災と専門職」の板書(ファシリテーション・グラフィック)。当日のグラフィック担当は筆者。てつがくカフェ@せんだいでは、対話を可視化する装置として積極的にグラフッィクを取り入れている。

 

「震災と専門職」に関する対話は、現在も、各地で悶々と進行中です。
次回は、次回は、2015年3月21日(土)に、日本赤十字看護大学において3回目の開 催を予定しています。
福島で生じた問題を、決して対岸の火事にせず、同じ専門職として、粘り強く考えてきたいと思います。
皆様のお越しをお待ちしております!

(近田真美子)
 

現象学的看護研究 イメージ

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