【対談】身体の探求(前編)

【対談】身体の探求(前編)

2011.3.28 update.

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プロフィール

甲野善紀(こうのよしのり)

武術研究者。合気道、鹿島神流、根岸流等を学んだ後、1978年松聲館道場を建て、武術稽古研究会を主宰して活動を始める。その技と術理はスポーツ、楽器演奏、介護、工学、教育等の分野からも注目を集める。著書に『古武術に学ぶ身体操法』(岩波)、『響きあう脳と身体』(茂木健一郎氏との共著)などがある。2011年4月より「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com/)において公式メルマガ配信開始。

岡田慎一郎(おかだしんいちろう)
1972年生まれ。理学療法士、介護福祉士,介護支援専門員。身体障害者,高齢者施設の介護職員,介護講師を務めるなかで、従来の身体介助法に疑問を抱き、独自に身体介護法を工夫。2003年、武術研究家の甲野善紀氏と出会い,その古武術の身体操法に感銘を受け、師事する。2004年頃から、古武術の身体操法を応用した「古武術介護」を提案したところ大きな反響を呼んだ。現在では、医療、介護施設などを中心に全国で年間200を超える講習会活動を行っている。
著書に『古武術介護入門(DVD付)』『DVD+BOOK 古武術介護実践篇』(医学書院)、『古武術介護塾』(スキージャーナル社)などがある。
岡田慎一郎公式サイト(http://shinichiro-okada.com/

身体の探求——介護と武術をめぐる対話(前編)

 
スポーツ、楽器演奏などさまざまな分野の第一人者が影響を受け、注目を浴びた武術研究家、甲野善紀氏。その影響をもっとも大きく受け、「古武術介護」という新ジャンルを生み出した介護福祉士・理学療法士、岡田慎一郎氏。2人の「師弟対談」をお届けします。
 
 
※本稿はコロンビア制作のDVD『岡田慎一郎の身体にやさしい古武術介護』収載の対談に加筆・修正を加え、再構成したものです。
 
 
 
「学ぶ」よりも「創りだす」
 
 
岡田 私自身は、実は「古武術介護」と名乗ったことはないんです。私の取り組みは「武術的な身体の使い方や発想をヒントに介護技術の改善に取り組む」ということで、それをわかりやすく伝えるために、医学書院の編集の方と相談してつけたのが「古武術介護」というネーミングでした。それがあまりにも強いインパクトをもったので、一人歩きしているのが現状です。
 
 
甲野先生の取り組みについても、「古武術」という言葉がやや一人歩きして、誤解をされている方も少なくないように思います。
 
 
甲野 私も、自分から古武術と言ったことはなく、単に「武術」という表現を使ってきました。古武術というのは本来、現代まで伝わっている昔からの何らかの流儀を伝承しているものを指しますからね。私はいくつかの古流武術と、無住心剣術や、夢想願流などの、現在は伝承の絶えた流儀の文献などを研究しながら、自分なりの術理の探求を行っているわけですから、古流を探求しつつ作った「創作武術」というのが正確なところでしょう。
 
 
ただ、私のやっていることは柔道や剣道といった現代武道とは明らかに違いますから、現代武道か古武道(古武術)か、どちらかに分類しなければならないというなら、どう考えても現代武道ではありませんから、消去法で古武術と呼ぶのは間違いではないでしょう。ですから、古武術と言われても積極的に否定していないというだけです。
 
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岡田 「現代武道とは明らかに違う」というお話がありましたが、柔道や剣道といった現代武道と、甲野先生の研究されている武術の違いは、端的にいうとどこにあるんでしょうか。
 
 
甲野 私が武術稽古研究会を立ち上げたのは1978年ですが、そのとき考えたのは「とにかく具体的な技、術にこだわる姿勢を貫こう」ということです。当時、「武道は精神が大切」ということが強調されるあまり、具体的な技術がないがしろにされる傾向を感じていましたから。そういう傾向に対する自戒を込めて「武道」ではなく「武術」と名乗り、私の主宰する会を武術稽古研究会と名づけたわけです。
 
 
また、「武道」という言い方は、古流の武術が崩壊した明治以降に盛んになった言い方であり、それ以前は「武術」という呼称が一般的でした。私が参考にしている技と術理は後者ですので、自分では武術と名乗るようにしているという面もあります。
 
 
岡田 「道」ではなく、「術」、つまり具体的な技、術理に真摯に向き合っていくという姿勢は、実は私が介護技術に取り組んでいくうえで、もっとも大きく影響を受けた考え方です。
 
既存の技術を「学ぶ」というよりも、技術を自分自身で作り出すべく試行錯誤して、研究を重ねていく。こういう甲野先生の姿勢は、既存の枠組みにしばられがちな医療や介護の世界では、ほとんど考えられないくらいクリエイティヴで、新鮮なものだと感じました。
 
 
甲野 私も、介護の動きに関しては、岡田さんから学ばせていただいた部分は大きいですよ。講習会で身体介助について聞かれて答えることがありますが、よく考えてみると半分くらいは、私が見つけたものではない、岡田さんが見つけたものをやっていることに気づきます。
 
術理の研究といっても、一人でやっていると範囲が限られます。関心をもった人がそれぞれの分野で研究し、情報交換をするほうが絶対に研究は進むし、質も高くなる。異分野の方との交流で得られるものは大きいのです。
 
 
異分野との交流から生み出される
新たな発想
 
 
岡田 甲野先生の周りには、本当にいろんな分野のプロフェッショナルが集まってきますよね。私自身も、「身体の動かし方の探求」という共通テーマがあるから、普通だったら交流できないような異分野の方々と情報交換を重ね、学ぶことができているのだと日々実感しています。
 
たとえば防衛大学の入江史郎先生のようなバスケットボールの専門家から学んだことが実際の介助技術に発展したこともあります。分野を超えたクロスオーバーな取り組みが、私自身の技術の発展をすごく助けてもらっています。
 
甲野先生はいつから、そうした異分野の方々とのオープンな交流を進める発想をお持ちだったのでしょうか。
 
110329okada004.jpg甲野 私の志向ということもありますが、そもそも異分野とのクロスオーバーというのは、ある意味では、武術の伝統でもあるんです。たとえば宮本武蔵は『五輪書』のなかでも諸芸諸能(たとえば画や茶の湯、造園など)と交流があったということを書いています。また武蔵に限らず、鳥や動物の動き、あるいは流水などといった自然現象をヒントに開眼したというエピソードは、昔の武術の教えの中に数え切れないくらい目にすることができます。
 
なぜ異分野との交流がヒントになるかというと、ある世界では常識的なことが、別の世界では考えもしない常識の外の発想だった、ということがよくあるからです。
 
少し前に聞いた印象深いエピソードには、こういうのがあります。このごろ不況で造船業の仕事が減っていたところ、何かの拍子に建築業界からの依頼が舞い込むようになったというのです。
 
どういうことかというと、建築業界では「鉄で曲面を作る」というのはものすごく難しい技術と考えられてきたらしいんです。それが、ふとした拍子に造船業界に相談したところ、造船業界では鉄で船を作るから、曲面を作るのはごく一般的な技術だということがわかった。それから、建築業界から造船業界に、鉄の曲面加工の依頼が来るようになったということです。つまり、造船の常識は建築の非常識だったということですね。
 
あるいは、キャスターが発明されたのは100年ほど前のことですが、それが椅子や机、台車といった日常的なものに使われるようになったのは本当にごく近年のことです。阪神淡路大震災のときに、キャスターつきの台車をみて「へー、これって便利だね」と驚いた人がいたというぐらいですから、20世紀が終わろうというときになっても、必ずしも普及しているわけではなかった。
 
不思議ですよね。どう考えたって、キャスターつきの台車のほうが圧倒的に使い勝手がよいのに、日本で普及するのに100年もかかっているのです。ある分野で当たり前の技術を、他の分野で応用すると革命的な変化をもたらすことがあるわけですが、それに思い至ることは、必ずしも容易ではないということです。
 
 
身体と向き合うことのおもしろさ
 
 
岡田 私は武術については素人で、甲野先生の技についても新しい技ができると受けさせていただくのが大好きな「技グルメ」に過ぎません(笑)。ですから、個々の技よりもむしろ、そういう異分野の境界線を越境していくような甲野先生の発想のおもしろさに影響を受けた面が大きいように思います。
 
甲野 岡田さんが「私は武術の素人」という発言は、ちょっと“問題発言”ですね(笑)。普通の合気道の先生より上であることは、私が良く知っていますから。まあ、それはそれとして、私は近年しばしば講演会などで、企業の経営者の方を相手に話すことがあるんですが、私の技の話から、会社経営の参考になったという方もいらっしゃいます。
 
たとえば私はよく、頭(脳)というのは馬鹿社長で、手というのは出しゃばり社員だという話をします。馬鹿社長は、体幹あたりにいる、口下手で自己主張をしないけれど実力派の社員のことを理解せず、手という、出しゃばりでイエスマンの出しゃばり社員ばかりを使いたがります。
 
そうすると、頭と手の間である体幹部分にいるたくさんの実力派社員は力を発揮できなくなってしまう。そういう状態では、身体がもっている潜在能力を十分に発揮することはできません。
 
だから、私の稽古の方針のひとつは、馬鹿社長とでしゃばり社員を黙らせるようにするんです。馬鹿社長である脳からはなるべく命令を出さず、手もでしゃばらさない。手には、外界と接触する窓口として最低限の仕事をしてもらい、身体全体のチームワークがうまく取れた状態をつくるように心がける。
 
そういう話をするとみんな笑って、自分は馬鹿社長じゃないぞって顔をするんですけれどね(笑)。
 
でも実際にはなかなか難しいものですよ。それぞれの部位が、その部位、その部位の得意なことをやって、結果として全体のパフォーマンスが上がる、というのは会社でも理想ですが、なかなかそういう会社はないでしょう。身体も同じで、そんなふうに全身を協調させるのは、本当に難しい。
 
岡田 難しくもあり、一生のテーマを与えてもらっているように思っています。
 
甲野 興味が出てくれば、身体はテレビゲームなんかよりも絶対におもしろいはずですよね。身体に向き合って、いろいろと工夫を重ねることを楽しんでいれば、お金もかかりません(笑)。身体のためにいいのはもちろん、生き甲斐も出てくるでしょう。身体と向き合うことは、一石何鳥になるかわからないぐらい、得ることの多いことだと思います。
 
まあ身近なことで、誰にでもわかりやすくありがたいなと思えるのは、木に登ったり、屋根に上って修理したりすることが若いときと変わりなくできるということです。バスでは、よく運転席のすぐ後ろの席が高くなっていて「お子様やお年寄りはご遠慮ください」なんて書いてありますが、私も年齢的にはそろそろ年寄りに分類されるだろうけれど、揺れたときにバランスをとる能力は若いときよりも今のほうがあるから「これってどうなのかなあ」と思ったりします(笑)。
 
岡田 馬鹿社長、出しゃばり社員という話では、以前、「クレーマーをトップに据えよ」ということも言われていましたね。
 
甲野 そうそう。身体を使っているときに、文句を言うところがあれば、そこに「じゃあ、やってみてくださいよ」とやらせてみる。いまの政治を見ていても、民主党が野党のときはああだこうだと言っていたのが、政権を取るとなかなか大変なものがありますよね(笑)。
 
でも、本当にちゃんとしたアイディアを持っていて、自分だったらこうするのに、ということを考えている人がいたら、そういう人をトップにすえると組織は劇的に変わります。同じことが、身体でも起きるんです。
 
 
後編に続く!

DVD+BOOK 古武術介護実践篇 イメージ

DVD+BOOK 古武術介護実践篇

2009年9月刊行。A4大判、400点以上のカラー写真、85分のDVDで岡田慎一郎氏の古武術介護、すべてがわかる一冊です。

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