第1話 食欲のジレンマ(1)

第1話 食欲のジレンマ(1)

2013.4.03 update.

吉田貞夫 イメージ

吉田貞夫

筑波大学医学専門学群卒。日本静脈経腸栄養学会評議員・認定医、日本病態栄養学会評議員・病態栄養専門医、日本外科学会外科専門医、インフェクション・コントロール・ドクター、PEGドクターズネットワーク理事。医学博士。平成16年より沖縄に移住。平成24年より現職。近年、高齢者の栄養療法の分野で、多数の雑誌に寄稿。全国各地で講演(『ライブ』ともいわれている)。『MNAガイドブック』の執筆者のひとり。

「食べてくれない」本当の理由 

食欲って、人間の最大の欲望? って思う、今日この頃の自分です。
はじめまして。吉田貞夫と申します。

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記念すべき『かんかん』での連載の、最初のひとことがコレって、どうよって思った方もいらっしゃるでしょうか?? ノホホホ。§^0^§

 

ともあれこの連載では栄養ケアの場面で出会う、あれこれ板挟みの「ジレンマ」と、その解決法について、書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

 

NSTにかかわる方はもちろん、ナースの皆さんは、「食欲のない患者さん」に出会うことがしばしばあると思います。そうした患者さんには栄養サポートが必須であることは、もうみなさんご存知だと思いますが、栄養ケアの基本は、やっぱり「口から食べること」です。

 

特に近年は、安易に経鼻胃管を挿入したり、胃瘻を造設することに対するネガティブな意見も多いですよね。そんななか、食べてくれない患者さんが、徐々に弱っていく姿を黙ってみているばかり……という辛い現場に遭遇することもあると思います。

 

今回は、ある原因で食欲低下をきたした高齢者のお話です。さてさて、あなたは、その原因を見極めることができるでしょうか??

 

■認知症だから、食べられなくても仕方ない?

 

症例は、82歳の女性です。心原性脳梗塞、右片麻痺を主訴に入院されました。高血圧、仙骨部褥瘡を合併していて、前医で認知症と診断されていました(表1)。

 

表1:症例の病歴のまとめ

82歳、女性

身長 148.0 cm、体重 42.8 kg、BMI 19.5 kg/m2

診断:

心原性脳梗塞、右片麻痺、高血圧、認知症、仙骨部褥瘡

現病歴:

・60歳ごろから高血圧、心房細動を指摘され、内服治療。2週間前に脳梗塞を発症し、急性期病院に入院。状態が安定したために、リハビリテーション目的で転院。

・重度の右片麻痺があり、自力歩行は困難。日中は車いすで過ごす。

・食事状況:ミキサー食で、食事摂取は、毎食3〜4割ほど。

・認知症の可能性:長谷川式 14点、MMSE 18点

 

 

入院当初、表情も乏しく、意思疎通も思うようにいきません。かと思うと、「もう私はダメでしょ。死んだ方がいいの・・・・・・」などという言葉を口にして、涙を流すこともありました。食事はミキサー食で、毎食3〜4割ほど、およそ700 kcal程度しか食べてくれません。認知症の判定を行うと、改訂長谷川式簡易知能評価スケールが14点、MMSE(Mini-Mental State Examination)が18点でした。ともに、20点未満の場合は認知症の疑いと判定されます。前医の診断通り、やはり認知症なのでしょうか

 

認知症の高齢者では、食事に関する問題(摂食障害)が高頻度に認められます。米国ハーバード大学の研究では、認知症高齢者の86%に摂食障害が認められ、摂食障害の認められた症例では、生存率が低いということも報告されています。この患者さんも、認知症で、食事を食べられないとすると、徐々に衰弱して、亡くなってしまったとしてもやむを得ないのでしょうか……?


■そもそも認知症なのか?

 

しかし、ちょっと待ってください。患者さんの表情や、時折口にされるという、あの言葉「もう私はダメでしょ。死んだ方がいいの」が気になりませんか?

 

これは、希死念慮。そこで私は、うつ病の可能性を疑いました。高齢者うつ病の評価スケールで、GDS-15(Geriatric Depression Scale)というものがあります(表2)1。5点以上でうつ傾向、10点以上でうつ状態と判定されるのですが、評価を行ってみると、この患者さんの点数は11点でした。そう! うつの可能性が高かったのです。

 

表2:GDS-15(Geriatric Depression Scale)

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そこで、抗うつ薬(SSRI)を投与してみることにしました。ご存知のように、抗うつ薬は、投与してすぐに効果を発揮するものではありません。看護師のみなさんと、1〜2週間、じっと効果を観察することにしました。うつ病なら、きっと、何らかの変化が見られるはず。

 

すると、どうでしょう。2週間後より、患者さんの表情などが改善してきました。あの希死念慮も、表情の改善とともに、消失しました。そして、驚いたことに、うつの症状が改善すると、経口摂取量も改善したのです。この患者さんの食欲低下の原因、それは、うつだったと考えられます。

 

やがてこの患者さんは、3食とも全量自力で経口摂取ができるようになり、退院時には、1日1800 kcalをきちんと食べ、「みなさんがとってもよくしてくださるから、ここまで元気になりました」と笑顔をみせてくれるまでになりました。

 

■高齢者のうつ病と認知症の鑑別は難しい

もし、「うつ病ではないか」と疑って抗うつ薬による治療を行っていなかったらこの患者さんはどうなっていたでしょうか? 前医の診断通り、認知症と決めつけられ、「認知症だから、食べられなくても仕方がないのかも…」と諦められてしまっていたかもしれません。

 

高齢者のうつ病は、「仮性認知症」ともいわれるほど、認知症との鑑別が難しい疾患と言われています。この症例のように、認知症と決めつけられた結果、低栄養状態でも手を差し伸べられずにいる高齢者うつ病の患者さんは、少なくないのではないかと思います。

 

高齢者うつ病と認知症によるうつ状態の鑑別のポイントを表3にまとめます。

 

 

表3:高齢者うつ病と認知症によるうつ状態の鑑別のポイント

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認知症高齢者への経腸栄養の是非が取り沙汰されている昨今では、経口摂取が行えない時点で、栄養状態を改善させる手段がないということになりがちです。しかし、私たち医療者が高齢者うつ病のことを理解し、その可能性を疑うことによって、その患者さんの人生が、こんなに大きく変わってしまうことがある! これは重大な問題だと思います。


■おまけ

今回の患者さんとは対照的に、自分は、食べることが大好き。食欲の塊みたいな感じ…。

ですから、筆者のブログ

http://plaza.rakuten.co.jp/awamorimeister/

 

をみていただいても、おいしいものの記事ばっかりです。

時折、自分の食欲って、暴走してるんじゃないかって思うときもあります。イケませんね…。

でも、それが、おかげさまで、健康な証なのかもしれません。

 

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帯広市『ぱんちょう』の豚丼

 

そもそも、食欲は、人間の基本的な欲求のひとつ。『マズローの欲求段階説』では、そのもっとも最下層、生理的欲求のなかに分類されています。つまり、生命維持のための本能的、根源的な欲求なんです。患者さんにとって、食欲がない状態というのは、それより上層の、安全、所属、承認、自己実現などの欲求も減退させ、おそらく生きていく希望なども持てない状況を作り出してしまうのではないでしょうか? 患者さんの尊厳を守るためにも、食欲のケア、本当に大切だと思います。

  

 

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マズローの欲求段階説における食欲の位置づけ

 

やっぱり、栄養ケアって、奥が深いですね。「栄養のチカラ」を信じて、毎日のケアにベストを尽くしましょう!

 

この連載では、今後、認知症の患者さんに食事を食べてもらえる工夫や、がん患者さんの食欲低下について、脂質をうまく使いこなす工夫、適切なタンパク質の摂取量、電解質、微量元素の話題など、栄養ケアに関する話題を順次お届けします。お楽しみに。

 

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この連載の紹介リーフ(pdf)を作りました! よろしければこちらからダウンロードしてプリントアウトするなど、共有してください!

 

 

参考文献
1.吉田貞夫.認知症・うつ.雨海照祥、葛谷雅文、吉田貞夫、宮澤 靖編.高齢者の栄養スクリーニングツール MNAガイドブック.医歯薬出版,2011.
2.見てわかる 静脈栄養・PEGから経口摂取へ.学研メディカル秀潤社,2011.

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