第3回 チンパンジーの台風クラブ

第3回 チンパンジーの台風クラブ

2014.5.19 update.

松本卓也(まつもとたくや)

1987年生まれ。京都大学大学院理学研究科・博士後期課程在籍。2014年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)になる予定。タンザニアの森で約2年のフィールドワークを終え、現在は日本で博士論文を必死に執筆中。趣味は通学途中の読書(漫画を含む)と、大学の体育の授業で学部生に混じって楽しむバスケットボール。
『日本のサル学のあした』(京都通信社)のコラムを執筆。初連載です!

私がチンパンジーの行動を観察するため森へ入るときには、ほとんどいつも現地の調査アシスタントと共に行動する。彼らの多くはトングェ族という民族の人たちだ(※1)。年配のトングェの人たちの中には、かつては森で動物を狩って暮らしていたという人もおり、彼らの森を歩く能力、森の知識にはいつも感服させられる。身体能力が高いのはもちろんのこと、この植物は腹の薬になる、この足跡はヒョウだ、といった知識も豊富である。長年チンパンジーの観察を手伝ってきたアシスタントたちは、そのうえチンパンジーの行動についても詳しく、調査当初の私の良き先生でもあった(※2)

 

そんな彼らに、調査アシスタントとして頼む主な仕事は、チンパンジーを見失わずに追う、ことである。研究チーム全体で協力し、幅2mほどの観察路(※3)を調査区域内に作ってはいるものの、観察路を一歩逸れれば、「藪漕ぎ」をしなければならない。私一人では、藪から藪へと動くチンパンジーを追いかけながらデータをとるのは至難の業だが、調査アシスタントがチンパンジーを追ってくれれば、私はその調査アシスタントを追えばよい、ということになる。人間どうしであれば声をかけあって、位置を知らせ合うことも可能だ。というのも、アシスタントが藪を抜けるスピードが速すぎて(※4)、私が彼らを見失うことがしばしばあるのだ。彼らは「パンガ」と呼ばれる鉈を携帯し、どうしても邪魔な木やつるのみを切りつつ、チンパンジーを追いかける。森歩きが上手な人ほど木やつるを一度に切る量が少なく、極端な話、切った跡が私には全くわからず、藪の中で迷子になったことさえ何度もあるくらいだ。不均一なジャングルジムを無理やり通り抜けるように、あれこれと体勢を変えて藪を抜けつつ、直立二足歩行は藪内の移動には不向きだとつくづく思う。

 

そんな森の達人と言える彼らでも、天気の予報だけは苦手であった。冷たい風が吹き始めて、遠くから雨の音が迫ってくる段になると、「もうすぐ雨だから雨宿りできる場所を探そう」と提案してはくれるが、例えば数時間後に雨が降るかという点に関しては、予想が当たったり外れたりである(※5)。曇り空の中、意を決してキャンプを出発したにもかかわらず、チンパンジーに出会う前に大雨に降られたりすると、本当に悲惨だ。雷光がまるで安っぽい舞台装置のようにわざとらしくビカビカと光り、雨音でまともにアシスタントと会話もできなくなってしまう。我々は雨に打たれてただじっと待つのみだが、さて、チンパンジーたちはどうか。

 

これまで、チンパンジーを観察していて、私がわかった(気になってしまった)行動を紹介してきた。しかしもちろん、私(人間)からは何が行われているのかよくわからない行動も数多ある。その中のひとつ、「レインダンス」と呼ばれる行動を紹介してみたい。

 

 

【観察事例①】オトナオス『ピム』のレインダンス 2011年1月19日12時11分より
 強い雨が降り出した。私の背後からピムがすごい勢いで走ってやってきて、近くの藪へ走りこんでいく。藪の中から、誰かはわからないがチンパンジーの叫び声が聞こえる。その後、ピムは木の上へ移動し、木の枝を両手で掴んで、何度も左右に大きく揺らす。

※参照動画

 

 

チンパンジーのオスはこの事例のように、時おり毛を逆立て、倒木をひっくり返したり、地面を手でパンパンと叩きながら走り回ることがある。ディスプレイ(誇示行動)と呼ばれる行動だ。己の力を誇示するための行動であると言われている。メスでも稀に見られるが、頻度としてはオスが行うことが多い。誰かがディスプレイを始めたら、近くにいた個体は「ガハッガハッ」という挨拶の音声を出しながら恐る恐る近寄るか、安全な木の上に避難する。もしディスプレイをしている個体に追いかけられた場合は、悲鳴を上げて逃げ回る。

 

このディスプレイ(誇示行動)に照らして、観察事例①について考えてみたい。チンパンジー研究者として著名なジェーン・グドール博士は、強い雨や嵐を契機に、もしくはその最中に行われるディスプレーを指して、レイン・ディスプレイ、もしくはレインダンスと呼んでいる。今回、強い雨をきっかけに『ピム』が暴れまわり始めたので、行動のカテゴリーとしてはこのレインダンスに分類されるだろう(※6)。私はピムのレインダンスを見て、なるほど、強い雨の中で行われる迫力満点のディスプレイか、とはじめ解釈していた。雨に乗じて暴れまわることで、さも自分がこの大きな雨音を出しているかのように見せ、力を誇示しようとしているのだ、と。

 

しかし、翌年の雨季にメスのレインダンスを観察して、印象が大きく変わってしまった。

 

 

【観察事例②】ワカモノメス『デボタ』のレインダンス 2012年11月3日8時24分より 
 しとしとと降っていた雨が急に強くなる。木の上にいたデボタが、つかまっていた木性蔓をゆっくりと左右に揺らして、無言でレインダンス。数十メートル先の木の上にオトナオス『オリオン』がいるはずだが、現時点では私の視界からは確認できない。ほとんど周囲に誰もいないように見える。デボタのゆっくりとしたレインダンスは、10分近くも行われた。

 

 

チンパンジーが普段から蔓を執拗に揺らすということはなく、『デボタ』の行動は明らかにディスプレイに分類されるものだった。しかしその様子は、力を誇示する、といった意味合いからは、かけ離れたもののように私の眼には映った。特別誰かに向けて(あるいは誰かが見ているから)やっているわけではなさそうだし、動作が非常にゆっくりである。無言で、しかもかなり長い時間をかけて蔓を左右に揺らす様子はどこか異様であった。情けないがつまり、私にはデボタの行動の「意味」がまったく掴めず、異様に感じるしかなかった、というわけである。

 

これらの観察事例を、私はどう解釈すべきだろう。もちろん、オスとメスでディスプレイが行われる文脈が異なるにもかかわらず、われわれ人間が勝手に(ディスプレイという)1つの名前をつけているだけかもしれない。そして、例えばディスプレイをすることによってのちのち順位が高くなる、あるいは、ストレスの軽減に役立っているようだ、といった、何らかの利益に結びつく行動として、このレインダンスを科学的に理解することもあるいは可能かもしれない。しかし、デボタのレインダンスを見たときに感じた「異様さ」を説明する、という点に関しては、やはりどこか片手落ちな感じがしてしまう(※7)。強い雨に身を委ねて「ダンス」している、といういくぶん頼りない解釈がしっくりくるのではないかと思ってしまうほどに、デボタのレインダンスは私にとってよくわからない行動であった。

 

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我々(人間)が彼/彼女らのディスプレイを見て「ダンスのようだ」と感じる時、それは何らかの共通した感覚を持っているからだろう。タンザニアでの滞在期間中、私は村でトングェ族の踊りの名手を見たことがある。彼は足首に鈴をつけ、太鼓のリズムに合わせて、何かに憑かれたかのように陶酔し、体を躍動させていた。取り巻く大勢の村人たちの中に混じって彼を眺めながら、私はその時、ダンスの異様さ(あるいは本質?)と呼べるような感覚を覚えたのである。かつてジェーン・グドール博士が雨中のチンパンジーの行動をレイン「ダンス」と名付けたように、チンパンジーのこうした行動を目の当たりにして、われわれ観察者が人間の行動に照らし、似た印象を持ってしまうのは事実だろう。

 

ここで、翻ってオトナオス『ピム』のレインダンス、および普段のディスプレイを見つめ直してみたい。確かに力を誇示しているようにも見えるが、行動自体はやはりどこかダンスに似ている。ここまで、ディスプレイに照らしてレインダンスを考えようとしてきたが、(そのレインダンスを含め)ディスプレイそのものを、力を誇示するという側面から少し視野を広げて捉え直してみる価値があるかもしれない。

 

しかし、そこで注意しなければならないのは、チンパンジーが人間同様にダンスをしているかどうかは、行動を見るだけでは断定ができない点だ。チンパンジーが雨の中ダンスを楽しんでいた、と安易に解釈してしまうのは、「科学的でない」だけでなく、これはダンスだと言う時の人間の感覚、認識など、言わば人間にとっての当たり前を、チンパンジーに押し付けることになってしまうかもしれない(※8)

 

彼らチンパンジーの行動を観察して、似た感覚・印象をある程度人間同士で共有するものの、それがチンパンジーにとって「何か」は簡単にはわからない。なんとも、じれったい話だ。

 

 

(本文註)
(※1)現在チンパンジーの調査地となっているマハレ山塊国立公園の区域内にかつて住んでいたが、国立公園化の際に別の場所に移住した、という経緯がある。あるいは、チンパンジー研究者が国立公園化のために移住をお願いした、と言った方が正確だろう。チンパンジーの研究者たちが彼らトングェ族を積極的に雇っているのは、かつて国立公園化に協力してもらったトングェの人たちの雇用機会を提供するため、という側面もある。

(※2)私のような若造が飛び込みで曲がりなりにも研究できているのは、現地の人たちとの信頼関係が、約50年前の研究開始当初から、先人の研究者らによって維持されてきたからこそである。

(※3)あらかじめ藪を切り開いて作る。雨季になると、倒木や下草の繁茂で観察路自体が無くなっていることもあるので、こまめにアシスタントを派遣して、道の整備をしなければならない。

(※4)もちろんチンパンジーが藪を抜けるスピードも速い。正確に言うと、通常の移動速度は人間の歩く速度とほぼ変わらないのだが、そのスピードを藪にはいっても維持できるのである。

(※5)アフリカではしょっちゅう空を見上げて天気を占おうとしていたものだが、日本に帰ってからは、空を見上げることが少なくなった(なんだかJ-POPの歌詞のようだが、単に必要性がなくなったから、である)。天気予報というのはたいへん便利なものだ。

(※6)注意しておきたいが、雨が降り出したらチンパンジーが全員レインダンスを始める、というわけではない(想像するとなんだか楽しそうだが)。基本的には我々と変わらず、ただじっと雨が止むのを待っていることが多い。

(※7)何度もしつこいようだが、私はこのような科学的な捉え方を意味が無い物と片付けようとしているわけでは決してない。わけがわからない異様な行動を前に、科学的に捉えようという意思を挫かれているのではないか、というお叱りを受けることだってあるかもしれない。しかし、現地で私が呆気にとられたり異様だと感じたりしたこともまた事実で、そこから一歩進めて何かおもしろいがわからないかを考えてみたい、と思っている。

(※8)どこに判断基準を置くかにもよるが、チンパンジーたちが人間同様にダンスを楽しんでいる可能性だってある。
 

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