6-1 「夢の中」へ入る方法―「看取り」のかたち〈その3〉

6-1 「夢の中」へ入る方法―「看取り」のかたち〈その3〉

2013.8.07 update.

なんと! 雑誌での連載をウェブでも読める!

『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!

→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさんブログも

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 末期がんの実父(しかもアルコール依存症)を、家で看取るべきか、ホスピスで看取るべきか。私にとっては悩ましい問題でした。
 私は「実父を家で看取る」という選択をしませんでした。老齢の義父母がいても、さまざまなサービスを利用すれば家で看取ることは可能だったにもかかわらず、父をホスピスに入れました。その理由は、本当のところ、私の精神の問題と関わっているのです。

 

「よい家族」を演じることの向こう側

 

 父が病院から一時帰宅したときのこと。キッチンテーブルに夫の両親と私の父と、3人の老人が座って朝ごはんを食べていました。3人とも無言で、黙々と口を動かしていました。老人に占領されたその光景に、何とも言えない息苦しさを感じました。老いた人間が3人いる部屋はどよんと薄暗く、この3人を看ていくことの重圧に、私は……言いがたい嫌悪感を覚えました。
 同居して5年の義父母とは、心底気持ちが通い合っているとは言えませんでした。2人はとてもよい人たちでしたが、ある宗教を信仰していて、その信仰の強さゆえか他者を受け入れない頑なさがありました。加えて、子どもの頃から酒乱でアルコール依存症の父。その3人が醸し出す退廃的な雰囲気に、私は負けました。とても無理だ……と思ったのです。自分の気持ちが荒んでしまう……と。それもあって、ホスピスで看取ることを決めたのです。もし、老人3人との共同生活が始ったら、私はきっとイライラして父につらく当たってしまうと思いました。
 世の中には、自分の親が大好きで、親の面倒を最後までみたい、1日でも長く生きていてほしい……と願う恵まれた人たちもいます。子どもの頃から親との関係がうまく築けている人は、親への深い愛情を素直に表現できるのでしょう。
 私には、それができませんでした。アルコール依存症だった父との葛藤はあまりに長く、父に対しては、子どもの頃からうっ積していたわだかまりがありました。
 ホスピスに移ったときに、看護師さんから「お父さんも、本当はお家に帰りたいのでしょうね……」とさりげなく言われ、自分がとても批難されている気持ちになったのは、私の心がどこかで父を遠ざけたかったからです。看取る側は、時としてこうした罪悪感をもってしまいます。自分は冷たい人間なのではないか、自分は逃げているのではないか、自分は本当ははやく死んでほしいと願っているのではないか……。
 人間の心は、つねに揺れ動いています。どんなによい人、優しい人でも、いつも天使のような心でいることはできません。寝不足だったり、体調が悪かったり、他に悩み事があったりすれば、気持ちは荒みます。たとえ、相手が末期がんの老人であっても、感情をうまく処理できなくて、怒ってしまうことはあるのです。それが人間というものです。
 そして、怒ったあとで、自己嫌悪に陥るのです。自分が無慈悲な人間に思え、落ち込むのです。私にとって実父の看取りはその繰り返しでした。実の親だから余計に、愛憎が深いのです。私の心の底に眠っていた子どもの頃のつらい記憶まで、どんどん甦ってきて、気持ちの軸がブレてしまうのです。
 私は、そういう自分の気持ちのブレを、なるべく他人には見せたくありませんでした。介護の人にも、看護師さんにも、医師にも、よい家族を演じてきました。
 演じることが悪いことだとは思いません。私と父との間に流れている暗い過去は、どうしようもないのです。兄が自殺したときに、お葬式で兄を侮蔑した父、「おまえの育て方が悪かったからだ」と母親を責め続けてノイローゼにしてしまった父、酒を飲んで暴れて暴力をふるっている父、そんな父との長い長い闘いを経て、私はついに父を看取る歳になっていました。歳月が私と父の心を少しずつ結びつけていきました。でも、父が酔っ払って忘れている暴力は、私の記憶に刻みつけられているのです。
 40歳代になった私は、父を愛おしく思うようになっていました。父の良い面も理解し、愛情を感じるようになっていました。でも、やはり越えられないものがありました。私はまだ父に愛されたという実感がなかったのです。中年になっても私の心には小さな幼子の私が残っていて、その子が淋しがるのです。その淋しさ、むなしさが、私の看取りに影を落としていました。
 意識してよい家族を演じなければ、ボケて寝ている父に怒りをぶつけそうになるのです。
 私は父にこう叫びたかったのだと思います。
 「あなたは、私を愛さずに、死ぬつもりなのか!」と。

 

つづく

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訪問看護と介護

いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。

7月号の特集は「「緩和ケア訪問看護師」の“実践力”を育てる」。看取りまでを視野に入れた「在宅緩和ケア」の必要性・重要性が高まっています。そうしたなか「緩和ケア訪問看護師」を育てようとする動きがあります。多職種による24時間の「緩和ケアチーム」の要にもなる訪問看護師に必要な“実践力”とは?

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