かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2013.4.08 update.
杏林大学医学部付属病院に長年勤務し、その後、公立病院勤務を経て2007年にひとづくり工房esucoとして起業。現在、ナースファシリテーターとして看護協会、病院での研修セミナー講師、看護部門の業務改善プロジェクトや人材育成についてコンサルティングを実施。生き生きと看護師が語る「語り場づくりファシリテーター」として、看護師への支援活動を行っている。
こんにちは。ナースファシリテーターうら凛です。
前回は、自律した風土を創るために、個々の力を引き出し合い、それらを学びとするために共有し、強化する対話の“場”を創る方法として、
①それぞれの力を引き出し合うファシリテーションスキル
②学び合いにつながる参加型の教育の手法としてのワークショップ
があると考えています、とお話しました。
看護マネジメントの現場では、看護師長会、多職種カンファレンス、病棟カンファレンス、もっと小さい単位では固定チームのチーム会議、面接とか、多種多様な「対話の“場”」があります。
多忙なナース業務、限られた時間のなかで、個々の力を引き出し合い、共有し、強化する有意義な「対話の場」にするために、私たちはどのようなことを準備し、心がける必要があるのでしょうか。
今回は、この連載のお題である「ファシリテーション」が活躍する、看護現場における「対話の場」、ファシリテーションスキルが活躍する“場”って何? ということについて、考えてみたいと思います。
管理職やリーダーの方から「いくら話し合いの“場”で、みんなで共有し合いながら、決めていこうと努力しても、参加者の話が弾まない」という相談を受けることがあります。
「言いやすいように気を使って、どんなアイデアでもいいから自由に出してほしいと言っているのに、なんだかし〜んとしてしまう」と言うのです……。
「話し合いの場」、特にいろいろな立場のひとが同席している場においては、この自由に、という言葉がクセモノなのです。
●目上の人からの「自由に!」という言葉が生む、不自由さ--話し合いの場におけるクセモノキーワード
子どもの頃のことを思いだしてください。そうですね、小学生の頃がいいかもしれません。
先生から「今日の学級会の時間は何をしてもいいぞ! 自由に考えて」と言う提案があったとします。子どもですから、それじゃあ〜といろいろ提案をするのですが、何でも自由にしろと言っていたはずの先生は「それはうるさくなるからだめ」「それは危ないからだめ」「それは……」とどんどんつぶされていってしまい、結局いつもと変わらない、先生の提案で物事が決まってしまう……そんな経験はありませんでしたか?
そうなんです。「自由になんでもどうぞ」と言われても、そういう体験があったりすると、「自由にとは言っていても、どうせ完全な自由なんてありはしない。何か制限があるはずだ」という気持ちが生まれてきたりするわけです。もちろん誰もがそんな体験をしているわけではありませんが、おとなになってから目上の人から「自由にしていい」と言われたとき、なぜか戸惑ってしまったり、「ほんとにさせてくれるの?」という気持ちがわいてくる人は少なくないと思います。
前述の小学校のケースでも、先生には本当に自由にしてもいいよという純粋な気持ちもあったでしょう。でもやはり、教師と言う「役割」の中で、自由とはいっても、それまでの体験の中で、勝手に学校ではこうあるべきだ......と制限をかけてしまうのだろうと思います。
看護組織でも同じではないでしょうか。
組織内で前例のないことを始めようとしたときの周囲からの抵抗感や、やっかみも含めた出る杭は打たれる的な風土が潜在している施設はたくさんあるのではないでしょうか??
そんな現状を打破し、ナースマネジャーがリーダーシップをとって、自由な発想や自律的な風土を創ろうと思い行動するとき、思い切って立ち上がってみたけれど、歯がゆいほど周りが一緒に動いてくれない……このような経験、ありませんか。こうした状況が、冒頭に書いた相談が生まれる根本原因ではないかと思っています。
●対話の場を有意義なものにするため、参加者全体の「場」への準備性を高める
このような現状を打破し、対話の場を有意義なものにする、対話の場から新しい価値を創造するためには、どうしたらよいでしょうか。
それにはまず、対話の場で起きやすい2つの状況を知っておくといいでしょう。
状況1【何をしてほしいのかはっきりわからない場だと、参加者は警戒する】
仕事の途中で上司から「後でちょっと来て」と言われたとしましょう。どうですか。それから「一体、何の話だろう〜」とドキドキしたりしませんか?
もしかしたらあのこと? このこと?と、勝手に不安や心配になってくるかもしれません。これは、自由になんでも言ってよい、という会議の導入が相手に与える心理的負担と同じです。相手の顔色をうかがうわけではありませんが、人は(特に看護職は)無意識的に、相手が期待していることに応えようとするものなのです。先に「○○のことを相談したいから、後で話に来てね」と言われれば少しは不安が軽減しますね。
企画する側は、まず「何のために」その場を設定するのかをよく考えます。その上で、どんな環境や流れをつくっていこうかと考えていくのです。
・対話の場の準備、対処。
このことを対話の場に置き換えて考えてみますと、まずどのような対話の場でも、「目的をはっきりと伝える」と場の様子が変わるものなのです。
・ この場は話し合い(会議)なのか、語り合いの場なのか
話し合いの場であれば、何らかの検討事項があったり、求められる結果があるのですが、自由に今の感情等を語り合うような対話の場であれば、何か結論をまとめたり、整理する必要はないわけです。このように、何が期待されているのかがわかると言う事は重要なポイントになります。
・ 共有する場なのか、発散させる場なのか
対話の場であっても、それぞれが「話す」事に力点がおかれるのか、参加者全員の「相違点を共有」する事に力点が置かれるのかによって、場の組み方は変わります。もちろんその両方が求められる場もあります。
・ 何かを決めるのか/決めないのか
最終的になんらかの決をとるのであれば、予め決のとり方や、話しの流れを提示しておかないと、どんどん先を急いでしまう事が生まれたりします。ゴールがはっきりしていると、参加者が安心してその場に参加できるようになります。
・ここで何か発言してしまうと自分がやらなくてはならなくなるのかどうか。
話がしにくくなる要因がどこにあるのかを知っておく事が大切です。何かを発言するとやらなくてはならないといった風潮があると、それを取り除かない限り自由な意見は生まれません。
どのような場なのかをあらかじめ共有しておく(開始時オリエンテーション)ことで、話し合いの場に対する不安、不信が和らぎ、流れがスムーズになります。そうしておくことで、たとえ実際の流れのなかで場が混乱してしまっても、戻るところをつくれるわけです。それは私たちが看護研究で方向性を見失いそうになったときに、看護計画書にもどることができることと同じなのです。
状況2【自分が思う以上に、場に影響を与えていることを自覚する】
これは特に、先輩や上司と呼ばれる立場にいらっしゃる方に自覚していただくことが必要だと思います。こちらは同じ医療者として一緒に土俵に立っているつもりでも、相手から見たらジャッジをする人に見えたり、答えをもっている人に見えたりしているかもしれません。
何より、自分よりもずっといろいろなことを知っている人だと思ってしまうと、そんな人を前に何を言ってもその意見はつまらないような気持ちすら、後輩たちは抱いているかもしれません。
このように、そういう立場や役割(役職も含めて)をもっている人は、自分が自覚する以上に相手に大きな影響を与えているものなのです。これは一旦、立場や年齢で上下関係が生まれてしまうと、務めて相手の立場になって考えてみないとわからないものなのです。
マネジャー自身は何も言っていなくても、「私はこの人の期待に応えなくてはならない」とか、「こういうことを言ったら自分の評価が下がる」「こうしたいと言ったら担当にさせられる」といったことを相手に考えさせてしまうのです。
私だけはそんなことはしない、していない、と思われるかもしれませんが、予期せず立場が相手を縛ってしまうことは往々にしてあるのです。
◎対話の場の準備、対処
対話の場の準備、対処、あらためてを対話の場に置き換えて考えてみますと、まず状況1と同様にどういう場なのかをしっかりと共有し、ゴールイメージや期待を簡潔に伝え、それぞれの参加者はどのような役割でここに参加するのか、何をしてほしいのか/してほしくないのかを伝え、だいたいの流れなどを伝えます。場合によってはどうやって話を進めていくのかといった部分も一緒に創っていくようにすると、場はかなり安定します。
「そんなことは言わなくても参加者はわかっている」と思われるかもしれませんが、案外、わかりきったことでも口にしてみるだけで参加者の表情が柔らかくなるのを感じることができます。
また、オリエンテーションを紙などに経時的に書き出して共有しておくと、話し合いが進むなかで話題が混乱したり、本筋からずれてしまったときに戻ることができます。
話し合いの前に、まずこのあたりを整理して、対話の場を開く目的を共有しておくとよいでしょう。
(つづく)