講演録「心の技法」(5) 朝の過ごし方

講演録「心の技法」(5) 朝の過ごし方

2011.8.30 update.

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名越康文

1960年生まれ。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院精神科主任を経て、99年、名越クリニックを開業。専門は思春期精神医学。精神科医というフィールドを越え、テレビ・雑誌・ラジオ等のメディアで活躍。著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『薄氷の踏み方』(甲野善紀氏と共著、PHP研究所、2008)などがある。2011年4月より「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com/)にて公式メルマガスタート。

本稿は、2011年1月26日、医学書院で行われた「ナーシング・カフェ 医療者のための心の技法」での名越康文氏の講演をまとめたものです。

 

前回より続く

 

怒っている人も、苦しんでいる

 

怒りというものが、僕らを苦しめているものの正体だということをずっと語ってきましたが、そうすると当然、「ではどうやって怒りをコントロールしたらいいのか」という疑問が出てくると思います。ようやく、長い前置きを経て、その方法論の解説に入れるわけですが、その前にひとつ確認しておきたいと思います。それは「皆さんほんとに、本気で、自分の怒りを制御したい」と思っていますか、ということです。

 

僕らが怒るときというのは、だいたい「怒らせる人」がいるからですよね。じゃあ、“怒らせる人”というのはどういう人なんでしょうか。すごく、嫌味を言ってくる人とか、否定的な人、こちらを攻撃してくる人、無視する人、無礼な態度を取る人。いろいろいらっしゃるとは思うんです。でも、その人たちを丁寧に見ていくと、その人も怒っている、ということに気がつくと思います。

 

嫌味を言う、というのは、先に述べた「軽視」に取り憑かれている人です。つまり、向こうも不幸な人なんです。バカにする人、嫌みを言う人、悪口を言う人、うわさ話好きな人、人を怒らせる人というのは、冷静に見ればその人自身がある意味では不幸の渦中にいるということができます。

 

そこまで思い至ると、だんだんそのことに腹を立てずに済むようになってくる。でも、多くの場合は、「だってあの人がこんなことを言ったから」「ああいうことをしなければこちらが腹も立たないのに」という考えに取り付かれてしまうと思うんです。そう考えているうちは、やはり「怒りは自分の心の中で生じている」ということに、十分に向き合える態勢に入れないんです。

 

「この人はほんとに苦しんでるんだな」と心底思えたら、腹は立たないはずなんです。怒らせる人は、すごく孤独で、人を信じられなくて、ほんとに情けない気持ちで生きている、というところまで洞察が及ぶと、そこまでカリカリしなくなる。もちろん、完璧に怒らないなんていうことは無理ですよ。でも、今までカチンときていたのが2割ぐらいは減ってきます。僕はものすごい怒りっぽいタイプなので、2割減るとかなり大きい(笑)。さまざまな方法論はありますが、それと並行して、こうした怒りに対する自分なりの洞察を重ねていくことをお勧めします。

 

朝起きたときの自動思考がターゲット

 

怒りを制御する具体的な実践法として、最初に注目していただきたいのは「朝の過ごし方」です。朝起きたときの、頭がぼやっとした状態を思い浮かべてください。起きた瞬間に「あー気持ちいい、今日はもう最高の一日だ」と思える人ってなかなかいません。特に医療関係者には皆無でしょう(笑)。医師なら当直、看護師さんなら三交代、二交代がある。ちゃんと眠れないから、なかなかさわやかな寝覚めというわけにはいかない。一定の睡眠と覚醒のリズムとれていない人は、朝、ぼやーっとしている時間がどうしても長くなってしまいます。

 

起きたばかりの意識が不鮮明な状態のとき、僕らの頭には、自動思考(automatic thought)が生じています。この自動思考というのはだいたいうつ病の時によく起こると言われていますが、基本的には誰にでも起こっているものです。この自動思考はなかなか言語化できず、それが生じていることにすら気づかないことがほとんどです。ですから一度、朝、意識がもわっとしている時間帯に、頭の中に浮かんでは消える言葉を追ってみてください。「ああまた月曜や」「今日病棟会やな、またあの先生、話長いで」「そうや、今日私、司会やん……」と、いろいろ暗い考えが自動的に浮かんでいる。こういう朝起きたときの自動思考による暗い考えが、実は僕らの心を疲れさせています。

 

仏教ではこうした「暗さ」も怒りである、ということを説いているのですが、起き抜けの自動思考が、僕たちの心を疲れさせているという側面は、臨床的には非常に大きいと感じています。

 

うつ病の患者さんを臨床で診ているなかで、僕はこのことに気がつきました。うつ病の患者さんに睡眠薬を出すと、はじめはすごく元気になるんです。でも、1か月も経つとまた落ち込んでくる。なぜそうなるのか、ずっと原因がわからなかったんですが、患者さんの話を聞いているうちにだんだんわかってきたのは、こういうパターンに陥る人のほとんどが、朝目が醒めてからも、1時間も2時間も、布団の中にいるということだったんです。

 

そうすると、自動思考が生じてくる。ベッドの中で一人、頭の中に魑魅魍魎の世界を構築し続けてしまうんですね。「私ってバカだ」「あいつはバカだ」「社会が悪い「人類は最悪の存在だ」といったネガティヴな思考が、どんどん拡大再生産される。だから、よくいう「生活習慣を整えましょう」というのは、治療としては非常に正しいといえるでしょうね。薬は必要かもしれないけれど、それはあくまでも手段であって、生活習慣を変えなかったらうつ病は治らない。少なくとも一臨床家として、僕はそう考えています。

 

特に、睡眠薬で寝ることができたとしても、起きた後やることがないと、その後ずっと布団のなかで暗い考えを反芻して、ヘトヘトになってしまう。うつ病を慢性化させてしまうこれが僕の仮説です。

 

できるだけ早く、覚醒度を高める

 

自動思考というのは、意識レベルが落ちてきたときに、意識の制御を外れた脳が、ある種暴走して生じるものだと考えればいいでしょう。精神科の看護師さんは必ず見たことがあると思うんですが、鎮静をかけたとき、患者さんが完全に睡眠状態になるまでの間にあることないこと、喋り続けるということがあります。

 

つまり、脳って、意識によるブレーキを踏まないかぎり、暴走するという性質を持っているのだと思います。人間の身体というのは意識が落ちると止まる部分と止まらない部分がある。筋肉はもちろん、内臓でも、鎮静をかけると止まるものが多い。でも、脳は止まらない。神経も止まりません。むしろ暴走する。

 

意識レベルが低下すると、抑えが利かなくなって、どんどん暴走する。そうやって生じる妄想のほとんどは暗いものです。このように考えると、朝、しゃきっと早く起きたほうが、一日元気で過ごせるということがちょっとわかっていただけると思います。

 

怒りの制御のツボは、朝の過ごし方にある。あるいは、三交代の人の場合は夜勤に備えて夕方起きたときでもいいんですよ。そのときに生じた自動思考を、できるだけ早く断つようにする。

 

では、自動思考を止めるためにどうすればいいかというと、なるべくすばやく覚醒するということにつきるんですね。目が覚めたら、なるべく10分以内に出るようにする。30分以上もぐずぐず布団の中にいると、自動思考に襲われてしまいます。寒い時期、電気毛布で寝ている人の方がつらいかもしれませんね。いつまでも温かいと布団から出れません。湯たんぽがいいです。あれは6時間ぐらいしか温かくないから、8時間も経つと寒くて目が覚めます。

 

起きてまだボーっとしてる人は、ぜひ、冷たい水で顔を洗ってください。顔を洗うのが辛ければ、目に冷たい水をつけるだけでもいい。それだけでも、自動思考から離れることができます。

 

また、低体温気味の人は、起きた後もなかなか体温が上がらなくてしゃきっとしないと思います。そういう場合はぜひ、朝から熱いシャワーを浴びてください。体調の悪い時は、背骨に上から順番にずうっと当てて尾骨までかけます。温度は40度以上で、ちょっと熱いなぁという程度です。そうするとしゃきっとしてきます。

 

風邪っぽいとか、ものすごく疲れて調子が悪いという人は、シャワーを浴びながら、よく身体の状態を観察してください。目をつぶって、頚椎から順番に、胸椎、腰椎、尾骨まであてる。そうすると、熱さをあんまり感じない場所があるんです。そういう場所があったら、そこを重点的に温める。そうすると身体の感覚の鈍りが改善されます。
 

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