看護師専門お悩み外来 〜出張版〜

看護師専門お悩み外来 〜出張版〜

2011.6.17 update.

宮子あずさ

東京厚生年金病院内科病棟を経て、神経科病棟および緩和ケア病棟の看護師長を歴任。2009年3月、勤務先を退職。現在は精神科病院のパート看護師として勤務する。看護師として働く傍ら、精力的な文筆活動を展開。著書に『看護婦が見つめた人間が病むということ(講談社文庫)』『人生に必要なことはぜんぶ看護に学んだ : 宮子あずさのサイキア・トリップ(医学書院)』など多数。
【ほんわか修士生活】(ホームページ)http://www1.parkcity.ne.jp/miyako/

※この記事は『看護師専門お悩み外来』宮子あずさ著(医学書院、2008年発行)に掲載されたものです。

 

最近の医療批判報道、一方的すぎやしませんか!?

 

医療を批判する報道が本当に増えています。当院を受診する患者さんのなかにも、最初から医療者に対して不信を抱いている印象の方が増えています。たしかに、十分な医療が受けられなかった方や過誤の被害を受けた方がいるのも事実でしょう。でも、そのせいで日々一生懸命やっている多くの医療者まで責められ、疑われるのは腑に落ちません。患者さんとの信頼関係を築くのが難しくなっているように思います。これではよい医療が成立しないのではないでしょうか。(30代・女性・外科病棟)
 

宮子 あなたのお気持ち、とてもよくわかります。昔から思っていたのですが、マスコミはなんでも極端によい面と悪い面しか取り上げないものです。

フツーの人がフツーに働いているのでは、ニュース性が薄いからでしょう。マスコミも商売だから仕方がないのかもしれませんが、アラばかり探されたのでは、探されるほうはたまったものではありません。患者さんもマスコミの本質を多少は理解して、あおられないようにしてほしい、そう思うのは望みすぎなんでしょうか。とくにテレビは即物的なメディアだけに、やりたい放題の感が強いと感じます。
 

かくして宮子は、よほどのことがないかぎり、医療番組は見ません。たまたまやっていても、チャンネルを変えてブロック。でも飲食店のテレビでかかっていたら、さすがに消すわけにはいきません。ある時、行きつけのラーメン屋さんである番組を見て、私はもう驚き呆れて失神しそうになりました。
 

そこに流れてきたのは、手術室の映像を、別室で待機する家族がモニターテレビで見ている場面でした。座敷に座ってテレビを食い入るように眺める家族に、医療職(医師か看護師かは未確認)が、器具の実物を見せながら、行なっている操作や進行状況などを懇切丁寧に説明しているのです。


番組では、これを究極の情報開示として非常に好意的に取り上げていました。そこには「やましいところがないならば、すべて見せられるはずだ」という一般論があり、おそらくは「見ていないところでは、医療者は何をするかわからない」という不信感ともリンクしているのでしょう。


不安と好奇心のために、大事な何かを捨てていないか?

 

その映像を見た瞬間、私は真っ先に「人間はこんなにも悪趣味になってしまったのか……」とがっかりしました。多くの人は、肉親が痛い目に遭うのを「見るに忍びない」という素朴な感覚をもっています。それを踏み抜いてしまう怖さを、この映像から感じたのです。
 

それは昔、男友達の家に何人かで集まったとき、奥さんのお産のビデオを見せられた、まさにその感覚でした。医療が介在すると、自分が見ているもの、見せているものがなんだかわからなくなるんですよね。夫婦でともにした出産は、素晴らしい共同作業かもしれません。でも、見せられる友人にとっては、それは卒倒しそうな流血であり、性器の大写し。このわきまえがないのは困ったことです。

 

その「錯覚」「感覚鈍麻」ともいうべき感覚の狂いは、医療者にもあります。が、私たちはある程度それをコントロールできる。素人さんの場合は、一気に踏み越えてしまうんですね。だからこそ、「心配な気持ちはわかる。でもやっぱり、そこまでしては大事なものを失ってしまうんじゃないか」、そんな思いになってしまうのです。


私も親の手術は何回か経験しています。最近では去年の十一月に、母が大腸がんを切りました。私の勤務先での手術でしたが、立ち会うなんて思いもしなかったですね。実は手術後、「宮子さんも手術に立ち会ったの?」と知人から聞かれました。そのたびに「まっさか〜 。もし母親が腹黒かったら、知らないほうがいいからねぇ」と答えてウケをとったものです。


立ち会いを希望しなかった理由をあえて考えてみると、私は母が開腹される場面を見たくなかったし、母も絶対見られたくなかったと思うからです。内臓なんて、究極の個人情報ですから。親しき仲にも礼儀ありの感覚で、見ないのがマナーかなと思うのです。


人間の好奇心には限りないものがあります。それをきちんとセーブしていくのも、人間の尊厳という点から大事なんじゃないかなぁ。「情報開示」といえば、すべてが許されるわけではありません。肉親の手術場を見たいと思うなら、自分がそれと引き換えに何か捨ててないか?を確認してからにしてほしいのです。


監視をしても、たぶん事態は好転しない

 

また、すべてを見れば本当に納得のいく医療を受けられるのかというと、私は決してそうは思いません。素人にはわからない専門性が、医療にはあります。それを主張しにくい状況にも問題を感じます。医療者には、わかりやすく伝える義務はありますが、楽屋裏まですべてを見せる義務はない。これが私の感覚です。


先ほどの手術の話でいえば、手術場を見たからといってそれで事態がよくなるわけではありません。むしろマイナスなのではないかと推察します。手術は、執刀医はもちろん、そこにかかわるすべてのスタッフにとって、緊張する場面です。そこに「人目」というプレッシャーをさらにかけるなんて、私はとても申し訳なくてできません。


患者さんに対してはプロの医療者でも、手術を受ける母の娘という立場では、単なる患者の家族です。ここでは、私はずぶの素人に逆戻りしますし、そう見てもらうほうが気楽。素人なんだからプロの方にお任せしてしまおう、と考えています。


いったん信じて任せ、感謝の念でかかわると、ますます皆がよくしてくれるように感じるのです。さらに、どんなに医療者ががんばっても、亡くなる人は亡くなってしまう。そのときに、遺族の心を慰めるのは、「十分によくしてもらったなぁ」という思いではないでしょうか。


このように言うと、「自分の職場で親をみてもらっているから、そんな悠長なことが言えるのよ」と反論されるかもしれません。つまり「職員の家族ならともかく、一見の患者は何をされるかわからない」という感覚です。しかし、自分の病院に家族を預けても、悪いところばかり見る人もいます。皆が私たち家族のように、任せきれるとはかぎりません。


もちろんあなたのおっしゃるように、ひどい実例もいっぱいあります。それによって、「監視していないと心配」な心情が生まれてしまうのでしょう。それでもやっぱり、医療は信頼関係なしに成り立ちません。医療者は信頼される努力を。患者さんは信頼する努力を。この方向で歩み寄ることが大事だと思います。そのために、マスコミはもう少し信頼を育てる視点で報道してもらいたい、そして情報を受ける側は興味本位の報道を鵜呑みにしない力をもってもらいたい。そう切に望みます。


今回は、お答えというより、一緒に怒って終わってしまいましたが……。

ぼやきつつ、ともにがんばりましょう。

 

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