かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2013.12.11 update.
『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!
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おばあちゃんが亡くなってから、おじいちゃんの認知症は一気に悪化しました。まず独語が増えました。ずっと1人でしゃべっています。でも自分がしゃべっているということを意識していないみたいでした。
最初におじいちゃんの独語が始まったときは、家族はびっくりしました。かなり大きな声なので、いったい誰としゃべっているのだろう、電話でもかけているのかしら、そう思って部屋を覗いてみると、こたつに座って1人でしゃべっているのです。話は脈絡がなく寝言みたいでした。
俳句が趣味だったおじいちゃんが、あるとき、短冊に一句を書いて持ってきました。時は春から夏に向かうころだったのに、その句は秋の句でした。
「おじいちゃんの心は秋から冬に向かっているのかな」
娘と夫と私は、なんとも言えない切ない気持ちになりました。
おばあちゃんが生きていたころから、週2回、デイケアサービスに通っていましたが、それにも行きたくないといい家から出なくなりました。
私たちは、おじいちゃんが少しでも気晴らしをして、好きな囲碁でも打ってくれたらいいのに……と、なんとかデイサービスに行ってもらいたかったのですが、1人で行くのが淋しいのか、腰を上げません。
そうこうしているうちに、おじいちゃんが頻繁に、近所のショッピングモールに買い物に行くようになりました。近くと行っても歩いて行くには遠い距離なのでタクシーを呼んで出かけます。
「おじいちゃん、最近よく買い物に行くね?」
夫は自分の親なので案外と冷たく、
「物欲だけは強いんだよ」
なんて言っていました。それにしても、いったい何を買いに、こんなに毎日スーパーに通っているのかしら。あるとき、夫はこっそりおじいちゃんのあとをつけてみたのだそうです。すると、ショッピングモールにある花屋さんのベンチに座ってぼんやりしているのだそうです。
庭木や草花や野菜の苗などがたくさん並んでいる駐車場の脇の花屋スペースには、お年寄りがぼんやりしている姿をよく見かけました。なんとなくもの哀しい風景です。おじいちゃん、ほんとうに淋しかったんでしょう。
しかし、事態は私たちが予想もしなかった方向に展開しました。
ある日、お客さんが来るので夫が同じショッピングモールの中にある「回転寿司」にお寿司の注文に行きました。このお店はおばあちゃんが元気だったころに家族でよく食べに来ていて、お店の人とも顔馴染みでした。久しぶりに顔を出した夫に、お店の女性が言いにくそうに切り出したのだそうです。
「最近、お宅のおじいさんが知らない女性とよく来るんですよ」
「えっ?」
「自分の姪だとかって言ってましたけど、ちょっと、感じのよくない女性なんで気になっていたんです。あのね、おじいさんがお手洗いに立っている間にね、おじいさんのバックを開けて見てたんですよ。だから、まずいんじゃないかなあと思って……」
大慌てで帰宅してきた夫の話に、私も唖然でした。
「まさか、そんなことが?」
「いや、2人でかなり馴れ馴れしくしてるらしいんだ」
「女詐欺かしら?」
「年金目当てで老人に近づくことがあるらしいよ」
「でも、でも、もしそうだったとしても、おじいちゃんがそれで楽しいなら、いいんじゃないかしら……」
夫は「でもお金を取られていたら犯罪だよ」と言います。そのとおりです。だけど私は、なんだかおじいちゃんの人生にそういうことがひとつくらいあってもいいような、なんだかそんな気持ちになっていて、おじいちゃんに問いただすなんてできないなあ、と思ったのです。
「預金通帳のお金なんて、たいした金額じゃないし……」
「いや、だけどやっぱりまずいだろう……」
いろいろ考えて、私たちはお寿司屋さんに「今度2人が来たときは、こっそり知らせてくれませんか?」とお願いしました。そして、おじいちゃんにはこのことは知らないふりをしていました。
派手な格好の女の人で、年は40代くらいだそうです。よく、ショッピングモールにいるお年寄りに声をかけていると、花屋さんから聞きました。
その後、おじいちゃんの外出は止まり、タクシーで通うことはなくなりました。お寿司屋さんからも電話はありませんでした。
「お金を持っていないから相手にされなかったんだよ」
「おじいちゃんはどんな気持なのかしら……」
私たちはこっそりいろんな想像をめぐらせていましたが、いったい何があったのかは今だに謎です。でも、やっぱりあのとき、おじいちゃんに問い詰めたりしなくてよかった……と思っています。
もしだまされていたとしても、それはおじいちゃんの人生だから。
認知症は、ただ認知機能に障害があるだけ。本質が変わってしまったわけではありません。子供を相手にするみたいに、おじいちゃんに「ああせい、こうせい」とは言いたくありませんでした。
私はずっとアルコール依存症の父親と付き合ってきたので、親がやることはかなり冷静に距離をもって見ていることができます。父から鍛えられました。父は父、私は私。家族の問題を自分が背負い込まないこと。でも、決して見放さないこと。共に在ること。
もしかしたら詐欺に遭っているかもしれないおじいちゃんを、ほかの家の家族ならどうするのだろう。私たちの考えは間違っているのかもしれないです。
でも、日々に何もないよりおもしろいような気がしてしまったのです。
いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
11月号の特集は「他専門職のワザがわかる「在宅リハ」の可能性」。在宅におけるリハビリは、個々の生活環境に合わせて行なうことが求められます。その目的は、必ずしも「機能回復」ではなく、「予防」「維持」「緩和」まで含めた、“その人らしい生活”を支えることです。では、その専門職たちは、在宅療養者の何をどうアセスメントし、いかにリハを行なっているのか。その人の“どこ”を見れば、“何が”わかるのか。訪問リハの草分けの“ワザ”に学び、在宅リハの可能性を拡げる特集です。