『【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況』制作こぼれ話

『【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況』制作こぼれ話

2012.9.26 update.

本書編集担当 石川誠子こと、イシカーさん

 

精神科医療者の皆さんなら、「呉秀三」という名前と、「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」というフレーズを、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。このフレーズは今回現代語訳した『精神病者私宅監置ノ実況』に出てくる一文です。 

 

呉秀三は、精神病者を私宅で監禁することを強制する精神病者監護法を廃し、新しい法律(精神病院法)を作り、病者を病院で看るという形を目指そうとした人です。そして新しい法律制定の根拠として、政治家向けに作成した調査報告書が、この『精神病者私宅監置ノ実況』だったといわれています。その意味で、この本は近代精神医療の原点といっても過言ではありません。

 

制作期間3年という異例の長さで、「明けても暮れても呉」とばかりに本書の編集に携わった編集者2人が、個人的感想も含めて、この本を制作しながら「ここがおもしろかった」という裏話を紹介していきたいと思います。

 

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※『精神病者私宅監置の実況』原本(石川私物のため書き込み有。クリックすると拡大されます)

 

●当時の人々の息遣いが聞こえる
今回、現代語訳を発行しようと考えた大きな理由は2つでした。

 

1.呉秀三という名前や上記の言葉は誰もが知るけれども、原文は、90年前の旧漢字、カタカナ文であるため、読むことが非常に困難で、誰もが読み通せるというものではなかった。
2.明治大正時代の人々の暮らしぶり、風習、社会通念を伝える、民俗学的にも貴重な一次資料である。

 

実際、プライバシー保護といった点でも、その遠慮のない表現といった点でも、現代の私たちでは決して作れない書物だと感じます。この時代の空気、人々の暮らしぶりが濃厚に感じられる本で、読み進めると、引き込まれてしまう魅力に満ち溢れています。なかでも圧巻なのは、やはり第2章に展開される座敷牢実地調査の部分です。本人写真あり、家の間取り図あり、でもなぜか住所・名前だけは伏字になっているという中途半端さが不思議です。

 

東京帝国大学医科大学精神病学教室教授だった呉は、医学士、医学博士である弟子たちを一府十四県に送り、視察を命じ、そこであがった調査報告をまとめたのがこの本なわけですが、映っている写真などを見ても、交通も不便な九十年前に、野に山に分け入り、よくぞここまで調べたなと感じます。

 

水盤(すいばん)、盥(たらい)、飯盒(はんごう)、鞠(まり)、煙管(きせる)、などの生活道具や、半纏(はんてん)、袷(あわせ)、単衣(ひとえ)などの着物の名前、呉座(ござ)、薄縁(うすべり)、藺草(いぐさ)、皆川蓆(みながわむしろ)などの敷物の名前などが詳しく出てきます。また薬のなかった時代ですから、墓から人骨の混じった土を取ってきて病者に飲ませたとか、みね打ちをして狐を追い払おうとしたとか、呪符を授かってきて家に貼ったとか、そういった民間伝承の方法も記されており、民俗学、民族学、社会学的にも価値がある資料だと思います。たとえるならば、実地調査版の柳田国男『遠野物語』と言えるでしょうか。

 

呉は警察が管理していた監置精神病者台帳の正確な引き写しを弟子たちに求めたので、「監護義務者」「資産」「生活程度」「監置の日時」「監置の理由」「監置の場所」「監置室」「家族の待遇」「病状」「医薬」などの調査項目はある程度そろっているのですが、よくよく見ると、なかには全く無視して書いた調査者や、自分が関心ある加持祈祷だけは妙に熱心に書いた調査者など、個性もいろいろです。

 

●庶民とエリート
全体の文章から立ち上ってくるように感じたのは、この時代に存在していた「身分差」あるいは「格差」でした。視察者たちは、小学校卒業すら多くない時代に、大学の院生たちなわけですから、経済的にも、家柄的にも相当条件がそろったエリートなわけです。もちろん同情をもって調査にのぞんでいたと思いますが、「自分も同じ立場になるかもしれない」という想像力をもって病者を見ていた人ばかりではなかったように感じました。

 

第64例で樫田五郎が、白いスーツを着て、分厚い本で監置者を指し示し、座敷牢の前で記念写真然と悠然と写っている写真なんかを見ると、特にそんなことを思います。余談ですが、この本の共著者樫田五郎は、この本の症例写真に、ちゃっかり自分も写り込んでいるのです(第64例と第103例)。そんなことをしたのは樫田だけです。

 

●不思議な気分になる症例たち
第70例の、裸のマハと見まがう裸の男性被監置者の写真は、医学部教育の教科書に載っていて、医師たちのなかでは大変に有名だそうです。私個人は、第27例の癲癇(てんかん)の患者が、檻の中でにっこり微笑んで記念写真のように写っている写真が不思議で、見るたびに魅かれます。

 

また第89例の、妊婦を裸にして縛り上げて虐待していたような、読むのもつらいような事例や、柵を二重にして厳重に監置されていたような事例がある一方で、第91例などは監置室に穴が開いていて、近隣が分けてくれる食事をもらいに自分で毎日出かけているので、視察時も留守でした、、、のような脱力してしまうような事例もあるのでした。

 

●戦争の時代をところどころに感じる
金川英雄先生の「まえがき」にあるのですが、伝染病対策や精神病者対策は、当時の内務省が管轄でした。内務省は製糸業、農業等の産業奨励や警察部門を持っていたため、犯罪捜査のほかに思想弾圧をしたことでも知られています。

 

私宅監置も、警察が指示を出し、監督していたから、医療よりも監禁に重きが置かれてしまったんですね。この調査書も、内務省組織には直接組み込まれていなかった医療職の呉だったからこそ可能だったわけですが、それでも内務省批判にならないように気を使い、「前の法律よりはよくなったが、さらによくするには…」のような、SST(Social Skills Training:とにかく誉めるのがコツ)かと見紛うばかりの書き方をしたりしています。

 

それから、不敬罪(天皇家への冒涜の罪:本書286頁参照)や浮浪罪(一定の住所なく徘徊する者は拘留できる:本書159頁参照)といった処罰令もあったので、こうした素地がそろえば人々の言論は抑え込まれるよなあと、今さらながら戦争につながる時代の背景を知ったのでした。

 

●例のフレーズはどこに出てくるか
第5章「私宅監置の統計的観察」は、全体の症例をまとめ、統計を出そうとしている章です。やたらとすべて「%」で計算しているのですが(ちなみに「プロセント」と書かれています)、明治・大正のそろばんしかなかった時代に、よくぞこの計算をしたなあと感心してしまいます。「統計」「数字」というものが持つ説得力を呉は知っており、政治家の心をつかむために意図的に使ったんじゃないかなと思います。

 

果たして、国や政治を動かし、新しい法律を作ろうとした男の野望は成就したのでしょうかー!答えは、本で読んでくださいね。
最後に、雑誌を読んでくださった方だけにサービス。例のフレーズ「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」は、いったいどこに訳されているでしょう。
答えは、第7章「意見」の頭のほうにあります(本書334頁の16行目)。ぜひ見つけてみてくださいね。

 

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視察者と座敷牢の患者、家族が交差した
一瞬のスナップショットの魅力

本書編集協力 川口達也


本書の中核をなすのは、明治大正期に“座敷牢”に閉じ込められていた患者の100を超える事例です。その多くは、視察者が自ら調べた、あるいは観察した様子を淡々と記録したものです。ただ、その中に少数ながら、視察者自身と患者、あるいはその家族とのやりとりを交えた記述があります。いわば筆者自身がリポートそのものの中に登場している事例です。そうした記載が、この「実況」をよりヴィヴィドなものにしているように私には思えました。そんな場面をいくつか拾ってみましょう。

 

例えば第27例では、猛暑のさなかだったため、訪れた際、男性患者はもろ肌を脱いだ姿でした。しかし、視察者が写真を撮りたいと申し出ると、すぐに着衣を整え、愛用らしい茶碗もきちんと監置室の前に並べ、にっこり笑って「『レンズ』中の人物」となってくれます。第66例の男性患者は、「理解力、注意力が相当良く」、訪問した視察者に向かって、際限なく不当な監禁であることを訴えます。一方、その家族も、市が肩代わりした監置前の入院費の負担に悩んでおり、視察者にその旨を「くどくどと訴えてやまなかった」様子が活写されています。また、第101例の患者の場合、逆に「あなたは誰ですか」と訪問者側を問いただし、視察者が名刺を差し出すと喜び、やはり警察の不当監禁への恨み言を吐露した上、精密な診察を乞う場面が記録されています。

 

さらに第102例では、裸で監置室内を歩き回っていた患者が、視察者の用件を聞くとおもむろに服を着て、撮影も嬉々として応諾し、日々自分が熟語の抜き書きをしているノートも披露。「字は丁寧で鮮明であった。視察者はこれを持ち帰った」と記載されています。第105例は、高齢の被監置者の世話をしている肢体不自由な独り息子のケースです。市の支援を受けつつ細々と草履を作って生計を立てながらも、孝行の情は揺るぎなく、その姿は視察者の胸を打ち、思わず「この不幸な父子のため小銭を恵んで辞去した」のでした。第118例の寺社の水治療の現場(滝壺)では、視察者はせん妄状態に陥った女性患者を目の当たりにし、すぐさま応急処置を施した後、入院に至るシーンが描かれています。


 

【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況 イメージ

【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況

近代精神医療の原点、待望の現代語訳
呉秀三は、明治・大正の時代に精神病者監護法で定められていた精神病者の私宅監置義務を廃し、患者が精神病院において医療を受けられるための、新しい法制度を作ろうとした人物である。政治家を動かすために、呉秀三が作成した調査報告書が本書である。日本各地の座敷牢の実態をなまなましい姿で伝える本書は、民俗学、社会学的にも貴重な歴史的資料でもある。90年以上前に作成された旧漢字・カタカナ文による文章を現代語訳し、現代の私たちが難なく読めるようにした。精神科医療関係者や図書館等には、ご購読をお勧めしたい。

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